File4―16 怪力強盗と血色の悪魔 〜はらからフレンド〜
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〜リナリア・ウィンダリア〜
「俺、ヘンタイなんかじゃないのに……」
そう言って、目の前で落ち込む探偵。名前は、レフト。
……久々に、家族やタレイア以外の人と話した。下手をすれば、何年ぶりにもなる。
彼はなんと言うか、とても人間的な魅力があり、コミュニケーションにブランクのある私でもすんなりと会話をする事が出来た。
多分、この男の前ならどんな気難しい人物でも、あるいはどんなにコミュニケーションが苦手な人物でも、すんなりと話せるのだろう。それはとても探偵に向いていると思うし、彼の素晴らしい魅力だと思った。
私には無い……そんな魅力。
「……ねぇ、レフト」
「はい、なんでしょう」
レフトは、私と話していても嫌な顔をしない。
いや、嫌な顔はする。でもそれは、私と話す事が嫌なのではなく、会話の内容――例えば自分がヘンタイ扱いされていたり――に嫌悪感を示しているのだ。
決して彼は、人と話す事そのものを拒絶したりはしない……私は彼の事をそう感じたし、それは多分事実で、今までもこれからもそうなんだろう。
「私ね、一人じゃなんにもできないの。一般人が当たり前に出来る事が、王女の私には出来ないの。それってさ……すっごく、ダメな事だと思わない? 人として、劣っていると思わない?」
私は気づけばそう口走っていた。
今まで心のどこかに溜まっていたヘドロのようなものが、吐き出されているかのようにも思えた。
「私って……この世界全体で見たら、劣等種なんだって……そう思うの」
私は、ヘドロのようなものを粗方吐き出した。
なんだか、それだけでとてもスッキリした。
そして、それを黙って聞いてくれていたレフトは笑った。
「そりゃ、一人で何もかも出来る奴なんていないですよ」
その言葉に、私は確かに失望を覚えた。
私が言いたいのは、そういうことじゃない。
私自身が、世間一般に比べて遥かに劣っている事。
そんな気休め、いくらでも聞いてきた。
私は少しむっとしながら、言い返そうとした。
しかし――
「……そういう事じゃなくて」
「だから、周りの人々がいるんです」
――レフトのその言葉に、反論が封じ込まれた。
「……どういうこと?」
「貴方の出来ないことは、周りの人に任しちゃえばいいんですよ。貴方にだって、貴方にしか出来ないことがあるでしょ」
「……そんなの、ない」
「ありますよきっと。それに、無いなら探せばいいんです」
「……でも」
「それでも自分一人で出来るようになりたいって事なら、まず周りの人にやり方を教わればいいんじゃないですか? 紅茶が入れられないなら、例えばこの城のメイドさんとかに紅茶の入れ方を教わって……また、一からやり直す」
「……っ」
「そうやって、自分の出来る事をどんどん増やしていって……そんでもって、ある日目の前に自分の出来る事を出来ない人が現れた時に、代わりにやってあげたり、そのやり方を教えてあげる」
私は、息を飲み込んだ。
レフトは、自分の胸に人差し指を突き立ててから、何かを差し出すように私へとその人差し指を向けた。
「そういう風に、人と人の関係って、紡がれるもんじゃないですかね」
……やたらとカッコつけたように言うその口振りに、若干イラッとしたのは事実だ。
でも……それ以上に、私はとてつもなく羞恥を覚えた。
そうか……教えてもらえばよかったんだ。
素直に、『紅茶の入れ方がわからないから教えて』って頼めば、それだけで私を引きこもらせた悩みの一端は、簡単に解決できたんだ。
「……レフト」
「はい、なんでしょう」
彼の名を呼ぶと、彼は再び向き直って、私に微笑んでくれた。
私は、おずおずと右手を彼に差し出した。
「……今度、紅茶の入れ方とか、色んな事……教えて」
彼は、私の手を受け取って言った。
「喜んで」
……すっごいドヤ顔で言ってきたので、瓦礫で顔面ぶん殴ってやろうかと思ったけど……止めた。
それよりも、もっと彼と話がしたかった。
「……レフト。敬語、やめていいわ」
「はい?」
「わざわざ敬わなくてもいいって言ってんの。セルベールともそういう関係になったんでしょ? なら、私とも……そういうのになってよ」
「……何やら誤解を招きそうな表現しますね」
「そうかしら? 後、敬語やめなさい。私の名前も、呼び捨てね」
「それ、命令っすか?」
「ええ、命令っすよ?」
「じゃあ……」
レフトは、少しだけ言い淀んでから、ごにょごにょと目を横に泳がせながら、私の名前を呼んだ。
「……リナリア」
「……なぁに、レフト?」
「友達に、なりましょ……なろうぜ。セルベールみたいに」
「……ええ。仕方ないわね」
私は、彼の頼みを承諾した。
