File4―11 怪力強盗と血色の悪魔 〜Never Give Up!〜
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〜園寺映瑠〜
美人さんと私達二人の戦闘が始まった。
私はスタグスとビートルーブに持ち上げてもらっていたライトくんを一旦廊下に下ろす。
「イラちゃん、ライトくんの身を隠して!」
「はっ、はい!」
イラちゃんにそう命令すると、イラちゃんは威勢よく頷いてくれた。可愛い。
そして、腕時計形態にしていたスパイドを元の蜘蛛型に戻した。
「スパイド、美人さんに糸吐いて!」
シャー! とスパイドの口から糸が噴出された。
スパイドの白く煌めく糸は的確に美人さん目掛けて飛んでいく。
しかし。
「はい、残念でした」
美人さんは糸が辿り着く前に炎の魔法でそれを焼き払ってしまった。
でも、もちろん想定済みだ。
私達のこの戦闘での勝利条件はただ一つ、“逃げ”の一択だ。
安全な所までライトくんを連れて、二人で逃げる。そのためにも、美人さんに決定的な隙を作らなければならない。
「バッティー!」
私は空を飛ぶバッティーに超音波を要請した。
頷くバッティー。即座に超音波を放出した。
しかし。
「【贄を捧ぐ鐘が鳴る】――【贄狂い】」
美人さんの詠唱した魔法が一足早かった。
宙に浮かび上がった、大きな黒い鐘。美人さんはその鐘を指でつついた。
すると、ゴーン! と大きな音が鳴り響き、バッティーの超音波を台無しにしてしまった。
それだけではない。私達にまでその鐘の音は伝わり、内側から強く揺さぶられるような吐き気に襲われた。
何これ……この鐘の力!?
「超音波対策はこれで良いでしょう」
美人さんはそう言いながら、鐘を何度も指でつつく。
その度に不快な鐘の音が反響し、私を苦しめた。
大きな音で超音波をかき消す。
それが美人さんの編み出した超音波対策だった。
更にこの鐘にはどうやら聞いた人の気分を悪くさせる能力まであるらしくて……。
どうしよう……気持ち悪い。頭が痛い。この吐き気や痛み……このままじゃ、何も考えられない……。
私は気を失いかけた、その時だった。
「ウィンニュイさん!」
イラちゃんの声が響いた。
私がその声の先を向くと、イラちゃんの両手に握られていたのはスタグスとビートルーブ。
イラちゃんはそれを美人さんに向けて思いっきり投げつけた。
「なっ……!?」
美人さんは虚をつかれたように目を見開き、魔法で作った黒い鐘を止むを得ずと言わんばかりに解除。イラちゃんの投げたスタグス達の対処に回った。
「フロッガー!」
私はその隙をついて、その場で飛び跳ねるフロッガーに手をかざす。
するとフロッガーはその場で一回転し、ポッド状のスピーカーになった。
私はイラちゃんにジェスチャーで伝達した。
私に背を向ける形になっている美人さんには、このジェスチャーは伝わらない。
(イラちゃん、耳塞いどいて)
「……?」
言われた通り(ジェスチャー通り?)に耳を塞ぐイラちゃん。
そして、私も同じように耳を塞いだ。
それと同時に、バッティーに指示を出す。
「バッティー、フロッガーに超音波!」
そして、超音波が放たれた。
バッティーの超音波はフロッガーのスピーカーが集音、そして拡声させる。
スタグスとビートルーブに撹乱されていた美人さんは、舌打ちを一つ落とした。
「くっ――うあああっ」
フロッガーの拡声したバッティーの超音波の威力は絶大だ。
先程とは比にならないくらいに美人さんは苦しんだ。
「なかなか……やるじゃないですか」
美人さんは多分そう言った。
多分、と言うのは耳を塞いでいるから、美人さんの唇の動きだけで判断するしかないからだ。
「もっともっと、超音波の威力上げちゃって!」
私は耳を塞ぎながら叫ぶ。
耳を塞いだ手越しでも、超音波の威力の上昇が伝わった。
(これなら、勝てるかも――!)
