第4話 照合――測れないもの
実技場のざわめきは、まだ完全には消えていなかった。
試合は終わったはずなのに、誰もが落ち着かない。
視線は自然と、一人の生徒に集まっていた。
レイン・ヴェリス。
無属性と判定された、特に目立たないはずの存在。
――のはずだった。
「……今の、見たか?」
「ああ。けど、意味が分からない」
「当たってただろ、どう見ても」
「いや、当たってない。現に、無傷だ」
言葉が噛み合わない。
同じものを見ていたはずなのに、結論が一致しない。
それが、余計に不気味だった。
その中心から、レインはすでに離れていた。
特に何かを気にした様子もなく、歩き出す。
その進行方向に、一人の生徒が立っていた。
黒髪、金の瞳――アルト・レグナス。
周囲のざわめきとは無関係に、ただ静かにそこにいる。
「……」
レインが足を止める。
視線が交差する。
先に口を開いたのは、アルトだった。
「さっきの戦闘」
無駄のない声だった。
「再現性はあるのか?」
唐突な問い。だが、その内容は明確だった。
「……分からない」
レインは短く答える。
それ以上でも、それ以下でもない。
アルトはわずかに目を細めた。
「分からない、か」
一歩、距離を詰める。
「なら、評価はできない」
言い切る。迷いのない断定だった。
「現象は確認した。だが、条件が不明瞭だ。再現もできない」
淡々とした口調で、言葉が積み上がっていく。
「それは“力”とは呼ばない」
周囲の空気が、わずかに張り詰めた。
はっきりとした否定。
しかし、その内容自体は、筋が通っている。
「力というのは、制御できるものだ」
アルトは続ける。
「意図し、再現し、結果を安定させる。それが前提になる」
視線が、レインを貫く。
「今のは違う」
即答だった。
「偶然に近い。あるいは、誤差の範囲だ」
言葉に迷いはない。論理としては、正しい。
だからこそ――
否定として、強い。
「……そうか」
レインは、特に反論しなかった。
事実、自分でも分かっていない。
どうやって避けたのか。
なぜ当たらなかったのか。
なぜ、最後に触れたのか。
説明できるものは、何一つない。
「理解できないものを、評価はしない」
アルトが言う。
「測定できない以上、それは存在しないのと同じだ」
その言葉に、周囲の何人かが小さく頷いた。
納得できる理屈。
少なくとも、“安心できる答え”ではある。
レインは、少しだけ視線を落とした。
自分の手を見る。
何も変わらない。
さっきと同じ、何の力も感じない手。
――それでも。
「……でも」
小さく、呟く。
アルトの視線が、わずかに動いた。
「当たらなかった」
それだけだった。
事実の確認。
理由も、説明もない。
ただ結果だけを置く。
「……」
一瞬だけ、沈黙が落ちる。
アルトは何も言わなかった。
言えなかった、わけではない。
言葉はある。
理屈もある。
だが――
それを当てはめる対象が、少しだけ曖昧だった。
「……いずれ分かる」
やがて、そう言って視線を外す。
「それが“現象”なのか、“力”なのか」
背を向ける。
それ以上の会話は不要だと、示すように。
「その時、改めて判断する」
足音が、静かに遠ざかっていく。
残されたのは、レインだけだった。
手を、もう一度見る。
何も分からない。
それでも。
さっき確かに、触れた感触だけは残っている。
距離はあったはずなのに。
届くはずがなかったのに。
それでも――
“そこにあった”。
理由は分からない。
だが、その感覚だけは消えない。
レインは、ゆっくりと手を下ろした。
実技場のざわめきは、まだ続いている。
しかし、その中心からは少しだけ外れた場所で。
誰にも理解されないまま、
ただ一つの現象だけが、そこに残っていた。
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