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File4―15 怪力強盗と血色の悪魔 〜長くなりそうな夜に〜

 〜ウィンダリア王城 客室〜


「……えーっと。ライト・マーロウさんでいいんですよね……」


「ああ。別にフルネームじゃなくても、ライトでいいよ。それにキミは王子なんだし……キミが僕に畏まる必要が無いだろう」


「あ、はい……なら、ライトさんで……」


 ピリピリとした空気が流れる。

 薄く微笑むも、その仮面の裏からただならぬ敵対心を見せるライトと、その敵対心に当てられて完全に萎縮してしまっているセルベール。

 見る人が見れば、何かの修羅場に見えるだろう。


「あ、コーヒー飲みます……?」


「いや、いい。機人族は飲食した後は体内洗浄が必須だからね。面倒なだけだ」


「あ、はい……そうですよね」


「ああ」


「……」


「…………」


『………………』


 耐えがたい沈黙。

 ライトは目をつむり涼しい顔をしているが、セルベールは生きた心地のしない顔だ。


「えっと……ライトさん。レフトさんとは」


「僕の相棒」


 セルベールがまだ質問し終えぬうちに、ライトは食い気味にそれに答えた。

 空気の冷えが一段と深まった。


「あ、えーっと……なんか、怖くないですか?」


「何がだい?」


「……か、怪盗ダッシュとか、二ュエル・ボルゴスとか」


 怪盗ダッシュ――その名前を聞いた途端、ライトの顔から微笑が剥がれた。

 完全なる真顔になる。

 セルベールはその何の温度も感じない顔に、ひっ、と声を漏らしそうになった。


「怪盗ダッシュ……そうだねぇ。怖いねぇ」


「は、はは……やっぱり、ライトさんみたいな人でも怖いものあるんですね〜」


「は? それはどういう――」


「はいすみません本当に申し訳ございません」


 セルベールはここにはいないレフトに内心で悲鳴を上げた。

 この人怖いんですけど! レフトさんどこ行っちゃったんですか!? この空気に耐えられそうにないんですけど僕!?


「どうしたんだい? キミは王子なんだから、もっと堂々と胸を張りたまえ」


「あ、はい……はい」


すくみ上がってないでさ……そういう態度、頭にくる」


「はい張りますふんっ! どうですか、張りましたよゴリラ並に!」


「……誰もそこまで張れとは言ってないよ? 何、ウケ狙い?」


「違います……本当に違うんです……」


「ハイまたすくみ上がる。言った傍からこれだと……心配だね」


「うう……うう」


 ライトの冷たいナイフのような言葉が、セルベールの肌に突き刺さる。

 プルプルと震えながら、セルベールは涙を堪えていた。

 外交の場などでたまにこんな空気になる事はある。しかし、今の空気はセルベールが今まで味わってきたどんな空気よりも冷たく、居心地の悪いものだった。


「……い、いつ頃目が覚めたのでしょう?」


「うーん……落ち込むレフトを、キミが慰めてるシーン辺り」


「あ、はいそこからですか」


「より精密に言うなら、キミが『貴方ともっと話したいから〜』とか何とか言って、レフトの手を握った辺りから」


「は、はは……」


「何がおかしいんだい?」


「いえ滅相もございません」


 節々にトゲが増えてきたライトの言葉。

 セルベールは心底寿命が縮むような思いだった。

 ライトが急に笑い始める。


「……ふふ、ふふははははは」


 セルベールも、それに釣られて空笑いを始める。


「……あ、あははははははは」


「ハハハハハ」


「ハハハハハ」


「「ハハハハハハハハハハハハ……」」


 中身のない、がらんどうな笑いが冷たい部屋にこだました。


(レフトさぁん……早く帰ってきてください……!)


