第71話 初めての
「入るぞ、裕香」
「う、ううう、うん! よ、ようこそ!」
ドアを開けた瞬間から、俺はあろうことかガチガチに緊張していた。
ぎこちない手つきと足取りで、なななんとか……翔をリビングへと案内する。
「…………」
(裕香のやつ……めちゃくちゃ緊張しとる……!!)
(あー……そんな裕香もたまらなく可愛いな……
俺が家に来るってだけで、こんなにガチガチになってくれてるなんて……)
(いや浸ってる場合ないな このままだと、ガチガチな空気のまま凍りつくクリスマスイブになっちまう……仕方ねぇな、まったく)
「……ぷっ……!」
「……へ?」
「……くははっ! なんだ裕香、お前! めちゃくちゃ緊張してんのか! 俺がクリスマスに来たってだけで!」
「し……仕方ないだろ!! クリスマスパーティーも、恋人をおもてなしするのも……俺にとって何もかも初めてなんだから! こう見えて、すっごく頑張ったんだぞ!? 料理とか!」
俺がむきになって言い返すと、翔は笑いを収め、テーブルの上へと視線を移した。
「ああ、机を見れば一目でわかるよ。……チキンステーキか、いいな。ホワイトソースもかかってて、すごく美味そうだ。これ、お前が仕込んでたのか?」
「あ……うん。シチューの素があったから、それをベースになんとか工夫して……あとはバゲットとサラダと……こんなので、よかったのか?」
「上出来だ。……仕事終わりに、こんな最高の食事にありつけるなんてな。ありがとな、裕香」
「へへへ……よかった……!」
照れくさく笑うと、いつの間にか、さっきまでの息が詰まりそうな緊張はどこかへ消え去っていた。
翔のちょっとした意地悪のおかげで、部屋の中はいつもの気安くて、それでいて特別に温かい空気に包まれていた。
「それじゃ、俺ちょっと最後の仕上げに入るから、リビングでゆっくりしててくれ!」
「おう、わかった」
トテテテテ……と、エプロン姿の俺がキッチンへ走っていく。
「…………」
(あぁ……最高だ……なんて贅沢な時間なんだ……!!!)
(裕香が……俺の為に手料理を……あのメニューを見るに、仕込みにもそれなりの時間を掛けたはずだ……。
幸せだ……幸せすぎる!!クリスマス最高!!)
顔がにやけそうになるのを必死に堪え、翔はキッチンから漂ういい匂いに身を委ねた。
ーーーー
そして、いよいよ食事の時間が始まった。
「ど、どうだ……? 翔の口に合うといいんだけど……」
「……美味い!」
「本当か!?」
「本当だ。仕事終わりにこの味とタンパク質は……五臓六腑に染みるぞ」
俺の不安を吹き飛ばすように、翔は美味しそうにチキンを頬張ってくれた。
……よかった! 翔が喜んでくれてる……!
「そんじゃ〜、食後の定番だが……プレゼント交換するか」
「お……おう!」
来た……プレゼント交換……!
この一週間、俺は『初めての恋人へのプレゼント』を何にするか、それはもう必死に調べた…!
ネットで検索し、友達しに相談し、何日も悩みに悩んだ。
ぐ……しかし、元々コミュ障の非リア男子だった俺が、神宮寺の御曹司である翔の『本当に欲しい物』を正確に当てられたのだろうか……!?
うーむ……いざ本番となると、急速に自信がなくなってきたぞ……泣きたい!
「まずは俺からだ。……ほら」
翔はソファの後ろから、20センチ四方くらいの綺麗にラッピングされた箱を取り出し、俺に渡してきた。
「へへへ……翔からの、初プレゼントだ……! 開けてみてもいいか?」
「そりゃ、プレゼント交換なんだからいいに決まってるだろ笑」
俺はドキドキしながら、ゴソゴソと丁寧に包装紙を剥がし、箱を開けた。
そして……中から出てきたパッケージを見た瞬間。
「!!??!?ええぇぇぇぇっ!?こ……こここれって……!!」
確か、メーカーが倒産して販売されず、世に100本しか出回らなかった……
超絶幻の非売品レトロゲームソフト……!? え……え? な、なんでこれがここに!?
内容は王道のRPGなのだが、何よりそのプレミア性が異常なのだ!
このゲームを実況した海外配信者の動画が、わずか3日で1千万再生を叩き出したという、いわくつきの伝説のゲーム!!
