File3―0 四つの依頼 〜the past should give us hope〜
〜レフト・ジョーカー〜
「じゃあ、捨て猫と服屋の新人の素行調査は俺とイラで。浮気調査とストーカー調査はライトとエルでいいか?」
「僕は構わないよ」
「私もー」
「私、探偵さんとペアですか……」
「よし、文句は無いな。それじゃあ解散!」
昨夜のエル騒動から一日後。
俺達は受けた四つの依頼を、新人助手二人の教育も兼ねてこなす事にした。
ふと、俺はエルを見た。
元気そうな所を見ると、昨夜、エルはぐっすり寝れたようだ。ちなみにベッドも布団も無かったため、エルはライトの部屋のベッドを使い、ライトは俺の部屋のベッドの横に布団を敷いて寝た。
ちなみに、この光景を見たエルは、『異世界感が全くない……ただのお泊り会だよこれ』と愕然としていた。
「……エルさんばっか見て、どうしました? 惚れでもしました?」
「は!? んな訳ねーだろ!」
俺が元気そうなエルを見て安心していたら。
突然下の方から、半眼でニヤつくイラの顔が割り込んできた。
「エルさん、美人ですもんねぇ。探偵さんが好きになっちゃっても無理はないですよ、ええ」
「だーかーらー! 惚れてもねーし好いてもねーよ!」
「うそー! 美人に惚れない男はいないって、マ……母が言ってました!」
「……お前今ママって言おうとしたろ」
「っ、そんな事ありません!」
「今年一四歳なのにまだママなんだな。イラちゃん可愛い! ナイス貧乳!」
「ダメですか!? 一四歳でママ呼びしてちゃダメですかって貧乳関係ないでしょうがァァァァァァァァァ!!!」
もういいです! とイラは憤慨しながら俺にそっぽを向いてしまった。
しかし……美人に惚れない男はいない、ねぇ。……いたんだよなぁ、一人。美人に惚れない男。
って今はどうでもいいか。
「ねぇライトくん、あの二人また喧嘩してるよ……」
「喧嘩するほど仲がいい、というだろう。暖かい目で見守ろうじゃないか」
……後ろから何か聞こえた気がしたが、振り返らない。
俺とイラが仲がいいとか……いい、とか?
……俺とイラって、仲いいのか? 悪いのか?
俺にとってイラって……依頼人で、助手で……他に、何だ?
俺が物思いにふけっていると、イラが遠くから声を張り上げた。
「探偵さん! 先行っちゃいますよ!」
「あっ、悪い」
まぁ今はいいか。
それよりも、依頼をこなさねば。
俺はソフト帽を被り直し、イラの後を追いかけた。
「……え、もう仲直りしたのあの二人」
「ほらね。喧嘩するほど仲がいいのさ。じゃあ、僕達も行こうかエルちゃん」
****
〜園寺映瑠〜
「まずどっちの依頼から行こうか?」
今日は寒い日だ。私は身を震わせた。
そんな寒さの中、ライトくんが私にそう聞いてきた。
確か、私とライトくんグループが受け持った依頼は『ストーカー調査』と『浮気調査』だっけ。
見事にドロドロした恋愛関係の依頼ばかり回ってきた。依頼の配分決めたのレフトくんだっけ。もしかして、わざとこんな依頼ばかり押し付けた……?
ってんな訳ないか。探偵業なんだし、浮気調査とか日常茶飯事に違いない。
「……浮気調査から行こうか」
私はライトくんにそう提案した。
ライトくんは少し首を傾げたが、快く了承してくれた。
だが、ライトくんは私に聞いてきた。
「……昔、ストーカーに関連した何かがあったのかい?」
「……それを本人に聞くのは、野暮ってもんだよ」
「デリカシーがない、というやつか。機人族だからなのか、僕は人の感情に疎い所があってね、不快にさせたのなら申し訳ない」
頭を軽く下げるライトくん。
その姿を前に、息が詰まる思いになる。
私は……確かに、ストーカー被害にあったことがある。そして……そして……私は、あの人を殺
「エルちゃん。ここが今回の依頼人の営む乾物屋だ」
「……えっ、あっ、うん!」
思考がライトくんの声で遮られた。
内心胸を撫で下ろしつつ、私はその乾物屋を見上げた。中世ヨーロッパ風の街並みの中に、日本風な木造建築の乾物屋が建っているのは、何というかすごく目立つ。
店名も他の店はカタカナの横文字なのに、この店だけ木の板に明朝体の漢字で『乾物屋 道貝』と彫ってあるし。
「『アサリさん』。シーリング探偵事務所の者だ」
ライトくんは店の奥の方に呼びかけた。
すると、ぬっと店の奥から寡黙そうでいかにも強面なおじさんが現れた。
