File2―1 その女、転生者につき 〜そして異世界少女は日本史Bに感謝する〜
〜園寺映瑠〜
それは、夜の九時くらいに塾が終わって、その帰り道のことだった。
私はコンビニの明かりや行き交う車のライト、居酒屋のちょうちんの光に照らされた、夜でも明るい道を通っていた。
塾の帰り道が私は好きだ。酔っ払いの大声やエナジードリンクを求めてフラフラになりながらコンビニに入る社畜の方のため息とか、そういうのが入り交じった喧騒が好きだ。
その喧騒の一つ一つに耳をすませて、盗み聞きするのも楽しい。
ほら、今日もまた……。
『ほら、部長! もう一杯どうです?』
『嫁が小遣い減らしてきてさぁ……そもそも俺の稼いだ金だっつーの!』
『四万負け……最悪だチクショー!』
『あの子にしよう』
『モンスター……翼を授けて……』
『若いうちに飲んどかなきゃ、一生弱いまんまだぞ?』
『うふふ……大学全部落ちた……あはは』
……うん、楽しい。楽しい……よね?
なんかネガティブな感じの事ばっかり聞こえる……。トゲパワワたっぷり。オシマイダー大量に発注できそうだ。
そう言えば、お母さんが言ってたっけ。『三〇、四〇年後の世界はどんな風に変化してるんだろうって考えた事あったけど……意外と変わらないもんだね』って。もしかしたら、昔……例えば二〇一九年とか、そんな昔もこんな風景が広がっていたのかもしれない。そんな事を思いながら、両手首に巻かれたリストバンドを何気なく撫でた。
まぁとにかく、私は夜の道を歩いていた。
そして、人家のない路地に入った時だった。
なぜ路地に入ったのか……それは単純、近道だからだ。
早く帰って、シャワー浴びて軽く夜食食べてベッドで寝たい。そういう気持ちが、私を路地へ誘った。
それに、何度かこの路地を通った事もあったしね。
そして、しばらく路地を歩いたその時だった。
「確保」
突然、その声と共に、私の鼻と口が後ろからハンカチで覆われた。
そのハンカチには、何か薬品が染み込ませてあったみたいで……私の意識は、急にふっ、と落ちていった。
「実験に付き合ってもらうよ」
その声を聞いたのを最後に、私の意識は完全に途絶えた……。
****
目が覚める。
……青空が目の前に広がった。
アレ……ここどこ? 私……寝てた?
私は腕につけたスマートタイマーを弾き、操作した。とは言っても、起動して日付を確認しただけだけど。
「……三月二三日の水曜日、午前八時四分」
日付と現在時刻を読み上げる。
うーん……昨日が三月二二日だったから、一晩寝てたわけか。
それにしても、ここ、どこだろ?
あ、青空に小鳥の群れが飛んで――
『ブグゥオオオオオオオオオオオ!』
――その小鳥の群れが、大きなドラゴンの口の中に消えました……。
「嘘でしょおおおおおおおおおお!?」
ドラゴン! ドラゴンいたよ!
Yo○T○beとかで検索すると出てくるような、チラッと雲の隙間に影がうっすらと見える映像とか、そんなレベルを超えている!
リアルタイムで! この目で! ガッツリ! ドラゴンの捕食シーンを見てしまった!
「……ていうか、よく見たら」
辺りを見渡すと……ちらほら、この世の生き物ではないような生き物が。
シカの角が生えたウサギさん。ヘビのような首を持つ二足歩行生物。三角に丸まるアルマジロ。全身トゲトゲの大きなゾウさん。よく目を凝らせば、ダイヤモンドのように煌めく肉体を持つゴリラに、足に備え付けられているガトリング砲で獲物を狩るタカもいた。
「……天国?」
私、ハンカチで眠らされて……その後、殺されちゃったんだろうか? そんでもって、天使の導きの元に天国に連れてこられた?