 セルベールは笑いながら、そう強く願うばかりであった。

 やがて笑い声も止み、長い沈黙が再び訪れた。

 そうしてから、次にセルベールは、ライトからのキツめな質問責めに合うのだった。

 まだまだ、夜は長そうだ。



 ****



 〜レフト・ジョーカー〜


「はっぐし!」


 俺は豪快にくしゃみをした。

 なんだなんだ、誰かが俺の噂でもしているのだろうか。こう……『レフトくんカッコイー!』とか『レフトさんマジハードボイルド!』とか。

 俺はなんとなく嬉しくなり、鼻を擦った。


「しかし、ライト目覚めたかなぁ……」


 もし今頃ライトが目覚めてたら、セルベールと仲良くやっているだろうか。ライトもセルベールもどっか似たような感じだし、結構仲良くなるかもしれない。相性良さそう。

 俺は和やかに話す二人を想像し、少しだけ羨ましく思った。


「……つか、あの野郎どこにいるんだよ」


 俺はさっきからずっと、城内を駆け回り、バーン・アイシクルの野郎を探していた。

 畜生……全然見つからねぇ。

 俺はむしゃくしゃして、その辺に落ちてた瓦礫を軽く蹴り飛ばした。


「……お?」


 飛んで行った瓦礫は、壁と壁との間をイナズマのような軌道で跳ね返りながら進んでいき、そうしてから奇跡的な軌道を描いて俺の足元に戻ってきた。


「うわ、すげぇミラクルショット」


 俺はもう一度それを打ってみようと思い、足元に戻ってきた瓦礫を思いっきり蹴っ飛ばそうとした。

 しかし――


「――いっでぇ!?」


 ――蹴り損ない、間違って床を思いっきり蹴ってしまった。

 ……それが、行けなかった。

 床が、俺の蹴った箇所からぴしりぴしりとヒビが入っていく。


「えっ、なんでなんでなんで!?」


 冷静に考えると、怪盗ダッシュなどの犯罪者との戦いの中でこの辺りもボロボロになり、弱くなっていたのだろうが……今の俺はただただパニくるだけだった。


「えっ俺城壊した? ヤバくねーかそれだって城壊すとか犯罪じゃん――」


 そして、俺の立っていた辺りの床が崩落した。


「えっ」


 俺は為す術もなくその崩落に巻き込まれ、下の階へと落ちていった。


「うああああああっ!?」


 俺は叫びながら、床とぶつかる衝撃に備えて目を固く瞑った。

 そして――ふにょんっ、とした柔らかいものに顔面が包まれた。

 全身も無事だ。痛みが全くない。幸いな事にベッドの上にでも落ちたのだろうか……?

 俺は薄く目を開ける。目に飛び込んできたのは、綺麗な肌色だった。


「……なんだこりゃ」


 甘い匂いがした。

 なんだろう……この、俺を受け止めた柔らかいの。クッションにしては、生物的な温みがある。

 俺は顔面を包み込む肌色の何かから顔を引き剥がした。


「……あ、れ?」


 ……その肌色を少し遠くから見た俺は、その肌色のものが二つの塊からできていることを知った。

 その二つの塊は、とても柔らかくて甘い匂いのするああもう説明めんどくせぇな、いわゆるおっぱいだった。おっぱい。イラには無縁そうな、かなり大き目なヤツ。


「……誰のだ」


 俺は視線を前へと移動させる。

 視界いっぱいに映ったのは、とても美しい女の顔。

 長い髪に大きな透き通るような目。高い鼻に柔らかそうな唇――俺達にこの事件を依頼しに来た、第二王女のアリア様に似てる。

 そして俺はこの顔を見た事がある。それは例えば新聞とかテレビとか雑誌とか……。

 国王陛下や王妃様、そしてセルベールやアリア様と一緒に写ってる写真でだ。


「……ぁ」


 その女の子は、顔を少しだけ赤く染めて、瞳をすぅっと細めて俺を睨みつけてきた。


「……『誰だ』は――私のセリフよっ!?」


 ビシュッ――俺はガチの目潰しを食らった。

 俺は両目を抑えて仰け反り、転げ回った。


「ぐああああああああっ、目はダメだって目はァ……!」


 この世で潰しちゃいけない玉は二種類あるんだぞ。一つは眼球、もう一つはご想像にお任せする!