私は、怖そうな人だな……と少し怯えていたけど……。そのおじさんは、ライトくんを見るや否や、涙目になってライトくんの元へ擦り寄ってきた。
「ラッ、ライトくん! おっ、俺の嫁が……浮気……してるかも、しれねぇんだよォ!」
「……アサリさん、近い」
「だって……だってよ! もう今年でアイツと結婚して三〇年になるのに……浮気で離婚とかになったら……うわぁぁぁぁぁぁ!」
「安心してアサリさん。僕の見立てだと、今回もまた貴方の思い違いの可能性が高い」
「ほっ、ホントか!? 良かったァァァァァァ!」
……前言撤回。
このおじさん、めっちゃ感情豊かだ。
ライトくんも若干引いてる。私も、多分引いてる。
ライトくんは苦笑いを浮かべながら、私にこのおじさんを紹介してくれた。
「エルちゃん。彼は『アサリ・アーモン』。ご覧の通り、感情豊かで愉快なおじさんだ」
「……うん」
「このおじさんはちょくちょくウチに依頼してくる。その大体は取り越し苦労というか、アサリさんの早とちり……って結果になる。正直、僕的には楽に依頼を終わらせられる割には結構金も落としてくれる、とてもいいお客様だ」
「ライトくん、詐欺師っぽーい」
「金勘定が得意だと言ってくれ」
「ライトくん、金勘定が得意な詐欺師っぽーい」
「なるほど、キミはどうしても僕を詐欺師にしたいらしい」
「あははー」
まぁ、実際はそんなことないけどね。
何となくおちょくりたくなっただけだ。
さて、この依頼の全容はこんな感じらしい。
ここ最近、アサリさんの奥さんの帰りが異様に遅い。アサリさんが奥さんに問い詰めても、絶妙にはぐらかされて終わってしまう。
だから、アサリさんの中で被害妄想が拡大してしまい、最悪の結論――即ち、奥さんの浮気という予想に至ってしまった……という訳らしい。
で、調査開始。
ライトくんは『多分あそこだろう』とデパート(異世界なのに)へ向かった。
すると、なんと本当に奥さんを発見した。
奥さんに浮気騒動の真相を直接聞いてみた所、どうやら奥さんは間近に控えた結婚記念日のプレゼントを吟味していただけだった。
彼女曰く、『もう、結婚してから三〇回目のお祝いだから、プレゼントもネタ切れしてきてね……』と嘆いていた。
奥さんは確かに年増だったが、それでも気高い魅力があり、とても美しい方だった。
別れ際、奥さんは上品な笑みで『あの人には内緒ね』と私達に囁いた。
なので、私達は奥さんのプレゼント吟味の事はオブラートに包みながら、アサリさんに今回の調査の概要を伝えた。
「とりあえず、アサリさんの奥さんはとってもいい人だった……って事でいいんだよね」
「ああ。そもそも、彼女は浮気をしてしまう程不幸ではない」
「……? 不幸?」
「浮気をする人間というのは、総じて不幸なものさ。一度愛し愛されて幸せを誓った者を裏切り、他の人間を毒牙にかけるような人間……。満たされぬ愛を抱えた、不幸な人だとしか言いようがないだろう」
「よくわかんないや……そういうもん?」
「そう三年前に読んだ本に書いてあったよ」
ライトくんは飄々と答え、さっさと次の依頼に興味を移し変えていた。ちなみに調査を始めたのが朝七時(この世界、一日の周期とか四季とかまで元の世界と同じらしい)。依頼を終えたのが、午前九時。いくらアサリさんの依頼は勘違いが多くて手慣れている、と言っても、早すぎやしないだろうか。
そして……次の依頼。ストーカー調査。
少し、気が滅入る思いだ。
私は少しだけ足取りが重くなった気がしていた……。
****
〜イラ・ペルト〜
私と探偵さんは今、街中を奔走しまくっていた。
探偵さんはまだ幼い子猫が入った箱を抱えている。
今、私達は猫の里親探しをしている。
探偵さん曰く、近所の子供達に依頼されたらしい。
探偵さんと私は、ひとまず情報屋のベガさんが経営するドーナツ屋『シャバドゥビ』の席に座って休憩していた。ついでにベガさんに猫を飼いたい人の情報を買おう、という意図もあるんだろう。
探偵さんは箱の中の子猫を抱き抱えて呟く。
「……見つかんねーな、飼ってくれる人。お前、こんなに可愛いのになぁ」
「事務所では飼えないんですか?」
私はそう探偵さんに聞いてみた。
探偵さんはため息を吐いて私の質問に答えた。
「おやっさんが喫茶店やってるからな。飲食店でペットはダメだろ。店失格の烙印押されてもおかしくない」
……飲食店でペットはダメなのかぁ。
ペットと言えば、ミーコは元気にしているだろうか?