「お前、ずっとこのゲーム欲しい、やってみたいって言ってたからな。まぁ、俺からの初プレゼントだ」
「ででで……でも……! 翔……これ……確かオークションとかで……そそその……とんでもない額に……!」
「ま、まぁ、今日は金額の話はするな。こ……恋人の欲しい物を全力で見つけてきたまでだ!気にせず受け取れ」
「あああ……ありがとう!! これ……俺、一生の家宝にするよ……!! 絶対に傷つけないように、防湿庫買ってきて厳重に保管する!!」
「お、おぉ……。いや、プレイしてもいいんだぞ……?」
(……あれ?リアクションが、やけに畏れ多いというか……ガチすぎるぞ? もっとこう、天真爛漫に『やったー! うれしー! 翔大好き!!』とか言ってくれるかと思ってたが……?)
何やら俺の初めてのプレゼントは、とんでもないものを……貰ってしまいました。
…やばい。こんな国宝級のプレゼント貰った後に……俺の用意したこれ、渡せるのか!?
「そ……それじゃ……翔。俺…からも……」
俺は、後ろに隠すようにしまっておいたプレゼントを、おずおずと差し出した。
15センチ四方ほどの、小さな紙袋。
さっき翔がくれた超絶プレミアソフトに比べると、箱のサイズも……そして何より、金額のスケールも比べ物にならないほど小さい。
ぐぬぬぬ……失望されないかな……?
「おぉ、どれどれ……」
ガサガサ……と、翔が慎重に包装を解いていく。
「これは……アクセサリーか……!」
翔の手の中にあるのは、一応、俺なりに奮発した有名ジュエリーブランドの小さな箱だ。
パカっ……。
「指……輪……? ……まじか……! 中指にぴったりだな」
箱から取り出したシルバーのリングを指に通し、翔は何かと嬉しそうに眺めてくれている。
「こ、こここ……恋人らしいプレゼントって言ったら、俺の調べた結果これかなって思って……! あ、あのさ、内側……内側見てくれないか……」
「内側……? ……! ……『2025.12.6 S&Y』……おぉ、まじかよ……嬉しいな…!」
「ほっ……良かった……」
「嬉しいな」の一言で終わってしまった
あれ? 反応が薄い……!?
やばい、重かったかな!? 付き合ってまだ1ヶ月も経ってないのに、指輪なんて渡すの早すぎたか!!? 大丈夫か、俺!!
翔は普段からオシャレに気を遣うタイプだ。指輪はたまにしかつけないけど、この前……こっそり、指輪のサイズを確認して、オーダーメイドで用意してもらったのだ。
うう……本当は薬指のサイズが知りたかったけど、流石にハードルが高すぎて中指にしてしまった。俺のお財布事情からすればかなりの出費だったが……翔がくれた『伝説のゲーム』に比べたら、本当にささやかな物だ。
「……ははっ……そうきたか」
(な……ななな……何ぃぃぃっっっ!!!! ゆ……指輪だと!!?)
(なんて……なんて恋人らしいプレゼントなんだ!!? 裕香が俺に……指輪を!! いつの間に俺の指輪のサイズを把握してたんだ?恐らくどこかのタイミングで俺の指輪のサイズこっそり確認してたのだろう)
(うぉわああああああ!!まじかよ!! 嬉しい!!! 嬉しすぎるぞ!! ほ、他の女からだったら『付き合ってすぐ指輪とか、コイツ重いな』とか思ってたかもしれないが……裕香が! 裕香が、俺のためにここまで考えてくれてたのか……!? しかも……刻印!! 記念日の刻印にイニシャル!! 可愛い!! 年頃の女の子すぎる……!!)
(くそ……!! それと比べて……俺は……『裕香の(欲しい物』しか考えてなかった……! 詰めが甘いな……俺……っ!!)
「よし……裕香。明日、このブランドの店に行くぞ。そんで、ペアリングにするぞ!!」
「ええっ!? そ、そんな急に!!? 出来るのか??」
「あ……いや……つい、嬉しくてな……。こんな、恋人らしいプレゼント……もらったの、初めてだから」
「あはは……ま、まぁ、ペアリングも……ありかもね……!」
ど、どうやら……喜んでくれてたみたいだ……!