 俺は涙を流しながら痛みの引くのを待った。


「うっ……うう」


 段々と痛みが引いていき、見えるようになっていく。

 そして、目に映ったのは……ああ。やっぱり。俺の予想通りだった。

 俺は顔を引き攣らせながら、その人物の名を呼んだ。


「……ウィンダリア王国第一王女――リナリア様」


 ――引きこもり姫、リナリア・ウィンダリアと俺は、最悪な形で邂逅したのだった。



 ****



「本っ当に――申し訳ございませんでしたァァァァァァァァァァァ!」


 俺は渾身の土下座をした。

 相手はもちろん、俺をおっぱいで受け止めてくれた相手――リナリア王女様だ。

 リナリア様は俺を汚物を見るような目で睨みつけながら、土下座する俺の頭を踏みつけてきた。


「……言い訳を聞こうかしら」


「悪気はなかったんです!」


「悪気はないけど、ヤる気はありますってこと?」


「違います! 人を強姦魔みたいに言わんといてくださいな!」


「いや私から見たら貴方は『天井壊して私の部屋に侵入してきた謎の男』よ? 強姦魔扱いしてもおかしくないでしょう」


「そんな! そんな滅相もございませんて! だって俺、この下にリナリア様がいるたぁ全くご存知ねーもんでして、へい!」


「さっきからそのなまりなんなの? イラつく」


「ちょっとパニクってますですよ、へい……」


 リナリア様はぐりぐりと俺の後頭部を踏みつけてくる。

 俺は踏みつけられる頭で現在の状況を整理した。

 多分、こんな感じだろう。


 俺はバーンの野郎を探して城内を駆けずり回る。

 そして、知らぬ間にリナリア様の部屋の真上に来ていた。

 そこで俺が瓦礫と間違えて床を蹴った。偶然にもそこは怪盗ダッシュなどとの戦いで脆くなってしまっていた所で、俺の蹴りでも簡単に崩落してしまった。

 床の崩落と共に落ちていく俺。しかし、この下はリナリア様のお部屋。俺はたまたま真下のベッドに寝転がっていたリナリア(のおっぱい)に受け止められた……。


「……し、信じてもらえねぇと思うんですがね、へい」


「ええ。聞こうじゃないの。私の胸に真上から天井崩落させてまで飛び込んできた理由」


 俺は先程頭の中で整理したものを告げた。

 その間も俺の頭は踏みにじられっぱなしだったが、もう慣れた。というより、王女様の胸に顔突っ込むとか普通に死刑有り得るレベルだと思うので、自分の頭が踏まれてることなど気にしてる場合ではなかった。

