明鏡止水(3)
「私、エイタは死ねばいいと思っていたから…。もう少し楽になれると思ってた。いなくなっても、結局なんにも変わらなくて、ただ本当に今は疲れてる。どうしたら、解放されるんだろうね。」
ベッドの中で私は彼に話した。
彼は少し身体を寄せて私を腕の中に閉じ込めた。
「僕も前は父親に同じことを思ってました。今はどこにいるのか、生きているのかも分からないですし、興味もないですけど…。いなくなれば、母は元気になると思っていたんです。でも、離れても母は怯えていたし、大きな音や声が近くですれば不安定になりました。最後の辺はずいぶん穏やかになりましたが、なかなか長かったですよ。僕も父親に対して怯えていましたが、母がいたので。僕自身も少しの間、男の大人の人が怖かった時期もあります。」
彼は私の頭に顎をのせ、優しくとつとつと話した。
間接照明の柔らかなオレンジ色の光が腕の中から小さく見える。
静かな空間に彼の声が馴染んだ。
「すぐには難しいかもしれません。でも、僕はちゃんとそばにいます。何年そばにいると思っているんですか?なかなか気が長いと思いませんか?」
私の頭に顔を埋める。
「…リナ、好きだからそれは忘れないで。」
彼はいつから好きだと言葉にしなかったんだろう。
私がきっと言わせてなかったんだろうと思った。
ただ、まだわたしの気持ちを言葉にするのに戸惑っている。
言葉にすれば何が変わる。
彼はきっと全部分かって受け止めてくれる。
でも、それは大丈夫なのだろうか。
彼は無理をしないだろうか。
「ちゃんと覚えてるね。」
私はそう言って、目を閉じる。
いつもの大切な時間が過ぎていく。
気持ちにもやがかかって溝内が少しだけ重く感じた。
やはり、なかなか眠れず早く起きてしまった。
ゆっくり、彼を起こさないようにベッドから離れた。
まだ、薄暗さの残る窓の外を眺めた。
人影がない風景に飲み込まれそうな孤独を感じた。
静かに間接照明を切り、キッチンでお湯を沸かす。
フィルターをセットしてコーヒーを入れた。
カップから湯気がゆらゆらと流れ、香りが広がる。
「早いね。寝れなかった?」
コーヒーを飲みながら外を眺めていたら、後ろから声をかけられた。
わたしは“ちょっとね。”と、振り向かず返事をした。
わたしの方に歩いてきて、
「コーヒーの匂い。」
と、私の後頭部に頭を埋める。
「ひとくち、ちょうだい。」
ボソボソと話す彼に、私はカップを渡した。
まだ眠いのか少しだけゆっくりな動作で受け取り、ひとくちコーヒーを飲む。
私のお腹に腕を回し、後ろからハグをされる。
いつも寝る時以外は距離を保っているのに珍しいと思った。
そして、私も少しだけいつもより身体が緩んでいる。
「何ご飯が良い?」
私が窓の外を眺めながら話しかける。
「和な感じかな?味噌汁良いなぁ…。」
ぽわぽわしたまだしっかりしてない声に癒される。