私はふとミーコのことを思い出した後……私の家が肉屋だったことを思い出す。
「……肉屋なのに暴龍なんて飼ってすみませんでした……」
「……いや、まぁうん。タイラントの場合は肉屋とか飲食店関係なく飼っちゃダメだからな? ……つか、肉屋って飲食店か?」
今更ながら、私めちゃくちゃやべー事してたんだなぁ。人生棒に振る所だった。いや、ミーコに出会えた事自体は後悔なんて微塵たりとも感じていないけど。
私達が子猫を抱えて駄弁っていたら、ベガさんがこちらにドーナツの乗った皿を持ってやってきた。
「今日は冷えるわね……。はい、どーぞ。今週の新作メニュー『飾り立てる欲望 にゃんにゃんネコ科ドーナツセット』。上からライオンドーナツ、トラドーナツ、チータードーナツよ」
ことん、と机の上に置かれた皿には、黄色のドーナツが三個乗っていた。
どれもとても美味しそうなのだが……。
「……お前なんでいっつも、ドーナツの名前の前に二つ名みたいなの付けるの? 後、にゃんにゃんと欲望関係ある?」
「私の趣味よ。いいでしょう?」
「ていうか、ネコ科ドーナツセットなのにネコのドーナツはないんですね……」
「だって、レッくんが『ネコよりもライオンとかの方がカッケーから好きだ!』って」
「そりゃ俺がまだ小さい時の話だろうが!」
「……え、もしかして今はライオンとか嫌い?」
「……いや、好き……」
「なら良かった」
と、ベガさんは探偵さんと愉快なやり取りをして去っていった。
探偵さんはやりずらそうに頭を掻き毟っていた。
「だー! クソ、食ったら早く次行くぞ」
子猫を撫でながら探偵さんはそう言った。
その探偵さんの様子は、何だか少し鬼気迫るものを感じて……。
気がつくと私は、探偵さんに質問していた。
「あの、何でそんなに一生懸命なんですか?」
「ん?」
「いや、一生懸命やるのって当たり前だと思うし、とってもいい事だと思うんですけど……。何か、探偵さん、それにしても何か一生懸命すぎるっていうか」
私はトラのドーナツを一口食べて、探偵さんの返事を待った。
探偵さんはため息を吐き、子猫に道中買っていた猫缶を与えつつ、言いにくそうに呟いた。
「……俺、捨て子だったんだよ」
「――へ?」
びっくりした。
捨て子……捨て犬捨て猫は聞いた事もあるし、現実感があったが……捨て子は。
現実にあるとわかりつつも、心のどこかでフィクションめいたものだと思っていた。
捨て子が、現実にあるとは……やっぱり、理屈では『ある』とわかっていても心の奥底では信じきれていなかったのだろう。
「……捨て子」
「あ、別に気にすんなよ。俺、今めっちゃ幸せだし、捨て子とか気にしてねーから。今更気を使われる方が落ち着かない」
「そうなんですか……?」
「ああ。ま、いつか俺を産んだ親には会ってみたい気はするけど……でも、会った所で何を話すんだよって話だしな」
そう言うと探偵さんは子猫の頭を優しく撫でた。
「俺も捨てられてたからさ、何か捨て犬とか捨て猫とか、ほっとけねーんだ。いやまぁ、捨てられてた当時の事は何一つ覚えちゃないけど」
そう言って笑う探偵さんは、気にしてない風を装ってはいるものの、やっぱりどこか寂しそうだった。
でも、私は探偵さんへの思いやりよりも……好奇心の方が勝ってしまった。
もっと、探偵さんの事を知りたかった。ただそれだけだった。
私はまた、質問をした。
「……やっぱり、店主さんにその、拾われたんですか?」
「……そうだな。まだドーナツも残ってるし、聞きたいなら俺の知ってる限りの事は話してやるよ」
赤ん坊の頃だから記憶全くない、だからおやっさんから聞いた話でしかないけどな、と探偵さんは笑って言った。
私は、とても笑う気にはなれず、とりあえず探偵さんに詳しく聞いてみた……。
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〜過去〜
その日は雨が降っていた。
特筆する程に激しくはないが、かといって弱くもない、月並みな言い方をすれば、ごく平均的な降水量と言った所だった。
道行く人は傘をさし、雨粒を凌ぐ。子供は水たまりをわざと強く踏みつけ、飛沫を散らして喜んでいた。
この日は丁度、バンガンでとあるイベントをやっていた。まぁ、スポーツ大会と縁日の混ざったようなものだと考えればいいだろう。
今回のイベントには、有名なアイドルグループがライブを開くために雨の中でも沢山の人がやって来ていた。
そんな人混みの濁流の中、スカル・シーリングは器用にすいすいと泳ぐように歩いていた。
彼は焦っていた。