 俺の話を聞き終えたリナリア様は、俺を踏みつける力を強めた。


「ふぅん……つまり、全部偶然だったと?」


「へい」


「その『へい』っての止めてくれる?」


「はい」


「それで……『僕は悪くありません』。そういう事でいいのね?」


「はい」


 話は理解してくれたようだ。

 でも……理解してくれたのなら、なんで踏みつける力強くなってきてんだろ……。ベッドに鼻も口も覆われて、めっちゃ息苦しい。……少しだけいい匂いするけど。


「……そんな与太話、信じると思って?」


「あー……理解はしたけど信じてはない、って感じですか」


「ええ」


「……とりあえず踏むの止めて貰えませんか。話しにくいんですけど」


「いや」


「ですよね〜……」


 リナリア様は引きこもり姫と呼ばれているが、それと同じくらいサディストとしても有名だ。

 いや今回は俺が一方的に悪いだけなんだけど。

 リナリア様は俺の頭から足を離した。


「……はぁ。とりあえず特別に踏むのはやめてあげる」


 やった。地味に屈辱だったんだよコレ。

 俺はずっと下げていた頭を上げようとしたが、しかし。


「あら。踏むのはやめてあげたけど、だからと言って頭を上げていいって訳でもないのよ?」


「……あー、マジっすか」


「マジっすよ?」


 ……結構ノリには乗るタイプだ、この人。

 俺は土下座をしたまま、リナリア様と向き合った(視線は地面に向いてるけど)。


「……で。その与太話、信じて欲しいの?」


「はい」


 与太話ってか、事実なんですけどね。

 その言葉は飲み込んだ。

 リナリア様は少しだけ間を置いて考え込むような仕草をしてから、言った。


「……なら、条件が一つあるわ」


「なんでしょう」


「……貴方は、私の事を……どう、……、思ってる? 正直に……、言いなさい」


 ……なんだか、リナリア様のその言葉は少しだけ震えて聞こえた気がした。

 後、質問が唐突だな?

 俺はその質問の真意を推理する。

 もしやこの俺に一目惚れした……なわけないか。一目惚れしたなら、その相手の頭を踏むわけがない。ていうか、初対面で胸に顔突っ込んできた奴を好きになる女なんて世界中どこを探してもいないだろう。

 短い時間考えて、やがて俺は一つの可能性にたどり着いた。

 ……もしかしてこの人、世間体気にしてんのか?

 引きこもり姫って呼ばれてたりすること、内心気にしてんのか?

 だとしたら……これどう答えれば正解なんだろう。

 俺は少しだけ考えて……考えて……。……あ、ヤベェなこれ何も思いつかねぇ。


「えーっと……」


「言いにくい?」


「いや、そうじゃなくて」


「何?」


 ……この人の噂、全然聞かねぇんだよなぁ。

 なんか、昔キッチンで爆発事故起こして、それ以来引きこもるようになった……って事しか知らねぇ。後、性格は鬼畜サディスト。

 セルベールが言うには世界全部が嫌いらしいが……。バックボーンを知らないから、なんで? って感じだ。


「……正直、貴方のことよく知らないんですよね」


「……と言うと?」


「セルベール……貴方の弟さんは、よく話を聞きます。なんかこう、すげぇな〜って思うような話。アリア様も、別の意味ですげぇな〜って思うような話をよく聞きます。けど……貴方の話は、全然聞いたことがないんです」


 これは事実だった。

 セルベールは色々とスペックが高いから、何かしらをする度にニュースになるのだ。

 対してアリア様も、自由奔放な天然不思議ちゃんなので、勝手に城を抜け出して色々な事件を起こしてしまい、そういう意味でよくニュースになる。例えば、誘拐されかけたとか。