その後、苦笑一つ。自分で言っておいて、私はそれを否定した。
だって――私なんかが天国に行けるはずないから。
ならば……もしかすると。
「……異世界転移?」
……つまり、ここは天国ではなく、私の住む世界とは違う『異世界』であるという可能性。
その可能性に辿り着いた時……そんなバカな、と自分でも思った。
だが、さっきのドラゴンといい、この辺の野生動物といい、やたらと異世界感に溢れている。溢れてる……よね?
後、もう一つの可能性として『誘拐されて異国に置いてかれた』のかもしれないけど……でも、ドラゴンを説明出来ないしなぁ。
「もしかしたら、超リアルなVRゲームだったりして」
まぁ、有り得ないけどね。
二〇五〇年の現在でも、VR技術は上がっていてもここまでリアルには出来ない。確かにこの綺麗な風景だけなら再現可能だろうけど、草や土の質感とか匂いとか、そういうのは今の技術でも不可能だ。
それこそ、最上の脳を持ってるような人でもいない限りは現代でも不可能だろう。
「なら……ここ、やっぱり異世界?」
そう呟いた途端、私の中に新たなヒラメキが浮かんだ。
異世界転移とか、現実的にありえない。ならば……これしかない。
「タイムスリップだ!」
……実際問題、タイムスリップも有り得ないんだけど。
でも、異世界転移よりは可能性は高い。ほら、新幹線に乗ってる時も一〇億分の一秒先の未来にタイムスリップしてるって言うしね。結構身近にタイムマシンは存在しているのだ……って、何かの本で読んだ気もする。
私がその結論に辿り着いた途端、目の前に急に大きな扉が降ってきた。
「えっ、何!? 扉!?」
私はその降ってきた扉を恐る恐る開く。
その扉の先には――陳腐な表現だが、中世のヨーロッパに少し独特のテイストが混じった、異世界感溢れる街並みが広がっていた。
この扉は……どこでもドア的なアレだろうか。
私は、その扉を恐る恐る潜り抜け、その異世界風の街並みに足を踏み入れた。
そして、全身を潜り抜けた瞬間、扉が足元からサラサラと消滅していき……。その扉はこうして、その場に塵一つ残らず消え去った。
「ふわぁ」
私は辺りを見渡した。
すごく異世界感がある。語彙力が足りない。
だが、異世界であるはずがない。異世界転移なんて、そんな非現実的な事が起こりうるはずがない。絶対タイムスリップ……それか、テレビ番組の一般人を騙す系のドッキリか。
「……って、これ、ドッキリじゃない? モニ○リングじゃない?」
今更になって、その可能性を思いついた。
そうだよ、ドッキリだよ多分。ハンカチで眠らされて……は過激だけど、昔のバラエティで芸人を拉致したりする水曜○のダ○ンタ○ンってやべー番組があったらしいし……そういう番組に私が狙われたのかもしれない。
……って、それじゃドラゴンを説明出来ない! タイムスリップ説もよく考えたらドラゴン説明出来ないし!
あのドラゴンは作り物とは思えない程にリアルで、命の息吹を感じた。あれが作り物だとしたら、私はこの先すれ違う人や触れ合う生き物全てに『実は作り物なのでは……?』と疑ってしまうだろう。
「ま、まさかホントのホントに異世界……なわけないでしょ」
私は意を決して、目の前の喫茶店を睨みつけた。
ちなみになぜここの喫茶店を選んだかと言うと、たまたま目の前にあったから。それ以上もそれ以下もない。
とりあえず、タイムスリップ説を疑おう。
飛び込んで開口一番、『今、何年の何月何日何曜日ですか!?』と聞くんだ。……何かの罰ゲームみたいで恥ずかしいが、今は四の五の言ってられない。
私は息を深く吸い込んで、目の前の喫茶店の扉に体当りした――。
****
〜ライト・マーロウ〜
「……それで、この喫茶店に飛び込んできたってわけかい?」
「うん。今思うと、馬鹿な事したなぁって自分でも思うよ」
「ホントだよッ! えーっと、『エル』でいいんだっけ!? エル、テメェ俺のこの鼻血が染みたお気に入りのズボンどうしてくれんだぁ!?」
「あーもう、探偵さんは黙っててください! 後で洗っておいてあげますから!」
……騒がしいな。喫茶店にあるまじき騒がしさだ。
僕は特にうるさいレフトとイラちゃんを半眼で睨むように見つめた。
だが、二人は気づかない。キミ達、やっぱり仲いいよね?
