栗の花の匂いがする頃(4)
その日の夜、彼のお母さんの手紙を読んだ。
彼の心地よい寝息が聞こえ、足元には優しいオレンジ色の光があった。
私は彼を起こさないように彼の腕をほどき、ゆっくりリビングに向かう。
鞄にしまった封筒を出し、丁寧に封を開ける。
少しだけ字が震えているけれど、丁寧に書かれた手紙。
内容はいたってシンプルで、彼に対しての愛情と私に気を遣った優しい文章だった。
彼が言っていた内容に似ている。
彼が少しだけ特殊な環境で我慢してしまったり頑張りすぎるところがあるから無理せず見守って欲しいことや、私も彼と同じで我慢してしまいそうな印象だから無理をしないようにという内容だった。
生前の柔らかな印象が文章にそのまま込められていた。
”幸せは自分で選べるもの。リナさんが大切にしたいものをちゃんと決めてね。”
と、手紙の最後に書いてあった。
ずいぶん長く開くことのなかった手紙。
4年も眠ったままだった手紙に申し訳なさも感じたが、彼のお母さんの優しさを本当に感じた。
私が彼と一緒にいたいと思って決めた。
幸せだと言った彼のお母さんにちゃんと幸せだと伝えられるように。
私はその手紙を封筒に戻して、寝室の棚にしまった。
そして、ベッドにゆっくり戻る。
「リナ、寝れない?」
と、眠そうな声で目を一生懸命開けようとしている。
それが愛おしくて、私は彼の背中に腕を伸ばした。
彼は私の胸元で頭を沈める。
「お母さんからの手紙を読んだよ。ユウ、お母さんすごい愛情深い人だったんだね。ユウも私も大事に思われていたって感じたよ。」
強く抱きしめると、抵抗するかのように私の視線をまで身体を上げ、
「リナ、ありがとう。」
と、私にキスをする。
そしてまた、私をいつものように抱きしめて眠りに落ちた。
私はきっと悩むこともあるし、なかなか踏み込むことが出来ないと思う。
長くトラウマを抱えていた私が素直になるのは簡単なことではないけれど、これからユウと一緒に過ごすことで変われるような気がする。
始めは幼い頃の虐待と言うトラウマを抱えて、気持ちを持ち寄っただけだったのかもしれない。
似たような雰囲気に反発する反面、寄りかかりたかったのかもしれない。
今となってはどんな始まりか何て意味がない。
私は彼に少なくとも支えられ、居心地の良い場所を与えられ、愛情を注がれた。
少しずつ彼に対して気持ちが成長して、切ないほど愛おしく、まるで私の一部のようになった。
彼が欠けてしまうと、きっとダメなほど甘やかされた。
私は彼の長い睫に触れて、瞼にキスをした。