 けど、この人の事は全然知らない。ずっと引きこもってるお姫様ってことだけだ。


「だから……どう思ってる? と聞かれても、『部屋に引きこもるサディスト王女』としか言えません」


 俺は土下座したままそう言った。

 沈黙の時間が流れる。

 ……どうしよう。やっぱりありのままを言うべきではなかったかもしれない。お世辞を並べた方が良かったかも……。

 俺が冷や汗を流していると、リナリア様は口を開いた。


「……いいわ。信じてあげる」


「……え?」


「貴方は嘘、ついてないみたいだし」


 そう言うとリナリア様は、土下座やめてもいいわよ、と言ってくれた。

 久々に頭を上げた気がする。

 そうしてリナリア様を改めてマジマジと見ると、本当に綺麗な人だった。


「……何よ。私の顔、変?」


「いや……綺麗だなぁ、と」


「お世辞なら結構よ。随分と昔からたらふく浴びてきたもの」


 ……本心なんだけどなぁ。

 俺は頬をかいて苦笑した。


「それじゃ俺は用事あるんで……」


 俺はそう言うと立ち上がり、部屋から出ようとした。

 しかし。


「……は?」


 背後から浴びせられる、冷たい水のようなリナリア様の『は?』。

 怖い。なんだろう、何か気に障ることしたっけ……って天井壊して胸に顔突っ込むってめっちゃ気に障るよな……。

 俺は錆び付いたネジのように、ギギギと首を後ろに回した。


「……天井壊しておいて。これだけ私の部屋を瓦礫で散らかしておいて。土下座だけで、済むと思った?」


「……あ、あはは。でも、僕の話信じてくれましたよね……?」


「信じたわ。けど、それとこれと話が別よ。貴方の話は信じたけれど、許したわけじゃないわ」


 ……マジっすか。

 いやそらそうだ。

 俺だって、自分の部屋の天井壊されて土下座だけで許すとは思えない。

 俺は再びリナリア様と向き合った。


「……な、何をすれば良いのでしょう」


「……そうなのよね」


「はい?」


「貴方にやってもらわなくても、使用人は沢山いるもの。だからと言って、初対面の人に鞭を振るう程私、酷い人じゃないし」


 ……やりそうだよ。

 満面の笑みで初対面の人に鞭振るいそうだよこの王女様。オーラがもう王女様ってより女王様だもん。

 少しだけ長めな沈黙の末に、リナリア様が口を開いた。


「……ねぇ。貴方、私の事どう思う?」


「……それ、さっきも言いましたよ」


「そうじゃなくて。……好きか嫌いか、とか。実は内心見下してます、とか」


「えぇーっ……急に言われましても」


 俺は困ってしまう。

 するとリナリア様は、すっと目を細めた。


「好き? 嫌い? どちらかで答えなさい」


「……嫌いではないです」


「どちらかで答えなさい」


「……す、好きと言うにはまだ判断材料足りないっていうか」


「ど・ち・ら・か・で! ……答えなさい」


「……ど、どちらかと言えば……どっちかで言うなら、まぁ……、す、好きに傾くんじゃ、ないんですかね?」


 シンプルに恥ずかしい。

 女子に『好き』とか言うのは、そういう意味を込めてなくてもかなり恥ずかしい。

 ……それがもし、そういう意味を伴ってたら。それはどれだけ恥ずかしくて、勇気の必要な事なんだろう。

 俺は、カリスの事を思い出した。

 俺は、アイツの気持ちを有耶無耶にした……アイツの本性があんなのだったとはいえ、それは変わらない事実だ。

 ……俺は、拳を固く握りしめた。

 そんな俺に気づかず、リナリア様は再び言葉を投げかけてきた。


「……そうなの? 私の事、好きなの?」


「どっちかで言うならですから! あくまで、どっちか!」


「……正直意外よ。世間では無知無能な引きこもり王女とでも呼ばれてるとばかり思ってたから……嫌われてると思ってたわ」


「……そうなんですか?」


「そうなんですの」


 リナリア様は茶化すように唇に指を当てて笑った。

 その目は、なんだかとても悲しそうで、寂しそうだった。

 俺はつい、質問を重ねてしまう。


「……リナリア様は、どうなんですか? 自分の事……好きですか、それとも嫌いですか」


 俺のその問いかけに、リナリア様は即答した。


「嫌いよ。大っ嫌い。この世で一番嫌い」


「……そんなに嫌ってるんですか」