久しぶりに……数年ぶりに。多分、この数年で一番、私の心は高鳴っていた。
……今度、レフトと一緒なら、外に出てみてもいいかもしれない。
そんな事を、何となく、思った。
****
〜セルベール・ウィンダリア〜
多分、この数年で一番、僕の心は高鳴っている。
もちろん原因は目の前で威圧感を出してくるレフトさんの相棒、ライトさんだ。
「どんな事話してたの?」
ライトさんの声は、冬に吹く風のように冷たさを体の芯まで染み渡らせる。
僕はガクガクと震えながら、言葉を選んで言った。
「他愛のない話です」
「例えば?」
「主に今回の依頼の事とか……後は、お互いの私生活についてとか」
「私生活?」
「ええ。レフトさんが『王子の私生活ってどんなんなんだ』って聞いてきて……で、僕もレフトさんの私生活に興味があったので、軽い情報交換みたいなことを少々」
「ふぅん……楽しかったんだ?」
「た、楽しかったですよ?」
「ふーん……へぇ、そう……」
ライトさんは薄く笑った。
しかし、目は全く笑っていない。
これ、あれだ。外交の場などでたまに向けられる、獲物を捕らえようとする鷹のような目。そっくりだ。
「……レフトさんのこと、すごく気にかけてるんですね」
僕はおずおずとそう言った。
これは、ある種の攻めだった。
今僕は、ライトさんに話のペースを奪われている。
ライトさんの質問に延々と答え続けるだけなんだ。それだけだと、絶対にライトさんはこの冷たい態度を崩さない。
僕は、今、決めた。
僕はこの人とも、友達になる。
レフトさんの相棒であるこの人とも、絶対になってやる。
ずっと友達が欲しかった。それがようやく手に入って……もっと欲しくなった。
絶対に、この出会いを無駄にはしない。
僕はライトさんを強く見つめた。
「どうしてそんなに気にかけているのですか?」
「……別に、気にかけてなんかないよ」
予想通り、ライトさんは冷たい反応だった。
けど、明らかに目を逸らした。
ここは……攻めるべきだろうか?
レフトさんなら……攻めるだろうな。まだ半日も経ってない付き合いで言うのもなんだけど、あの人単純だし。
「嘘つき」
僕はソファから立ち上がった。
そして、ライトさんの寝るベッドへと歩み寄る。
「どうして嘘をつくんですか?」
「……僕が嘘をついている? 全く意味がわからない。根拠を示してもらおうか?」
「質問してるの、こっちなんですけど? 根拠とかそういうのは、僕の質問に答えてからにしてくれますか?」
「いいだろう。どうして嘘をつくのか……答えは『僕はそもそも嘘をついていない』。これでいいのかい?」
「ダメですね」
僕はライトさんのベッドのすぐ隣に立った。
ライトさんに睨みつけられるように見上げられる中、僕は笑った。
「長い時間、王子として人と関わってきた結果、僕の目は少しだけ鋭くなりました。この能力……というより、才能を自覚したのは一年前ですけどね。僕には人の嘘を見抜く才能があるみたいなんですよ。他人なら見落としてしまう程の微々たる態度の揺らぎでも、僕の目は見逃さない」
これは、本当の話。
幼い頃から、完璧な王子として様々な大人と関わってきたその生活は、僕の“目”を目覚めさせた。
裏で汚い事を考えている大人がわかる。僕の事を裏でどう思っているかも、わかる。
初めは辛かった。けど、慣れた。
この才能を得てしてわかったことは沢山ある。僕より無能な人間のほとんどは僕を妬む事。僕を讃える人間の三分の一は裏で僕の事を口汚く罵っている事。
そんな中、初めてだった。本心から、僕と友達になろうとしてくれたレフトさんという存在は。
もちろん今までも、僕と友達になろうとした人間は沢山いた。けど、全員目的は僕ではない。僕の――王子の権力などの力だけが狙いだったり、王家へのご機嫌取りやコネクションのためだけに近寄ってくる者だったり。
だから僕は、純粋な気持ちを持つレフトさんに惹かれたのだ。そして僕は、それと同じ気持ちを彼にも――ライトさんにも、感じている。
「貴方も、僕の事を『セルベール』として見てくれています」
レフトさんと同じ目だ。
確かに、僕の王子という立場は彼らをすくみ上がらせてしまったが……僕にそんな危険性はない、とわかった途端に僕を『僕』として見てくれる。
それは多分、ライトさんも同じだと思う。少なくとも僕の目にはそう視える。
「僕は貴方と、仲良くなりたい。なのに貴方は僕を拒絶します。それはなぜですか?」
「……もし、キミの虚言が当たっていたとしよう。それを聞いて、どうする気だい?」
「僕に改善点があるなら直します」
「……はぁ。ド直球だな」
……この時、ライトさんは確かに、笑った。
――やった。
僕は小さく喜んだ。
そんな僕を他所に、彼はギギッと歯を鳴らした。
「……正直、僕にもわからない」
ボソリと彼は呟く。
僕はそれを追求した。
