第5話 分からないものが好き、という人間
訓練が終わっても、ざわめきは残っていた。
当たっていないのに吹き飛んだ。見た者ほど、言葉を失っている。説明がつかないからだ。
俺は一人、訓練場の端に立っていた。人の流れから少し外れた場所。手を開いたり閉じたりしながら、さっきの感覚を辿っていた。
掴めない。分かっているのは、あれが偶然じゃないということだけだ。
「ねえ」
後ろから声がした。
振り向くと、濃い紺色の髪の少女が立っていた。
立ち方に力が入っていない。自然体というより、どこか浮いている。
「さっきの、見てた」
「そうか」
「変だったね」
あっさりと言い切る。でも断定しているのは現象だけで、意味には踏み込まない。
「そうかもな」
「殴ってなかった。でも飛んだ」
「見てたなら分かるだろ」
「うん、分かる」
頷く。そして。
「分かんないけど」
矛盾している。でも不自然じゃない。感覚のまま言葉にした感じ。
「……そうか」
「ねえ」
「なんだ」
「もう一回できる?」
興味。純粋な。危機感も警戒もなく、ただ"見たい"という気持ちだけ。
「できたら苦労してない」
「そっか」
あっさり引いた。でも視線は外れない。
「なんか、いいね」
「いい?」
「うん。普通じゃないのに、普通にやってる」
それが引っかかった。
「普通に見えるか?」
「見える。だから変」
順序が逆だ。普通じゃないから変、じゃなく、普通にやっているから変。
それを本能的に言える人間が、いるんだな。
「名前は?」
「レイン」
「ふーん。私はイリス」
自然に名乗る。流れの中で。
イリスは少しだけ俺を見て、笑った。
「面白いね」
「そうか?」
「うん。分かんないものって、好き」
飾りのない言葉。だから嘘もない。
俺は少し考えた。
リュシアは考えた。アルトは切り分けた。イリスは笑った。
三人とも違う。全部違う。でもどれも間違ってない。
「変わってるな」
「よく言われる」
気にしていない。むしろそれでいいと思っている。
「じゃあね」
イリスは手を振って、人混みに消えていった。
あっという間だった。
(面白い、か)
俺は空を見上げた。
この状況を、悪くないと思っている自分がいた。