 セルベールから聞いた話だと、リナリア様は世界丸ごとを嫌っているらしいが……この分だと、セルベールの予測も当たってるのかもしれない。

 俺はセルベールの事を思った。


「セルベール……貴方の弟さんの話だと、貴方は世界全部を嫌ってるって聞きましたけど」


 俺はそう聞いてみた。

 不敬罪に当たるような事を聞いているかもしれない。それでも、聞かずにはいられなかった。

 セルベールの、リナリア様の事を話してくれた時の寂しそうな目が、リナリア様の瞳にも同じように浮かんでいた。

 何とかしたい……そう思った。


「……ええ、そうよ。世界全部が憎くて仕方が無いわ」


 リナリア様は自嘲気味に笑って言った。


「貴方、一人で紅茶を入れられる?」


 リナリア様は俺にそう質問してきた。

 俺は首を傾げながらも答える。


「そりゃ、まぁ」


「一人でお皿を洗える?」


「はい」


「一人で着替えられる?」


「もちろん」


「そりゃ、そうよね。けどね……私はこれぜーんぶ、一人じゃできないの」


 俺は目を見開いた。

 リナリア様は頬を掻きながら続ける。


「紅茶を入れようとすれば、キッチンが爆発するわ。お皿を洗えば全部砕け散るし、一人で着替えようとすればそれはもう悲惨よ。裸の方がまだ恥ずかしくないと言えるような、そんなあられもない姿になる」


 ……リナリア様の、あられもない姿。

 ……リナリア様、めっちゃこう、身体が、その、ねぇ? さっき俺を受け止めてくれたおっぱいもかなりの大きさだったし……。

 俺はリナリア様のあられもない姿を想像し、目の前の本人を直視出来なくなり、目を背けてしまった。

 リナリア様はそんな俺の様子に首を傾げた。


「あら、どうしたの? 目を背けて」


「いえ別になんでも」


「正直に言いなさい」


「やです」


「言わなきゃ天井壊して私を襲ってきた現行犯として通報するわよ」


 俺は呻いた。

 そこを突かれると弱い……いや弱いも何も俺が全部悪いんだけども。

 俺は頬に熱が集まるのを感じながら、投げやり気味に答えた。


「リナリア様のあられもないお姿というのを、想像してました」


 そんな俺の言葉に、リナリア様は一瞬だけ目を見開き、自分の大きな胸の前で両腕をクロスさせて庇うようにしながら、言った。


「……ヘンタイ」


「ええっ!?」


 俺は体をくの字に折った。

 ハードボイルドな俺が……ヘンタイ……だと!?

 それはダメだ。ヘンタイ探偵とか、ハードボイルドからめちゃくちゃ遠ざかる。

 俺は必死で弁解した。


「いや男なら誰でも妄想しちゃいますって、そんな話聞いたら!?」


「ヘンタイ……」


「ヘンタイ呼ばわりはやめてください! 僕には『レフト・ジョーカー』って名前があるんです!」


「あっそ。ヘンタイ」


「その冷たい目やめてくれません!?」


「ヘーンターイ」


「名誉挽回できねぇ……」


 俺は膝を床につき、がくりとうな垂れる。

 そんな俺を見て、リナリア様は満足したかのようにほくほくとし始めた。


「いい反応するのねヘンタイ。ほら、顔上げなさい」


「だから……ヘンタイじゃなくて、俺は探偵のレフト・ジョーカーなんですって」


「じゃ、レフト。顔上げなさい」


 名前を呼ばれ、少しだけドキッとする。

 俺は一瞬のそれを誤魔化すように、ガバッと勢いよく顔を上げた。

 するとそこには、微笑みを浮かべるリナリア様の姿があった。

 ……やっぱり美人だ。


「……何よヘンタイ。また、私のあられもないカッコ妄想してるの?」


「だから違いますって……」


 悪戯っぽく笑うリナリア様は、まだまだ俺を解放する気はなさそうである。

 ……まだまだ、夜は長そうだ。

 俺はため息を一つ、大きく伸びをしたのだった。



 ****



【小話】〜リナリア様の無茶振りシリーズ①〜


「ねぇタレイア。貴方、水責めに興味無い?」


「ありませんけど」


「私があるの」


「……私はありません」


「けど、私は興味あるのよ」


「……嫌ですよ」


「貴方に拒否権は無いわよ」


「そんなぁ……」


 この後めちゃくちゃ水責めした/された

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