「何がですか?」
「キミを、拒絶する理由……気に入らない理由」
ライトさんは綺麗な髪をクシャッと掻き乱す。
その顔は、なんだか苦しそうでもあった。
「……わからない。ただ、レフトと仲良くなっていくキミのことは気に入らない。僕のこの気持ちの正体は“嫉妬”なのだろうか?」
「え、妬いてたんですか?」
僕は目を見開いた。
……え、妬いてたんですかライトさん。妬いてたからあんなに僕に冷たい態度を……女子か。女子ですか貴方。
「……なんだいその目は」
「いえ別になんでも」
「キミ、嘘見抜くのは得意だけどつくのは下手だね」
「うう……」
僕は唸った。事実なのだ。僕は……というより、ウィンダリアの一族は基本的に嘘が下手。嘘が下手なのは父上の……つまり王家の血筋らしい。そのため、母上の血を濃く受け継いだリナリア姉様やアリアは、嘘が僕レベルに下手ではない。というか、僕はウィンダリア史上最も嘘が下手くそというのもある。
そんな嘘が下手な僕を、ライトさんは更に追求してきた。
「交渉の場では嘘をつく事もあるだろう。大丈夫なのかい?」
「あ、いえ。確かに交渉の場では嘘をつくのはありますけど……少なくともウィンダリアは基本的には嘘をつきません。父上の決めた方針です。『国のトップが嘘をつくと、敷いては国民全員が嘘つき呼ばわりされてしまうだろう』って、言ってました」
「……人間的には立派だねぇ。政治的にはもう少し物分りが良くても良さそうだが」
「でも、現状のウィンダリアはキチンと回ってますよ。嘘は楽するための手段であって、必要なものではありません」
「そうか……まぁ政治を全く知らない素人の僕が口を挟むものではないか。政治は政治屋に任せるよ」
「ええ、お任せ下さい」
「じゃあ、税金を下げてくれるかい?」
「……それは、結構キツいです……ウィンダリア、今結構不況なんで」
「今さっき、キミの口から『ウィンダリアはキチンと回ってますよ』と聞いたのに」
「本当に申し訳ありません……」
「……はは、ううん。責めてないよ。ちょっとからかっただけさ」
……ようやく、ライトさんが笑った。
僕の目が潤む。ライトさんにからかわれた。やった。段々と仲良くなってきてる手応えを感じる。
僕はライトさんの手を取った。
「ライトさん!」
「な、なんだい」
ライトさんは驚き、目をまん丸にしていた。
僕はそのまま、ライトさんの手を強く握りしめる。
「ライトさん! 僕と友達になってください!」
「え、ええ?」
「レフトさんの相棒である貴方とも、友達になりたいんです! 是非とも、お願いします!」
「……急に、圧がすごい」
「あ、すみません……」
「しょぼくれるのも急だな……」
ライトさんは、心底呆れるように言った。
そして、ため息をつく。
「……僕は、キミに恐らくだが嫉妬をして、冷たく当たった男だよ? それでもいいのかい」
「はい!」
僕は元気よく返事をした。
ライトさんはそれを聞いて、苦笑した。
「……わかった。僕が折れよう。キミと友達になってあげよう」
「ほ、本当ですか!」
「……さっきから、失礼な態度をとって申し訳なかった」
「気にしてません!」
「……そう言って貰えると、助かる」
ライトさんはそう言って少し俯いた。
そして、僕の目を見て手を差し伸べた。
「こんな、弱くて嫉妬深くて冷たいどうしようもない機人族でよければ……これからもよろしく。……セルベール」
「はい!」
僕はライトさんの手を取り、強く強く握りしめた。
僕の人生史で二人目の友達。僕は小さく深呼吸をして、今という時間を胸いっぱいに味わった。
「それじゃあ、友達として何を話そうか。レフトの愚痴でも話すかい?」
「あは、あはははは……」
こうして僕達は、先程までの一触即発のムードなんてどこかへ忘れてしまい、談笑をゆっくりと楽しむのだった。
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【小話】〜リナリア様の無茶振りシリーズ②〜
「ねぇ、タレイア。ここに二本の鞭があります」
「はい。乗馬鞭と、人がSMプレイをする時に用いる、比較的痛みが弱めな割に大きな音が鳴るというバラ鞭ですね」
「正解。ねぇ、タレイア。どっちがいい?」
「……そうですね。どうせ私に拒否権無さそうですし、せっかくですので選びますか。……バラ鞭でお願いします。それなら痛みも少ないですし」
「わかったわ、乗馬鞭ね」
「……はい、もうそれでいいです、はい。もうそれでいいんで、チャチャッと済ませてくれます?」
「何よその態度!」
「あーもう申し訳ございませんでしたぁ〜! 私が悪ぅござんしたぁ〜!」
「えぇえぇ貴方が悪ぅござんすぅ〜! それじゃとりあえずこの手錠付けるわね」
「……本当に、私がひたすら可哀想なだけのコーナーですよねこれ……」