そう思った、次の瞬間だった。
バッティーが、何かに撃ち落とされていた。
「え?」
呆ける私を他所に、フロッガーが何かに撃ち抜かれた。
「……え?」
そして、スタグスとビートルーブも何かに撃ち落とされた。
「……え」
私はだらりと両手を下げた。
もう、超音波は響いていなかった。
「【凶弾、血飛沫を添えて】」
美人さんは形の良い唇を動かした。
私も、イラちゃんも冷や汗を流す。
「必中の弾丸を放つ魔法です。というより……『撃たれた』という結果だけを作り出す魔法と言った方が正しいでしょうか」
美人さんは撃ち落とされたバッティーの羽をつまみ上げた。
「この魔法を使うと、対象物はこのように、対応する間もなく撃たれてしまうわけです」
対応不可能の弾丸を放つ魔法。
美人さんは、そうとも言い替えた。
「この魔法は強すぎる故に魔力制御やら消費魔力やら詠唱式やら、とにかく準備が大変なので……使いたくなかった。まぁ、使っちゃいましたけど」
私は、歯噛みしながらも美人さんを睨みつける。
強がりのために、私は質問を飛ばした。
「詠唱って……さっき、詠唱してなかったじゃん!」
すると美人さんは、懐から親指大の宝石を取り出した。
「魔法道具『マジックストックストーン』。この石に魔法を使うと、魔法をストックしておけるのです。高価だし、使い方が難しいのであんまり量は持っていませんが」
私はギギギ、と歯を鳴らす。
さっきから、ちょくちょく美人さんは詠唱無しに魔法を使っていた。
それは、無詠唱の魔法を使っていたんじゃない。この石を使って――少し違う。
この石にストックしておいた魔法を使っていたんだ。
「さて、残りはカタツムリとクモですか。それでは害虫駆除、再開しますかね」
ヤバい……!
私は観念して目を瞑った、刹那。
「スパイド!」
イラちゃんが、スパイドに命令していた。
スパイドはイラちゃんの腕に腕時計として巻きついた。
そしてイラちゃんは、スパイドの糸を放って撃ち落とされたバッティーやスタグス達をくっつけて引き戻した。
「まだ、出来ることはあります。まだ、諦めちゃダメです!」
「……イラちゃん」
「負けそうなだけで、まだ、負けてはない!」
「……そうだね」
私は一度強く目を瞑り、パッと目を開ける。
それはそう、ぼんやりとした眠気を晴らす時みたいに。
よし……気分は晴れたかな。
「まだ、負けてないもんね……!」
私はイラちゃんの引き戻してくれたスタグスとビートルーブを変形させた。
携帯電話型になったスタグス達。更に少しだけいじると、スタグスとビートルーブの角が出てきた。
「イラちゃん、これ」
イラちゃんにビートルーブを手渡した。
要は、武器だ。鋭利な角だけ残して、残りを携帯電話型に変形させたスタグス達を、武器にして使う。この二匹には申し訳ないけど、事態が事態だから……後で謝っとこう。
とにかく、私達は再び戦意を剥き出した。
美人さんはため息をつく。
「はぁ。確かに貴方達はまだ負けてませんけど……勝てるわけもないでしょう」
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〜イラ・ペルト〜
「……っ、あ!」
ウィンニュイさんの言う通りだった。
確かにまだ負けてなかったけど……勝てるはずもなかった。
「ぐぁっ!」
私とエルさんの二人は、仲良く床を転がった。
「いてて……大丈夫? イラちゃん」
「エルさんの方こそ、大丈夫ですか?」
「私はほら、子どもは風の子なので」
「なんですかそれ……」
私達は笑い合って、再び立ち上がる。
何度だって、立ち上がってやる。
勝てるわけない……?