僕はやれやれとため息を吐いた。
さて、ところでだが、僕は【機人族】だ。その名の通り、僕の体は全身機械のロボットだ。
そして、機人族の種族固有能力――それは、【機能】と呼ばれる。
機人族は、多種多様だ。一人一人、違った機能を持っており……って、説明だけじゃわかりにくいか。
丁度、僕の【機能】を使おうと思っていた所だし……ね。
そもそもこの説明を唐突に始めたのも、今から機能を使うためだ。
「レフト、イラちゃん――」
僕は二人の名前を呼びながら、右腕に備え付けられた装置のダイヤルを回した。僕の体は全身機械なので、備え付けられているというよりは、埋め込まれていると言った方がいいか。
そしてそのダイヤルは、例えるなら扇風機の風量調節のツマミのような形をしており、『弱』『中』『強』『必殺』の四つの目盛りがある。
僕はそのダイヤルを、『弱』に合わせた。
そして、二人に右手を照準し、ダイヤルの横についたボタンを左手で押した。
『弱風・オン』
僕の右の手のひらから、大きな銃口が現れた。
だが、それは弾丸を発射するためのものではない。
「――うるさいから、出てって」
ボン! という音と共に、二発の空気砲が僕の手のひらの銃口から放たれた。
二発の空気砲はレフトとイラちゃんに直撃し――二人を盛大に吹っ飛ばした。
「ぬああああああああああああああ!?」
「ひゃあああああああああああああ!?」
吹っ飛んだレフトとイラちゃんは、出入口の扉に二人仲良く激突。激突してもなお、吹っ飛んだ勢いは衰えず、そのまま二人は揃って外へ飛び出した。
二人が外へ飛び出した所で、僕は扉の鍵を閉めた。
何やら扉をドンドン叩く音と『何で俺を追い出した!?』『入れてくださいー!』とか声が聞こえるが、これで少しはうるさくなくなった。
そう。これが、【機能】だ。
機人族一人一人に与えられた、十人十色で多種多様な機能の使用。それが、機人族の種族固有能力だ。
ちなみに、僕の機能は『扇風機』という。弱、中、強、必殺の四つの段階に別れた強さの風を操る事が可能だ。
とまぁ、機能についての説明はこれくらいにして……。
僕は、えっと……エルちゃん、でいいか。
エルちゃんを促し、席に座らせた。
そして、僕は話を切り出した。
「つまり、エルちゃん。キミは自分が異世界人だと言いたいわけだね?」
「う、うん。ていうか、今の何?」
「それはまぁ後で説明してあげよう。今はキミの事だ」
僕はそう言うと、トントン、と机を指で叩いた。
そして、再び口を開く。
「証拠が見たいな。僕は生憎、初対面の人の突拍子のない発言は信じない事にしている。普段から妄言ばかり癖のように呟く相棒がいるのでね、妄言の類は人一倍疑ってしまう」
外から、『誰が妄言ばかりだー!』とか叫ぶ声が聞こえるが無視をする。
イラちゃんのレフトを窘める声が聞こえてきたので、今はレフトの事はイラちゃんに任せよう。
僕は笑顔を絶やさないよう善処しつつ、エルちゃんに再度聞いた。
「証拠、あるかい?」
「えっと……異世界の料理のレシピとか教えられるよ!」
「ほう。それは興味深い。例えば、どんなのがあるんだい?」
「えっと……からあげとか、ハンバーグとか――」
「この世界にも普通にあるよ」
「うぇっ!?」
エルちゃんは、『そんなバカな……異世界ってからあげとか作るだけでSUGEEEEEEEってされるんじゃないの……!?』とか言いながら机に突っ伏した。
更にエルちゃんは指を折りながら、ブツブツと料理の名前を言っていくが……うん。全部この世界既存のものだ。
僕はそれら全てに首を振った。
「カレーもシチューもアイスもロールケーキも、豚肉と白菜のミルフィーユ鍋まであるなんて……。しゅ、シュールストレミングはっ!?」
「あぁ。ニシンの缶詰のことだろう? 拝見したことはないが、存在自体は知ってるよ」
「この異世界何なの……文化レベルが元の世界と変わらない……」
むっきー! と悔しがりながら、エルちゃんは机を拳でダンダン叩き始めた。
……こことは違う世界か。この、自分の発言を信じてもらえず悔しがるエルちゃんの態度は、演技とは思えない。
ならば……本当に? だが、エルちゃんがちょっとアレな子の可能性もあるし……?
