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『黄の章』第17話:至王との会話

「さて、君は試練に戻ってください」


 邪魔です、と変わらない調子で喋ってすぐに、至王はヒナギを後ろから抱き抱こむ。

 2度も転移に割り込んだからか、ずいぶんと慎重であった。

 指を鳴らせば、なんの抵抗もできないまま、ヒナギは姿を消した。


 魔法なのかなんなのか、利緒にはその正体が露ほどもつかめないが、音と同時にヒナギが揺らぎ至王のみがその場に残るのだった。


「……すみません、何が起こっているんですか」

「なにが、ですか。私は何を言えるのだったかな……」


 利緒の問いに、至王は首をひねる仕草を見せる。

 ピクリとも動かなくなり、互いに無言の時間が続く。

 答えを待つ利緒にとってはもどかしい時間である。

 考えているのに声をかけるのは憚れる、しかしいつまで待てば良いのか。


「利緒君は、色々と質問があるのですよね。それに答えていくことにしましょう」


 思い出すことのを放棄したのか、答えられないことなら答えませんから、という至王からの提案に利緒は内心頭を抱えた。

 それでも、この不思議な道化以外に意思疎通できる相手はいない。


 利緒はため息を吐いて、はじめの質問を口にした。


「ここは、どこですか?」

「至王の試練、君たちの居た世界とは隔絶した空間の一部です」


「隔絶?」

「玖王の試練は皆、世界とは異なる場所にあるのです。層が違うというか軸が違うというか、とにかく試練のために用意された場所だと思っていただければ良いかと」


「僕は弱いです、どうして限界なのでしょうか?」

「君が『魔力』を扱う術を持たないからです。異能、仙術、魔法、祀舞。君が知っているこれらの力をあなたは行使できません。君の過ごした里に、君と同程度の力を人がいたでしょうが、それは眠っているだけです。一度覚醒すれば生き物としての強さは桁が変わります。逆に君はどれだけ鍛えたところでそれは誤差でしかありません」


「『魔力』ってなんなんですか?」

「『魔力』とは……、……失礼、答えようとした一部が禁止事項に接触しました。答えられる範囲で言えば、『魔力』とはこの世界の根源的な法則であり、その原動力です」


「根源的、ならどうして僕はその力が使えないんですか?」

「貴方が、この世界の人ではないからです」

「ッ!?」


 利緒は驚愕に目を見開いた。


 この世界の人でない、それをなぜこの道化が知っているのか。

 里の誰にも伝えられず、1人世界と隔絶された絶望、恐怖の中にいたというのに。


「異能は、各個人が『魔力』により己の願望を発現させた能力です」

「仙術は、この世界へ己を繋ぎその身を通じて引き出す能力です」

「祀舞は、称え敬い、その力を行使するよう世界に願う能力です」

「魔法は、『魔王』の出現により発生することとなった、世界を書き換える能力です」


 利緒の動揺を気にすることなく、至王は説明を続ける。


「能力は魂に刻まれた『陣』により行使されます。利緒君は、残念ながらその素質がないのです」


 慰めの感情は僅かにもない。ただ事実を事実として語るだけ。

 そんな至王の態度に怒りがこみ上げて、利緒は固まった思考から抜け出した。


「……僕はこの世界の人間でないから、ここに連れてこられたんですか?」

「利緒君だからですね。ある意味ではこの世界に呼ばれた貴方だからとも言えますけれど」

「じゃあ、なんで僕はこの世界にいるんですか!?」

「それはお伝えできません」


 伝えることができない、つまりその理由を知っている、ということか。

 利緒はもはや冷静でいることはできなかった。


 無駄無理無謀と分かっていても抑えられない怒り、否、理解できるほどの思考力も消し潰して至王へと飛びかかった。


 至王は利緒の突撃を、体の捻りだけでやり過ごした。

 空を切った拳に戸惑うことなく、利緒は道化に再度殴りかかるため、体の向きを変えようと動く。

 ただ、その前に、道化はその指を利緒の首筋に当てていた。


 ここで、利緒の記憶は途切れた。



 利緒達が消えた後、里では大きな騒ぎが起こった。


 利緒たちの消えた後、3人もいなくなったことに驚いてはいたものの想定通りだという太陽毛の声もあって、必要以上に騒ぎ立てることはなかった。

 至王の元へ人をやり、試練を受けているという言葉を受け取り、ひとまずの安寧を得た。


 騒ぎとは、利緒たちが消えたことが原因ではない。

 それからしばらくの後に空が暗闇に覆われたのだ。


 窓の外に見えていた青空は、いまや幕を下ろしたかのように黒くなっていた。

 そして、特に太陽毛とその周囲にいた者達がその脅威を感じた。

 なにか禍々しいモノ、恐ろしいモノが、ただあるだけで締め付ける、そんな錯覚が心を凍りつかせる。


「カナカ、手を握れ」

「真祖……様……?」


 ガタガタと震えていたカナカの手を、太陽毛が握る。

 その声に、握られた手の暖かさに、カナカは己の状況にようやっと気がついた。


 足は震えて、椅子に深く沈み込んでから立ち上がれない。

 感情がコントロールできない、理由も分からず、止めどなく涙が流れ続けて、その服を濡らしていた。


「真祖様、あれが何かを知っていますか?」

「聞いたことは、ね」


 太陽毛はいつものように微笑んでいたが、どこか不自然に強張って、その事に気がついたトワスミナは言いたい言葉を飲み込んで目線をそらして拳を握りしめた。


 それから、どれくらい経っただろうか。

 暗い空はいつしか晴れて、何事もなかったかのような平穏な空気が戻る。

 まるで白昼夢であったかのように、不自然なまでに、心を騒つかせたナニカはどこにも残っていない。


「『魔王』か」


 太陽毛のつぶやきは、風の中に消えた。


 玖王に属さぬ始まりの『王』。

 600年前より続く負の遺産。

 太陽毛は、窓の外の雲1つなく晴れ渡る空を、何かを思い出すように見ていた。

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