第50話 同行――小さな依頼
城下町の喧騒が、背後に消えていく。
石畳が途切れ、湿った土の感触へと変わった。
人の流れは薄れ、代わりに乾いた風の音が耳を打つ。
郊外。
視界が開け、建物の密度が目に見えて落ちる。
高く、広い空。
その中を、数人の一団が歩いていた。
先頭を行くのは、少女。
ラベンダー色の髪が、風に遊んでいる。
その少し後ろを、レインが歩く。
さらに後方にはラグとユーク。
クラウスはやや距離を置き、群れ全体を俯瞰する位置。
最後尾には、イリス。
その視線は、射抜くように少女の背中へと固定されている。
アルトはその中間。
静かに、だが確実に周囲を警戒しながら隊列に溶け込んでいた。
「で、どのくらい歩くんだ?」
ラグが、退屈そうに問いかける。
「もう少し」
少女は振り返ることなく答えた。
「あの丘を越えた先」
「へぇ、結構遠いな。わざわざそこまで行くのか?」
「そうでもない。あそこが一番、質がいいから」
少女の歩調は一定だった。
迷いがない。
道を選んでいるというより、あらかじめ引かれた線をなぞっているような、無駄のない動き。
レインは、その後ろ姿を見つめながら歩を進める。
(……無駄がない)
最短距離ではない。
だが、傾斜や足場を考慮した、最適解。
理由は説明できないが、そう見える。
「なあ」
ラグが、不意に声を落とした。
「名前、まだ聞いてなかったな」
「あ」
少女が小さく声を漏らした。
一拍、間が空く。
忘れていたというより、自己紹介という概念が抜け落ちていたような反応。
「ミレア」
短く、旋律のように名乗る。
「ミレア・ルシェナ」
「ミレアか。よし、覚えたぜ。今日はよろしくな」
「うん」
やり取りはそれだけだった。
淡々としているが、拒絶ではない。
ユークが横から口を挟む。
「薬草は何を取りに行く。具体的な名称を」
「数種類」
「安全確認のためだ。把握しておきたい」
生真面目なユークの言葉に、ミレアは少しだけ首を傾けた。
「青葉草。それと、薄霧花。それと……」
指を軽く折る。
「あと二つ」
「危険性は」
「低い。普通なら」
即答。
クラウスが眼鏡のブリッジを押し上げ、会話に割り込む。
「採取位置は固定か」
「大体」
「誤差はどの程度生じる」
矢継ぎ早の質問。情報を詰めようとするクラウスの癖だ。
ミレアは一瞬だけ目を細めた。
「……場所は、動くから。環境で変わる」
「移動する、と?」
「適した場所が、変わるだけ」
曖昧な回答。
だが、クラウスは数秒の沈黙の後、小さく頷いた。
「なるほど。生態系の変動を観測しているのか」
納得はしていない。だが、仮説としてファイリングした。
その様子を、イリスが静かに見ている。
(……情報の扱い方が、異常だ)
少女の言葉選び。捨て方。
訓練されたものではない。もっと根源的な――生理的な精度。
アルトが、重い口を開いた。
「戦闘はできるのか。万が一の際、どの程度動ける」
「できない」
ミレアは即答した。
誇張も卑下もない、ただの事実の提示。
「苦手。だから、頼んだ」
ラグが肩をすくめる。
「まあ、そう見えるな。任せとけって」
レインは前を見つめた。
道。風。草の揺れ。
(……自然だな)
同行の理由も、会話の距離も。
まるで、最初からこうなることが決まっていたかのように、滑らかに繋がっている。
そのとき。
ミレアの足が、わずかに止まった。
一歩に満たない、呼吸の乱れ。
すぐに歩調は戻った。
だが。
(……今の)
レインの視線が、周囲を走る。
変化はない。
音も、気配も、魔力の揺らぎさえもない。
ラグは気づかず、ユークも動かない。
クラウスさえ、まだ何も捉えていない。
だが、イリスだけがわずかに目を細めた。
「……どうした」
アルトが低く問う。
ミレアは首を横に振った。
「ううん。まだ、平気」
それだけ。
否定はしなかった。
“何か”があることを。
風が吹き抜ける。
遠くで、鳥が羽ばたく音。
何も変わらない景色の裏側で。
わずかに、世界の理が震えていた。