俺は心の底からホッと胸を撫で下ろしたのだった。
「あ、そうだ! ケーキも作ったんだ! 食べてくれ!」
俺は冷蔵庫から、冷やしておいたケーキを取り出す。
シンプルなイチゴのショートケーキだ。変に凝ったものを作るより、一番スタンダードな王道で攻めた方が間違いないと思ったのだ。
「ほぉ……なるほど。文化祭でも才能が光るわけだ」
「ま、まぁ……作り方の動画とか見れば、誰でも出来るレベルのことだと思うけどな……?」
「そういう動画を見て、一から勉強して形にできる時点で優秀なんだよ。ほれ……今日は特別に、俺が『姫』をご指名してシャンメリーを注いでやろう」
「ひ……姫……?? ど、どうしたんだ翔……突然」
「……ホスト知らないのかよ。まぁいい、シャンメリーとケーキ、食おうぜ」
翔のよくわからないノリはさておき……俺たちは仲良くケーキをつついた。
「うむ……美味い。甘すぎず、丁寧に作ってるのがちゃんと伝わってくるぞ」
「ふふ……毎度どうも。ありがとう、翔」
和やかな時間。
でも……俺は、だんだんと口数が減ってきていた。
……なぜなら
おそらく……この後、『夜』のイベントが……控えているかもしれない、からだ……
いやいやいや!! ええい、煩悩退散!
今日はオールで遊ぶ予定なんだ!! とにかく健全に楽しむぞ!
食後。俺たちはゲーム機を起動させた。
大乱闘するやつ、カートでレースするやつ、格闘ゲーム、そして友情破壊の鉄道すごろくゲーム……。
翔は文句一つ言わず、どれも本気で楽しく付き合ってくれた
楽しい。……本当に、楽しい。
今まで、クリスマスなんていうイベントは正直嫌悪していた。
自分が非リアでぼっちだったのもあるけど……本当は、幸せそうに笑い合うみんなが、ただただ羨ましかっただけなんだ。
でも……今は違う
俺を一番大切にしてくれる恋人と……二人きりで、気ままに、思うがままに過ごしている。
それが、心の底から満たされるくらいに楽しい。
気づけば、ゲームのコントローラーを握る手が止まり、次第に胸が……どうしようもなく高鳴ってきていた。
ひとしきりゲームを終え、翔はソファでダラダラとスマホをいじってくつろいでいる。
「………………」
俺は、そんな翔の無防備な横顔を、熱を帯びた目で見つめてしまっていた。
「………裕香……?」
「…………………」
「…………おーい、裕香?」
「ひゃ、ひゃい!?」
「どうした? ぼーっとして。もう眠いのか?」
「え! ……あ、いや、全然大丈夫だぞ!! そ、それより、お、俺シャワー浴びてくる!!」
「お、おう……?」
戸惑う翔をリビングに残し、俺は逃げるように急いで脱衣所へと駆け込んだ。
……数時間前に、念入りに浴びたばかりなんだけどな、シャワー
ドクン……ドクン……
落ち着け……俺……!
限界まで火照った身体を冷ます為、いつもより少し低い温度でシャワーを浴びる。
「ううっ! つべたっ!」
でも……今の俺には、これくらいが丁度いい。
冷水のショックのおかげで、なんとか暴走しかけていた冷静さを取り戻すことができた。
手作りディナー、プレゼント交換、ケーキ、そしてゲーム……。
クリスマスの『健全なイベント』は、もう全て終わってしまった。
この後は……いよいよ、恋人同士の……
「ど、どどど……どうするんだ……!! これから!! あわわわわ!!」
やっぱりダメだ!! 冷静になれたと思ったのは一瞬だけで、想像しただけでまた心臓が爆発しそうになる!
なんとか震える手で身体を念入りに洗い、白石さん直伝のスキンケアを済ませる。
そして……脱衣所に持ち込んでいたインナー用の引き出しから、ある物を取り出した。
それは、純白の紐パンと、それに合わせたセクシーなブラ
パンツのレースは面積がギリギリで、前はなんとか重要な部分を隠しているものの、振り向くとお尻のラインが透けて見える懐かしいデザイン。
「はは……懐かしいな……これ」
それは、俺が『裕香』になってまだ1ヶ月の頃……初めて真桜さんたちと一緒にデパートへ行き、その1階のランジェリーショップで買った下着。
あの時、白石さんと色違いで買った、あの勝負下着だ。
(※第13話参照)
俺は意を決して、その下着を身に着け、脱衣所の姿見の前に立った。
そこに映っていたのは……非リアで卑屈だった男の面影なんて微塵もない。
大好きな彼氏と特別な夜を過ごす事を待ちわびて、頬を上気させた……可憐な一人の少女がいた。
「翔……気に入って……くれるかな……?」
その上からルームウェアを着て、逃げるようにリビングへ戻る。
「ふ、風呂! あ、空いたよー……次、入る?」
ソファに座る翔に声をかけると、翔はゆっくりと立ち上がった。
「………あぁ、そうだな」
翔はそれだけ言うと、すっと風呂の方へと歩いていった。
……あれ? なんか今、翔の反応……すごくぎこちなかった……ような?
