第01話:「もう遅い」を聞けば割と満足だったりする
『追放だ。さっさと出て行け、役立たず』
『足手まといに用はないのよ』
『お前にはその恰好がお似合いだ』
あの日かけられた言葉。それまで受けていた仕打ち。これまで、忘れたことはなかった。だが、それも今日で終わりにしよう。もう過去とは決別する。
その過去は、今、俺の前に倒れ伏していた。
「……てめぇ、無能の分際で……よくも、この俺を裏切りやがったな」
……裏切った? どの口が言ってやがる。先に裏切ったのはお前達だ。まさかダンジョン内に拘束した状態の俺を放置したことは裏切りじゃないとでも思っているのか?
たしかに、パーティの中では俺が一番弱かった。
だから、俺はパーティに貢献しようと必死に努力したんだ。その努力を邪魔し踏みにじったのは、悲しいことにパーティメンバーだった。最初から、俺の事なんか仲間だと思っていなかったんだろう。
日頃から「お前なんていなくなればいいんだ」と言われ続けてきた。だが、実際には、俺を追放したせいでパーティは瓦解したらしい。
理由は簡単。そもそも、こいつらは団体行動が出来るような人間じゃなかったのだ。弱者をいたぶるというご立派な目的が共通していたから、どうにかパーティとして纏まっていたのだろう。クズだ。そんな状況で、雑務を全て担当していた俺がいなくなれば、結果は火を見るより明らかだ。
俺の前に倒れ伏したくそ野郎どもは、ずいぶん小汚い恰好をしていた。うわさに聞いていたより、パーティの没落ぶりは酷かったようだ。そんなになってまで俺を探していたのか。その執念だけは恐れ入るよ。
「てめぇ、なに黙ってやがる。おい、なんとか言えよ、この無能が!」
この状況で、まだそんな口が利けるとは。どうやら、まだ立場が分かっていないようだな。
もう俺は弱者でも無能でもない。お前らにいたぶられていたころの俺とは違う。
他の元仲間はリーダーとは違い、俺の本当の強さを理解してきたようだ。こちらを見る目に恐れが混じり、まるで助けを求めるかのように俺を見ている。
だが――
「もう遅い」
※※※※※
――そこまで読んだところで、ブラウザを閉じた。
「…………ふーっ」
長時間パソコンの画面を見たことで凝った肩をほぐす。
読んでいたのは、小説投稿サイトに投稿されていた追放系の物語。「ざまぁ」と検索してヒットした中から、何となく選んだだけだ。そのため、ランキングに載っていたわけでもなく、話数も多くなかった。
だが、適当に選んだにしては面白かった。追放後の主人公の成り上がりは応援できたし、追放した側の没落ぶりもスカッとした。わりとテンプレな王道展開が続いたが、僕はテンプレが大好きなので問題ない。
僕は追放モノが大好きだ。他にも色んなジャンルの作品を読むが、定期的に追放モノが無性に読みたくなる。
なぜならスカッとしたいからだ。学生をやっていると定期的に嫌な気分になるのだ。そう、今日のように模試の結果が帰ってきたりした日は特に!
机の端に置いてある模試の結果に「消えろ!」と念を送ってみるが、当然消えてなくなってはくれない。
「………………はぁ」
第一志望の欄にはアルファベットのEが鎮座していた。つまり、E判定。excellentのEだったらいいけど、違うんだろうなぁ。
…………だから言ったのに、僕には分不相応だって。
追放モノの主人公のように、この大学を志望するように勧めた担任の先生に復讐がしたい。あと、E判定を叩きつけてくれた予備校にも。僕はもっと下の大学で良いって言ったんだ。そうすればこんな酷い判定を食らう羽目にならなかったのに。
出来れば、今すぐにでも復讐がしたい気分だが、僕にはそんな度胸や隠された力はない。それに、たぶん復讐じゃなくて八つ当たりになる。なにより今、僕がすべきなのは復讐じゃなくて復習だ。本当はネット小説で他人の復讐なんて読んでる場合じゃないのだ。
復習…………したくないなぁ。
僕が必死に勉強するのと、数学をこの世から消し去る努力をするのどっちが有意義だろうか?
いや、数学はいろんなところで使われているらしいから、消し去るのはまずいな。でも、高校生が勉強しなくても良くない?
じゃんけんを100回もするゲームの確率って何に使うんだよ! 100回も連続でじゃんけんなんてしないよ! n回目がどうなろうが知ったこっちゃない!
……こんなこと考えてるから、いつまでたっても数学が嫌いなんだろうなぁ。
「…………はぁ」
時計を見ると、夜の7時過ぎ。無駄に集中してネット小説を読んでいたようだ。この集中力を勉強に活かしたい。
今日は、両親ともに帰りが遅いので、夕飯は勝手に食べるように言われている。だが、冷蔵庫にすぐ食べられそうなものは入っていなかった。かといって、今から何かを作る気にもならない。
憂さ晴らしに何か美味しい物でも買って食べようと、上着だけ羽織って外に出る。目指すは近所のスーパーだ。
「…………寒っ」
まだ冬になり始めなので、完全に油断していた。拝借した父親のよれよれのコートだけでは肌寒い。まぁスーパーは近いし、わざわざ戻る気にはならないけど。
さっさと買い物を済ませて、さっきの小説の続きを読もう。復習は後回しだ。
そんな風に思いながら、角を曲がったところで――視界が真っ白になり、僕の意識は途絶えた。
最後に見えたのは……あれは…………トラックのライト?
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●問題
なめらかでないアスファルト上を時速60㎞で移動している質量4トンの物体Tと静止している質量60㎏の物体Bが衝突した。反発係数、空気抵抗、摩擦係数……その他諸々を考慮したうえで、衝突後の物体Bはどうなるか。
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シンキングタイムは与えられなかったし、与えられても僕には分からなかっただろう。なぜなら、僕は数学だけじゃなくて物理も大っ嫌いだからだ。僕は根っからの文系なのだ。
だが、そんな僕にでも分かることがある。
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答え。
物体Bは死ぬ。あと、めっちゃ痛い。
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こうして、僕、石倉実哉の人生はあっけなく幕を閉じた。
※※※※※
…………はずだったのだが。
目が覚めると、僕は見たことのない森にいた。
見渡す限り、一面森だ。木がたくさんある。というか木しかない。まさに森! って感じの森だ。
「…………ここ、どこ?」
さっきまでは、僕はたしかに街中にいた。田舎ではあるけど、少なくともこんな森じゃない。仮にも住宅街にあるスーパーに向かっていたのだ。
「というか…………生きてる?」
最後に感じた痛みからして、トラックに撥ねられたと思ったんだけど。あの痛みで僕死んでないの?
もし死んでいなかったとしても、目が覚めたときに見るなら「知らない天井」が妥当だと思う。だが、ここはどう考えても病院ではない。どころか室内ですらない、紛うことなき森だ。
そして、森にしても変な雰囲気だ。森に一家言なんてないけど、何となく違和感がある。木だけじゃなくて、空気も、草や地面も違和感がある…………ような気がする。ここ、ほんとにどこ?
「あっ!」
その時、電撃的に閃いた。
というよりも、トラックに撥ねられた時点で気付くべきだったかもしれない。これは、お決まりのパターンだ。僕が大好きなテンプレだ。
「これ…………もしかして異世界転生では?」
お読みいただきありがとうございます。