その後もエルちゃんは様々な単語を叫んだが、それらはどれもこの世界にあるものだった。
「テレビゲームやら携帯ゲームまであるとかどーなってんの……。パンツとブラがあるって事は安心したけど……」
ぜえぜえと息を切らしながら、エルちゃんはそう呟く。
僕はやれやれとため息を吐きながら、エルちゃんの持っていたカバンを指し示した。
「……そのカバンの中には、何が入っているんだい」
「はっ!」
ハッとしたような顔をしたエルちゃんは、机の上にカバンの中身をひっくり返した。
沢山の本、筆記用具、何かのお菓子のような箱……机の上は沢山の物で乱雑した。
「私の世界の教科書! 読んでみてよ!」
エルちゃんは僕の鼻先に『日本史B』と書かれた表紙の本を一冊突き出した。
ふむ……タイトルからして、『日本』という国の歴史の本だろう。生憎、『日本』という国はこの世界にはない。これはなかなか興味深い。
僕はその本をめくり、ザッと読んでいく。
エルちゃんから『本当に読んでる?』と不安気な声がかけられたが、機人族である僕にとって速読など朝飯前なのだ。心配はご無用である。
「……ふむ。この日本という国は、この世界の『日影国』によく似ている」
日影国……それは、東の方にある島国だ。
僕達機人族だけの国『機械帝国』と良好な国際関係を結んでおり、様々な文化――特に娯楽の文化が発展しているらしい。
「侍、武士……ふむ。日影国にも、同じ名前の職業のようなものがある」
つまり、これは日影国をモチーフに書かれている空想を形にした本……?
いや、それは有り得ない。
「『邪馬台国』『元寇』『織田信長』『応仁の乱』『五四運動』『太平洋戦争』……その他にも『国風文化』やら『化政文化』やら、沢山の文化がある。これら全てを辻褄が合うように設定し、一冊の本に纏め上げるのは……どんなに優秀な作家でも無理だろう」
事実は物語よりも奇なり、ということわざがあるが……この本は正しくその言葉を体現している。
こんなに設定の練られた本を、目の前の少女一人に書けるとはとても思えなかった。
つまりこれは、エルちゃんの世界で現実に起きた事を綴った、歴史書という事。
僕は本をパタリと閉じ、口を開く。
「信じよう。キミはこの『日本』という国からこの世界にやって来た異世界人だと」
僕はエルちゃんにそう告げ、日本史Bの本をテーブルの上に置いた。
こうして、園寺映瑠は晴れて異世界人だと認められた。
だが……なぜ、この世界に辿り着いたのか。
そもそも、エルちゃんの元の世界で彼女を拉致したであろう人達は何がしたかったのか。彼女を“実験”に付き合わせるために拉致したようだが……その実験とは何だ?
僕は、目の前の少女の背景に、底知れぬ何かを感じた……。
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【キャラクター設定】 〜園寺映瑠〜
・身長……一六一センチ
・体重……四八キロ
・種族……人間(転生者)
・年齢……一七歳
・職業……高校二年生(もうすぐ高校三年生)
・誕生日……一〇月四日
・家族構成……父親と母親の三人家族
・得意教科……国語
・苦手科目……日本史。正直消えて欲しいと思っていた。
・常に身につけているもの……スポーツ用のリストバンドを両手首につけている。彼女曰く“おしゃれ”であるらしい。