「……もしかして。翔も……この後のこと、考えて……緊張してるのか?」
そう気づいた瞬間、またしても全身から火が吹き出しそうになった。
俺は一人残されたソファの上で、クッションを抱きしめながら、声にならない叫びを上げてジタバタと悶え転がった。
匂い……! 大丈夫かな!? 肌の保湿も………!
俺は洗面所の鏡の前で、自分の状態を最終確認していた
そして、急いで寝室へと向かい、最後のミッションに取り掛かる。
ええっと……! ベッドの横の……小物入れの中に……ゴ、ゴム……!
動画やネットの知識を総動員して、わからないなりに準備はした。……したはずだ!!
で、でも……本当にこれで大丈夫なのか!? 何か重大な見落としはないか!?
心臓が今までにないくらい、肋骨を突き破りそうなほどドキドキと警鐘を鳴らしている。
おおぉ……落ち着かない!!
なんとかリビングに戻り、ソファに座って息を整えていると…
ガチャ……
「お風呂ありがとう。仕事終わってすぐ来たから、さっぱりした……」
脱衣所のドアが開き、翔が出てきた。
濡れた髪をタオルで無造作に拭き、前髪を少しかきあげる仕草。湯上がりのしっとりとした空気を纏った翔
ううっ!! かっこよすぎる!!!
風呂上がり翔!! かっこよすぎないかる!!
俺はソファの上で、小動物のようにブルブルと震えていた。
な……なんて言えばいいんだっけ!? えと……えーっと!?
「なぁ、裕香、どうし――」
「し……翔! お、俺もう眠たいかも!!」
翔が言葉をかけようとしたのを遮って、俺は唐突に叫んでしまった。
「!? ……! そ、そうか。まぁ、夜も遅い事だし……そろそろ……」
「え……えーっと……翔……! 一緒に……寝たい……かな……?」
「!?!? ………え?……! ……いや、わかった」
さ……誘った……!! 俺から……なんとか……!?
いや……これで……よかったのか!? 誘い方として合ってたのか!?
取り敢えず、翔をベッドに誘導するところまではクリアした……はず!
ここからだ、ここからがあわわわわ!!
寝室。セミダブルのベッド。
部屋の照明は薄暗く落とし、取り敢えず『雰囲気的なやつ』は作った……はずだ!ここに……二人で寝る。
考えてみれば、このベッドに俺以外の誰かが寝るのは、翔で二人目だ。
一人目は、真桜さんだったけど……
(神宮寺家の兄妹を両方ともここに寝かせるとは、俺のベッドも数奇な運命を辿っているな……
「…………」
「…………」
ベッドに入った途端、翔が一言も発しなくなった。
なぜだ!! 流石にさっきの誘い方が露骨すぎたか……!? 俺、やっぱミスった!?
沈黙が続く中、緊張と不安で俺の身体はどんどん硬直していく
もう、鋼鉄か丸太みたいにガチガチだ。
「……なぁ、裕香……」
すると、やっと……翔が口を開き、俺の肩にそっと触れてきた。
キ、キキキ、キタァァァァ!!! こぉぉい!! なんでも……こい!!
目をギュッとつぶって覚悟を決める俺に、翔は耳元で優しく囁いた。
「裕香……うつ伏せになれ」
「……へ?」
「身体、ガチガチに固まってるぞ。……マッサージしてやるよ」
「……ほぇ?」
え……え? マッサージ? なんで?
