幸せの分岐(3)
その後、わたしとユウくんは今の仕事や普段どうしているか等、話した。
「リナさん、また会いに来て。ユウがいなくても遠慮なく。明日もお仕事なら、ユウ、送って行ってあげて。」
ユウくんのお母さんはわたしに優しく微笑みかけた。
外に出ると、少し雨が降っていたのか空気が湿っていた。
「この辺は少し栗の花の匂いがするんだね。」
私は呟いた。
本当に微かに独特な香りがする。
「少し山側に近いからですかね。」
ユウくんは私の手を握りしめ、ゆっくり私の歩幅に合わせて歩いてくれた。
「この匂いが苦手…。虐待をされた時にしてた匂いだから…。」
私は少しだけ気持ちが沈んだ。
それを察して何も言わず、繋いだ手に彼は力を加えた。
彼は私が彼のお母さんと被るって言っていたけれど、全然違った。
ツライ過去があるという共通点はあるものの、明らかに彼女は私よりも強く優しかった。
私もいつかそう思える日が来るのだろうか…。
家まで送るとユウくんが言ってくれたが、
「バス停までで大丈夫だよ。お母さんについていてあげて。」
と、私は伝えた。
きっと今の私は家まで送ってもらったら、そばにいて欲しいと甘えてしまいそうだった。
ユウくんのお母さんは数日したら、緩和ケア専門の病棟に入院する事になっている。
せめて、それまでは家族で穏やかに過ごして欲しいと思った。もちろんその後も、私の大事な人とその人の大事な人が穏やかに過ごせますように…。
数日すると、ユウくんがまたうちに来る日常が戻った。
時々、一緒にユウくんのお母さんに会いに行った。
「病気になってしまったのは残念だったけど、ユウとしっかり時間がとれて話をしたり、リナさんにも出会えて本当に幸せだと思う。」
彼女は少し顔色が以前よりは白く、少しだけ痩せていたように見えた。
「リナさん、あのパウンドケーキ本当に美味しかった。」
嬉しそうに無邪気に笑って、彼女は私の手を握った。
「また、作りますね。」
私は少しでも喜んでもらいたいと本当に思った。
帰るために病室から私達が出ようとすると、
「ユウ、ちゃんと気持ちは伝えないと伝わらないままよ。」
と、ユウくんのお母さんは笑った。
「…一応、伝えた。返事は焦ってないから…。」
ユウからは耳が真っ赤になりながら、うつ向いた。
「なら、安心した。なかなか本音を言わないから。大事なことは何度でも嫌われない程度に伝えないと…。後悔しないように…。」
ケロッとした様子で、本当に無邪気に笑っていた。
病院からの帰り道、
「もともと母はよく笑う人だった気がします。僕が思うほど不幸ではなかったのかもしれません。本当のところは母本人しかわからないところですが…。」
彼はゆっくりいろんな事を思い出しながら話しているんだと思った。




