『黄の章』第23話:『蒼』の男
白髪の男と別れた利緒はその後も次々と人に出会うことになった。
利緒が次に会ったのは青い男だった。
青い髪、青い服、青白い肌。
細く透き通った四肢、しかし上背が利緒よりも頭2つほども大きく、華奢な印象はまるでなかった。
前髪は目を隠すほど、後ろ髪は腰まで伸びている。
髪の手入れはしていないのか、ところどころ跳ねていたりで整ってはいないものの、汚れはなく櫛を立てればすんなりと通るだろう。
大きさから存在感は相応であったが、どこか全体的に儚げであった。
そんな男が歩いている利緒の後ろから声をかけてきた。
「やあ、こんなところで何をしてるんだい?」
白髪の男との別れからそれほど時間と立っておらず、まさかまたしても後ろから声をかけられるなどとは思いもよらず、利緒は慌てて振り返る。
振り回す手がギリギリで届かない程度の距離に男は立っており、利緒を2度驚かせる。
視界に映る服は、薄い布のようなものでその顔は見えず。
気配もなく急に現れた衝撃の余韻を残したまま、利緒は恐る恐る上を見上げる。
下を覗いていた男と、髪の奥で見えないが、目が合うと、男はニヤリと唇を歪ませた。
利緒は悲鳴を押し殺して後ずさる。
腰が抜けなくてよかった、跳ねる心臓を鎮めるように深呼吸をしながら、利緒は心底ほっとした。
「いや、すまない」
知らない人と会うなんてのは久しぶりでね、と男はカラカラと笑う。
「黒の指輪……君が『利緒』か」
その男の声に、利緒の心臓がもう一度、大きくはねた。
『どうして僕の名前を?』
もし、相手がこの男でなく、または至王の試練などでなければ利緒がここまで動じることもなかっただろうか。
利緒がどうにか絞り出した台詞は、ヒュウと風吹くばかりで音にならない。
ブワと吹き出す汗が心だけでなく体も冷やしていく。
もっともそんなものは全て利緒の杞憂で、なんの問題でもなかったのだけれど。
「どうしたんだい?」
「……僕のことを知っていたことに驚きました」
「ああ……そうだったか。うん、そうだね、『君』はまだアニマから話を聞いていないんだった」
男は笑みを崩すことなく、なにやら勝手に得心がいったらしい。
固まった利緒に僅かに首を傾げたものの、利緒の言葉を聞いて、そうか、と頷く。
少しばかり前にあった白髪の男も言っていたアニマとは誰か。
利緒は心の中で考える。
利緒の知識にあるならば、蒼のカード【《仙客》アニマ】であろう。
しかし、その存在こそカードで知るものの、利緒に実際の面識はもちろんない。
ところがこの男の口ぶりはどうだろう。
利緒がさもアニマを知っているかのように喋っている。
「すいません。アニマって、女の子でボロボロの布を羽織っている……?」
「そうだね。あれ、もう会ってた?」
男の問いに利緒は首を振る。
その口振りに僅かに違和感を抱いたものの、利緒は雑多な考えを振り払う。
至王の試練にいて、共通の知り合いがいる以上無関係でもないと判断し、先にあった白髪の男のことを伝えた。
「……これは、彼と話しておくこと、なのかな」
男はぽつりと呟く。
小声でこそあったが一言一句漏らさず聞いた利緒ではある。
もっとも彼と言うのが白髪の男なのか利緒は尋ねようにも、この場の雰囲気もあって声をかけるには忍びなく、黙って待つことを選択した。
「僕と君の出会いは重要でもないけれど、アニマと君の出会いには意味がある」
しばらく経って、利緒に向き直って、男は諭すように話す。
表情も含めて、その男の友人と話すような気軽な印象を受けて、利緒も肩の力を抜いて次の言葉を待つ。
「だからさ、アニマに会ったらとりあえず話聞いてあげてね」
「ええ、はい、まぁそれくらいなら」
念の押され方に、アニマたるやいかなる人物なのか、いささか取っつきにくい相手であるような気がしたものの、笑う男を前にして、否定の言葉は吐けず。
そんな考えを誤魔化すように、利緒は後ろ髪をガシガシとかいて「良いですよ」と答えるのだった。
「そろそろ私は行くとしよう」
お互いに笑いあってから、男が別れの言葉を切り出した。
手を振り去っていく後ろ姿に、はっと気がついて利緒は叫んだ。
なんの情報も得られていない事実。
が、去りゆく人を止めるのもどうかと思い悩んで、仕方なしに1つだけ。
「すみません、お名前は?」
できればあの白髪の人も、と付け加えた利緒に、男は笑って答える。
「私は『蒼』と呼ばれている。きみのあった白髪の男は『ロガン』だ」
あれが、ロガン。
利緒の記憶に、蒼の化け物の話が蘇る。
つまりはこの男は『蒼』の勢力に連なるものなのだろう。
見た感じ青いし、と内心、ふふと笑う。
「そうそう、君から教えてもらった仮面、アニマがすごく気に入っていたよ」
視界から見えなくなるかというこ頃、男は最後の最後に爆弾を落としていった。
何事か、と質問を投げかけようにも、そこにはすでに男の姿はない。
「……どういう事?」
宙に浮かんだモヤモヤを吐き出すように呟くが、利緒の疑問に応えるものは、誰もいなかった。
ただ、アニマなる人物と出会うことになるだろう、そんな予感だけをヒシと感じた。
読んでいただきありがとうございました。