違う。私達の目的は、勝つ事じゃない。ただ、負けちゃいけないだけだ。
「そろそろ来ますかね」
私は小声でエルさんに呟く。
エルさんは『もう少し……!』と頷いた。
そう。私達の狙いは、持ち堪えること。
ここには沢山の憲兵さん達が気絶して寝かされている。更にここから怪盗ダッシュが侵入したって情報もあった。
今は怪盗ダッシュが他の地点で暴れてるからこっちには来れないんだろうけど、いつかは現場検証や気絶した人達の回収の為に憲兵さん達がこの礼拝堂にやってくるはず。この被害から見て、かなりの数の憲兵さん達が来るだろう。
それまで持ち堪えられれば、ウィンニュイさんだって撤退せざるを得ないはず。
ウィンニュイさんはメリットで動く節がある。
私達を殺す気がないのも、そういう事だろう。私達を殺すのはメリットが無い……そう考えているのかも。
そして、ウィンニュイさんにとっては多分、憲兵さんを殺すのはデメリットしかないはず。恐らくあの人なら、そう考える。
だから、沢山の憲兵さん達がここに来るまでに耐え忍ぶ。そうすれば、私達の勝ち……になるのかな。
「踏ん張り所だよ、イラちゃん」
「わかってますよ」
私達は互いにハイタッチした。
決意とか勇気とか、そういう意味を持つものだ。
更に、まだ無事であるスパイドとデンデンも私達をサポートしてくれている。
よし、まだ大丈夫。まだ、負けないと思える。
とりあえず今は、それだけでいい。
「――【光矢】」
ウィンニュイさんは光の矢を大量に放ってきた。
私達はそれら全てを手に持ったスタグスやビートルーブで斬り落とす。剣豪でもないのに、何故そんなことが出来るのか……それは多分、手に持ってるスタグス達のおかげだろう。
スタグス達は携帯電話型になっている時、持ち主の意思通りに動いてくれる能力があるようだ。
つまり今回も、私達が『この光の矢を全部斬り落としたい』ってイメージしたから、その通りに動いたんだろう。
エルさんにその事を伝えてみたら、『ド〇えもん』の『名刀電〇丸』みたいだね、と笑っていた。意味はよくわからなかった。
「――! イラちゃん!」
エルさんが私に叫んだ。
斬り落とせなかった光の矢が、私の腹部に向かってきていたのだ。
けど――大丈夫。
「ありがとう」
私は守護獣に感謝した。
カタツムリ型の守護獣、デンデンに。
デンデンは己の背負う殻を射出して、私のみを守ってくれたのだ。今回の戦いでも、私達は何度もそれに助けられた。
デンデンはえっへんとでも言うように胸を張る。……カタツムリだから、そこを胸というかはわからないけど……本体部分を反った、と言った方が正しいのかな。
「【響き、息吹き、轟き、明日を夢見る鬼達よ。魔に化ける魍魎を清め、猛々しい音色を奏でたまえ】――【清めの音を奏でる戦鬼】」
だけど、ウィンニュイさんはこの程度では止まらない。止められない。
ウィンニュイさんは天に手を掲げて魔法を発動する。
そして、ウィンニュイさんの背後に大きな魔法陣が現れた。
ウィンニュイさんは手首をクルリと返す。
「カモン」
すると――背後の魔法陣から、沢山の鬼のような怪物達が現れた。
それらは何故か太鼓やトランペット、ギターなどの楽器を持っている。
「なっ、なんですかこれ!?」
「【清めの音を奏でる戦鬼】。魔法で作った『鬼人形』を大量召喚する魔法です」
――こうやって、ウィンニュイさんの説明を聞いてる間にも鬼達は増えていく。
私はたまらず叫んだ。
「どっ、どんだけ出るんですか!?」
「私の魔力が尽きるまで、ですが?」
「……ウィンニュイさんの魔力、後どれくらい残ってるんですか?」
「この鬼人形達軽く二〇〇匹分……いや、それ以上? あんまりよくわかりません」
「ヤバいじゃん!?」
エルさんが思わずと言った様子で叫んだ。
私も同じ気持ちだ。
今、鬼達は一〇匹くらいいる。けど、ウィンニュイさんによるとこれの軽く二〇倍は増えるらしい。
……魔力お化けめ。
私はウィンニュイさんに毒づきたくなった。
「さて、どこまでやれますかね?」
ウィンニュイさんは、サディスティックな笑みを浮かべた。
横目でちらりとエルさんを見ると、完全にパニックになっていた。あわわあわわと真っ青になって震えている。ちょっとシュール。
そんなエルさんのおかげで、私はギリギリの所で取り乱さずにすんでいる訳だけど……これ、取り乱した方が精神的に楽なのでは?
「程々にね」
ウィンニュイさんは私達に手を掲げた。
すると、鬼達が一斉に私達に向かって行進しだした。
……見た目野蛮な鬼達が、軍隊かって思うくらい綺麗に列になって行進してくるという光景は、やはり私を取り乱すギリギリの所で落ち着かせた。
「エルさん! しっかりしてください!」
「あわわわわ……っ、うん、はいっ、ちゃんとしましたっ!」
私はエルさんを叱咤し、狼狽する彼女を引き戻した。
エルさんはまだ顔は青いけど、それでも背筋をしゃんと伸ばして、やる気は充分っぽい。
正直、目の前の鬼達に勝てる気しないけど……けど、負ける気だってさらさらない。
憲兵さん達が来るまでぐらいなら、耐えてやる。だって私は、探偵さんの助手ですから!