なぜなら、今日この日は最愛の娘『クリスタ・シーリング』の誕生日だったからだ。
去年も一昨年も、依頼が立て込み誕生日をキチンと祝ってやれなかった。だから、今年こそはと彼は勇んでいた。
「こっちの路地からが近道だ……」
彼は一人ボソッとそう言うと、くるりと方向転換し、少し狭い路地へと入っていった。
そうして少し歩いた所で――彼は、見つけてしまった。厄介の種を。
「……赤ん坊?」
泥だらけで、雨ざらしになっている裸の赤ん坊が、路地に寝転がっていた。
その肌は白に近い程に青ざめており、息も弱々しい。サイズから考えると、この赤ん坊はまだ、生まれてから一月経ったのか怪しい。
「捨て子か……?」
彼は、その赤ん坊を抱き抱えた。
その柔い体は酷く冷えており、息も絶えそうだ。泣く気力すら残っていないのだろう、その赤ん坊はただ消え入りそうな呼吸を続けるだけの肉塊のようなものだった。
「捨て子にしたって……このまま捨ててくかよ。もっと、カゴ入れたり毛布で包むなり……」
普段はスカルは感情をあらわにしないが――確かにこの時、彼は怒りの感情を顔に浮かべた。
産まれたばかりの小さな男の子を、何も包まずに雨ざらしで捨てていく親に。
子供を命とも見ていない親に。
同じ親であるスカルは、会った事もない親を殴りつけてやりたくなった。
「……とりあえず、家に来い」
スカルはそう言うと、着ていたコートでその赤ん坊を包んでやった。
これで少しはマシになっただろう……だが、まだ予断を許さない状況だ。今は二月。まだとても冷える。
スカルは自宅の探偵事務所へと、周りの迷惑も考えずに走っていった……。
****
〜イラ・ペルト〜
「――んで、後はまぁわかるだろ? 身寄りのない俺はおやっさんの家で暮らす事になった」
私はその話を聞き、胸がなんだかむかむかしてきた。
酷い。酷すぎる。
だから私は率直な感想を述べた。
「……酷い話ですね」
だが、探偵さんはそんな私の反応に首を傾げた。
「そうか?」
「へ?」
「そんなに酷い話か?」
「……え、でも」
「だって、俺の親が俺を捨ててくれなけりゃ、俺はおやっさんにも出会えなかったし、お前とも出会えてない」
「……!」
私は目を見開いた。
なんというポジティブシンキング。
いや、本人はやっぱり捨て子であることは気にしてると思うけど……それでも、捨てられていたという事実をそう捉えられるのは、素直に凄い。
探偵さんはドーナツをかじって続けた。
「それに、俺が捨てられてなかったら、誰が攫われたミーコを助けられたんだよ」
「……あ、あはは」
私は笑いながら、何となく理解した。
探偵さんは、捨てられていた過去も含めて探偵さんなんだろう。
人の人格とか、そういうのは多分、今まで歩んできた記録――記憶が作るんだろう。
探偵さんの記憶があるから、探偵さんは探偵さんなんだ。
私だって、記憶があるから私。
……なら、記憶がなくなっちゃった人――例えば、記憶喪失になった人とかは……何なんだろう?
「……むむむ」
私がそう哲学にふけっていると、探偵さんはそんな私を鼻で笑ってニヤニヤとしながら言った。
「どんだけ思い悩んでも、その胸は膨らまムガァッ!?」
私はとてもイラッとしたが、哲学モードだった私は声を荒げる事はなく、無言で迅速に探偵さんの口にドーナツを突っ込んでいた。
哲学モードだと、人はキレてもそこまで自分を見失わないようだ。新しい発見。
「ゲホッごホッ……。イラ、喉詰まったらどうすんだよ!?」
「知りませんよ! 先に喧嘩売ったの、探偵さんじゃないですか!」
こうして、ドーナツを食べ終わった後も、しばらく探偵さんと私は口喧嘩をしていた。
そしてギャーギャー喚きながら私達はベガさんのドーナツ屋から去ってしまい……その結果、ベガさんに猫を飼いたい人の情報を買い忘れたのだった。
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【キャラクター設定】 〜アサリ・アーモン〜
・身長……一六九センチ(本人曰く、若い頃は一八〇センチ超えてたらしい)
・体重……四九キロ
・種族……地人族
・年齢……七三歳
・職業……乾物屋『道貝』店主
・誕生日……一一月二〇日
・愛しているもの……妻、酒、乾物
・当店オススメ乾物……かんぴょう
・最近の悩み……妻が素っ気ない
・妻が素っ気ないと……ヤケになり酒をガバガバ飲む。そして泥酔。翌日妻にこってり怒られる。その後、医者にもしこたま怒られる。その度に禁酒を決意するも、一時間すらもたない。




