『黄の章』第21話:鉛と木と水晶と
至王に飛ばされたヒナギとギンコの2人は、それぞれ別々の場所へ送られていた。
ヒナギが飛ばされたのは、至王の試練で初めに来た部屋によく似た、石で囲まれた部屋だった。
あまりに急な出来事ではあったが、ひとまずは握ったお菓子を齧る。
口内の水分を奪っていく甘いものだったが、幸いにも中身の残った茶碗も持っていた。
苦いのはあまり好まないヒナギだが、ないよりは良い。
そうやって一服してから辺りを見渡して、今度の『試練』の内容を理解する。
部屋の奥に、なにかがいる。
ヒナギが視線を向けるとほぼ同時に、3つの光が浮かび上がった。
◇
迫り来る3体の脅威を相手に、ヒナギは思案する。
ヒナギは年にして10歳程度で、世間一般的に化け物たちと相対してどうにかなる年ではない。
それでも、小さいながらも、対等以上に立ち回れるのは太陽毛より師事を受け、戦う術を得ているからであった。
ヒナギが相対するは3体の化け物である。
鈍色で燻んだ色合いの金属の化け物。
固い木彫の化け物。
半透明な薄紫の石の化け物。
そのいずれも《巨壁》フェスタルガンドを思わせるシルエットであり、《巨壁》を一回りほど小さくしたような、それでも2m近くある怪物達がヒナギを襲う。
利緒の持つカードにはなく、ヒナギは戦う上で情報を整理しやすいように、それぞれに《鉛》、《木》、《水晶》という名前を付けた。
ヒナギに近い物から、《鉛》、《木》、《水晶》の順にあり、ヒナギがどれだけ動こうと、その立ち位置は変わらない。
それぞれ定められた行動を持って、連携してヒナギを責め立てる。
《鉛》はズシリと構え、後方への視界を塞ぐとともに、その体軀によってヒナギの行動を制限する。
一定の範囲内に入り込めば、その両腕を高速で振るう。ヒナギが身体強化を行ってなお、その一撃は重い。
ヒナギが腕で攻撃を受けた時には、容赦なく吹き飛ばされた。
横殴りの攻撃を受け流せなければ、そのまま死ぬ可能性すらあった。
この時は、幸い全てを横へと飛ばされる力にすることができ、加えて起動済みの強化の上に更なる【黄の祀舞】を使う猶予があったことで最低限の損耗で済んだ。
《木》は飄々と立ち回り、《鉛》を超えて《水晶》へと近づこうとすると妨害するなど、遊撃を主とする。
材質の違いか、《鉛》に比べて疾い。
ヒナギの全力よりはわずかに遅いが、それもヒナギが攻撃に意識をさけば逆転する程度の差しかない。
また《鉛》にも共通した性質だが、《木》は【黄の祀舞】による攻撃を受けなかった。
【黄の祀舞「舞い散る射散火」】
ヒナギが複数の火球を繰り出すも、《木》には焦げ跡すら付かず、触れた直後に霧散した。
掌打を打ち込んだ感触から、おそらく木製に間違いないとヒナギと考えていたが結果は思わしくない物であった。
《水晶》はヒナギと一定の距離を保ち、後方から風による遠距離攻撃を行う。
攻撃毎にある程度の準備期間が存在するのか、一方的な攻撃にはならないものの、一度行動を起こせば幾重もの鋭い風がヒナギを襲う。
《鉛》や《木》の行動に一切の影響が出ていないことから【黄の祀舞】同様、この風は化け物に影響を与えないようであった。
(ずるい)
《鉛》、《木》、《水晶》の攻撃をそれぞれ躱しながら、ヒナギは不満に眉をしかめる。
事実として、《巨壁》フェスタルガンドと同じく、この3体の化け物はスキルによる自身への影響を一切受けない。
例えばこれが碧の魔法使いであれば、相性は最悪だった。
碧にも自己強化はあるが、黄のそれには及ばないからだ。
もちろん、そんなことなどヒナギは知る由もなく、出来ることを一つずつ、検証を重ねて突破の可能性を探る。
幸い、ヒナギの力は己や空間など耐性に関係のないスキルの方が得意だった。
一つ一つ出来ない事を積み上げながら、ヒナギは解答を探す。
《水晶》から飛来する風が止まったのを見て、ヒナギは《鉛》から数歩遠ざかった。
後方を守らんと仁王立つ《鉛》、その横から《木》が覗き、《水晶》は後ろで力を貯めている。
状況は宜しくないが、お互いに対峙するこの瞬間は、ヒナギにとって一息つくことのできる数少ない機会となる。
「……ふぅ」
肺に溜まった息を吐いて、顎を流れる汗を拭う。
「あれ、やってみよう」
本当はやりたくないのだけれど、そんな想いを振り切るように首を振る。
3体倒すまで体が持つかは分からないし、伏兵がないとも限らない。
しかし、ここでしなければそもそもの未来がないと、ヒナギは覚悟を決めて、目を瞑る。
【黄の祀舞「星々が照らす豊作の畑」】
一つは、太陽毛と共に暮らす理由の1つ、黄金の力。
光がヒナギを覆うと同時に、ふわりと髪が浮いてキラキラと輝く金色に染まる。
その上で、これでは足りないと、ヒナギは更なる力を請い願う。
そのために戦いの最中、時には攻撃を受けてまで描いてきた軌跡、その力を重ねて解放した。
【黄の祀舞「逢魔に響く鯨波」】
己を改変する二つの力。
自ら光を放ち金色に煌めく髪、その先端から橙が混じり、色の変わった髪は抑えきれない力を表すかのようにうねる。
「……たおす」
瞼を開けて、呟く。
その眼は山吹色に輝いていた。
世界から音が消え、ヒナギの踏み込みは誰に知覚されることなく《鉛》を打つ力となる。
《鉛》のそばにいた《木》に加えられた一撃は、《水晶》を巻き込んで《木》と共に数メートルほど吹き飛ばした。
ミシリと嫌な感触が腕を襲うが、どうにか堪えて手を前に、次なる一撃を与えるべく構える。
飛ばされた《木》と《水晶》が起き上がりそのままヒナギへの攻撃を開始する。
ただ、それぞれの身体に残されたヒビ割れをみて、ヒナギは試練を越えるだけの力を確信した。
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