予想外の言葉に戸惑いながらも、俺は言われるがままにうつ伏せになった。
すると、翔の大きく温かい手が、俺の肩から……背中、腰……そして、おしり、ふくらはぎへと移動していく。
決してやましい触り方ではなく、本当に純粋に、満遍なく丁寧に揉みほぐしてくれるのだ。
「あ……気持ち……いい……」
「そうか」
翔がじっくりと、時間をかけて丁寧にマッサージしてくれるおかげで、強張っていた筋肉が少しずつ解け、心からのリラックスが訪れる。
「裕香……身体小さくなったんだな筋肉も、むにむにで」
「ま……まぁな……元々、男の時でも小さいほうだったし……」
マッサージを受けながらポツリと返すと、翔は背中を撫でる手を止めずに言った。
「そうだな……。その時から小柄で……可愛かった」
「お……おい、その時はまだ『裕介』の時だぞ?」
「裕介の頃から……気になってたんだよ。それなのに、女の子になってもっと可愛くなりやがって……。髪もさらさらだし、肌もすっかり女子に馴染んで……」
モミ……モミ……
優しいマッサージと、それ以上に優しい言葉が、俺の心にじんわりと染み込んでくる。
「そりゃ、ここまで色々と……真桜さん達から学んだ……からかな?」
「……そうか」
そんな雑談をしているうちに、マッサージが終わった。
おかげで、さっきまで俺を支配していたパニックのような緊張と不安はすっかり消え去っていた。
そして、代わりに残ったのは――静かで、だけど圧倒的に強い……熱情。
翔が俺の隣に横たわり、正面から俺を抱きしめる。
「…………裕香……好きだ。心から……お前を離したくない……」
翔からの……嘘偽りのない想い。
一言……一言が……胸の奥深くにまで染み渡る。
「うん……ありがとう……。俺も……好きだよ……。俺を……好きになってくれて……ありがとう……」
自然と、翔の顔が近づいてくる。
俺もゆっくりと目を閉じ、その熱を迎え入れる。
そして……唇が触れ合った今日、2度目のキス。
チュ……
そっと唇が離れる。
「………ん…」
俺はもう、気の利いた言葉なんて一つも発せられなかった。
鏡なんてないのに、今の自分がどんな顔をしているか……嫌でもわかる。
完全に、一人の男に乱され、熱に浮かされた『女の子』の顔に堕ちているはずだ。
身体中が内側から火照り、頭の芯がほわほわとろけていく。
何がどうなっているのか、もう頭では処理しきれない。ただ……理屈じゃなく、強烈に翔が欲しい。そんな感情だけで、胸がはち切れそうだった。
そして……もう一度、二人の唇が重なり合う。
今度は、もっと深く、熱くて柔らかいものが、口内へと侵入してくる。
「むぐ……! ……ん……んん……」
舌と舌が絡み合い、甘い痺れが脳髄を駆け巡る。
これが……ディープキス。
大好きな人と、心から求めている人との、本物のキス。
俺はただ、されるがままに翔の圧倒的な熱を受け入れる。
チュパッ……と、艶かしい水音が静かな寝室に響いた。
「はぁ……はぁ……翔……俺ぇ……なんか、変……かも……頭、ほわほわする……」
「裕香……大丈夫だ。……力を抜いて、俺に全部預けろ」
「うん……っ」
プチ……プチ……
翔の長い指が、ルームウェアのボタンを一つずつ外していく。
ただ服を脱がされているだけなのに、肌に触れる指先の熱と、見つめられる視線だけで、頭がおかしくなるほど興奮が高まっていく。
やがてズボンも引き下げられ……俺の、あの純白の勝負下着姿が、薄暗い照明の中に露わになった。
「ふっ……こんなセクシーなのはいてたとはな。……裕香、すげぇ可愛いぞ」
翔の目が、明らかに一層深い、雄の熱を帯びる。
「ん…………恥ずかしい……」
胸の奥も、お腹の下のほうも、キュンキュンと甘く締め付けられて……もう、自分が自分でなくなるみたいな、おかしくて、切ない感覚。
「翔……欲しい……。翔……私を……お願い……」
愛が欲しい。翔の熱が欲しい。そして……強く、抱いてほしい。
俺を、完全に『女』にしてほしい。
前野裕介としての過去ごと全部受け入れて、ただの『前川裕香』として、翔に女として見られたかった。
「俺も……裕香の全てが……欲しい」
翔の大きく熱い手が、ゆっくりと俺の下着へと滑り込んでいく。
「ん……んんっ……あっ!♡」
その夜
俺はいや、私は
世界で一番大好きな人の腕の中で、女として……未成年ながらも、甘く溶けるような大人の階段を上ったのだった。