ウィンニュイさんは魔法を使い、影で大きな黒い椅子を作りだした。未だに鬼達が召喚され続ける魔法陣の前にどかっと座った彼女は、すらっと綺麗な足を組んで優雅に笑う。
「じゃ、どうぞ精一杯足掻いてください」
「ウィンニュイさんがひっくり返るくらい、足掻いてあげますよ」
私はエルさんと共に、鬼の軍勢を睨みつけた。
そして、トランペットを持つ鬼が鯨波代わりにそれを高鳴らす。
そして、鬼達は一斉に私達に突っ込んできた。
「……っ!」
私達は身構える。
目の前には二、三倍は体格差のある鬼達。勝てる気はしないけど、負けちゃダメだ。
私は強く眦を決した、その時。
ドゴォーーーーーン!
……と、雷が私達の目の前――即ち、鬼の軍勢の中心に落ちてきた。
幾らかの鬼はこの雷にやられたようだ。鬼達の動揺の波が私達にも伝わる。
「な……何?」
エルさんは辺りをキョロキョロと見回した。
すると、背後から声が聞こえてきた。
「ほら! やっぱりこっちきて正解だったであります!」
「そうだけどさぁ、副隊長。やっぱり休まなきゃ」
「休んでる暇なんてないでありますよミューくん! ……って、アレはライトくんでありますか!?」
……どっかで聞いたことのある声と共に、一〇人の憲兵さん達がやってきた。
「あの人って、昼間、ライトくんに抱きついてた……」
「はい! ボクは『リュー・アクセル』! バーン隊の副隊長であります!」
ピシッと敬礼する、えっと……リューさん。
バーン隊……確か、バーンさんって人は探偵さんを劣化版って呼んでた、あの人か。
私が混乱していると、青髪の長い綺麗な人が前に出てきて言った。
「私は『ラヴィー・メルスエナ』。ウチら、とある事情で医務室に行こうとしてたんだけど……この副隊長のワガママで、急遽礼拝堂に向かう事になったの」
「は、はぁ」
「でも……来てよかった。貴方達を助けられた」
ラヴィーさんはそう言うと、私達を庇うように鬼達の前に立った。
更に、ラヴィーさんの横にずいっと二人の男の人が出てくる。
「やいやい、あんたッスね? 二ュエル・ボルゴスの嫁さん、ウィンニュイ・ヴェーラってのは!」
「……凄い量の『鬼人形』だ。これの召喚には尋常じゃない魔力がいるよ……ハイエルフかも」
「……訂正させなさい。私は二ュエルの嫁ではありません。奴隷です」
線が細いけど地人族であろう青年と、同い年くらいの森人族の青年はそう言った。
……ウィンニュイさんはすごく不愉快そうな顔をしていた。
私達がまだ状況を飲み込めないでいると、後ろから乱暴な男の人の声が聞こえてきた。
「おいそこのチビアマコンビ。そこで寝てる機人族連れてさっさと逃げろ。ここは素人女が顔出しする場所じゃねぇ」
振り返ると、そこには全身にバチバチと電気が走る電気人間――多分【怪人族】――の青年が歩いてきていた。
先程鬼達の真ん中に落ちた雷も、彼の仕業なのだろうか。
「……っ、ありがとうございます!」
私とエルさんをチビアマコンビと呼んだり、ライトくんをガラクタ呼ばわりした事に若干むっとしながらも、助けられたのは事実。
私はひとまずお礼を言って、エルさんの手を引いて、ライトくんを引きずりながら礼拝堂から逃げていったのだった。
途中、私は背後に頼もしい憲兵さん達の貫禄を、確かに感じた。
「バーン隊、バーン先輩とアステロル先輩はいないでありますが、総勢一〇人! きっちり鬼達を撲滅し、ウィンニュイ・ヴェーラを逮捕するでありますよ〜!」
そんな声を、背中に受けながら。
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【魔物設定】〜鬼人形〜
魔力で作られた魔人形の種類の一つ。
魔力一〇〇パーセントで造られており、使役者はかなりの負担がかかる。
まともに使えるのは、数多ある種族の中でも森人族のハイエルフくらいだろう。
武器は使役者の好みによって変わる。




