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『黄の章』第16話:移動した先は

 ヒナギの笑顔ながらどこか心配そうな顔を見て、利緒は心配ないと笑って返す。


 一度は笑った少女だが、暗い顔をした利緒にどこか不安が解けないようだった。

 そんな不安を吹き飛ばすように、八の字に曲がった眉を解きほぐすべく、ヒナギの額をつついて髪をグシャグシャとかき回した。

 イヤイヤと首を振って、今度はむくれるように非難の眼差しを向けるヒナギに、利緒はやはり笑うのだった。


「ここはどこだと思う?」

「……どこだろ?」


 お互いにわからない、見たことのない、知らない部屋である。

 全面が岩に覆われており、光源は天井にある不可思議な球体。

 それ以外には何もなかった。


  入り口すらも。


 2人してキョロキョロと辺りを見回すも、やはり何も見つからない。

 部屋の隅まで歩いたり、色々と探るヒナギに対し利緒はすぐに諦めた。


 部屋の真ん中の辺りに立って、ヒナギを遠くから眺める。

 ちょこちょこと歩く様はいかにも子供らしかった。


 髪は赤茶けていて、ぱっと見の印象こそ違うが、その横顔には太陽毛の面影がある。

 母親と娘という雰囲気のない2人だったし、そう言った血の繋がりを太陽毛自身が否定していたことを利緒は思い出す。

 それでも『全ての母』という設定を持つ太陽毛である、似た子孫がいてもおかしくはないだろうなどと考えていた。


 状況確認の最中、ヒナギが微かな音に気づいた。

 耳を澄まして、音の特定を試みる。

 その仕草を見て利緒も辺りを探ってみるが特に気づくことはなかった。


 しばらくして、振動が部屋にも伝わってきた。

 パラパラと落ちる天井からの埃をみれば、流石の利緒にも分かる、これは何かある。


 2人が意識を集中させる中、刻一刻と近づく何かははたして止まった。


 ズガンと音を立てて部屋に振動が伝わる。

 何か硬いものがぶつかる音は真横から。


 グラリとブロックのズレた壁に不味いと思った時、利緒はヒナギに突き飛ばされた。

 バランスが取れずに後ろに倒れると同時に、利緒の立っていた壁が粉々に砕けた。


 飛び散った岩の前にヒナギが晒される。


 利緒の眼に映る光景は、僅かな時間であったけれど、ただヒナギの動きだけがスローモーションのように鮮明に写った。


【黄の祀舞「星々が照らすは豊作の畑」】


 音が消え、ヒナギが黄色い光に覆われた。


 利緒の前で金色の巫女がクルリと回る。

 ヒナギめがけて飛来する破片は、まるで風に流される綿のように払われる。

 脅威の最中にも優雅に舞う姿を利緒は見た。


 ヒナギを避けるように、すり抜けていった岩が地面に落ちて世界に音が戻る。


 轟音。


 壁一面を撃ち抜いた衝撃が空気を伝わって、利緒の髪を大きく揺らす。

 削れ飛び散った欠片に、利緒は思わず目を瞑る。


 再び目を開けて、利緒が見たものは無くなった壁から突き出される岩の腕であった。


「フェスタルガンド!?」


 思わず叫んだ。

 突き出した腕を覆う無骨な盾が、気を失う前に見た碧のカードの姿と重なった。


「ふぇすたる……がんど?」


 首を傾けるヒナギ。

 利緒の発した名前に、いくつもの疑問を浮かべながら、取り敢えずいつでも仕掛けられるよう構えた。


 岩の鎧に覆われた本体は、壁の向こうの通路にあり暗闇の中、碧の光が灯る。

 ヒナギの戦闘態勢に合わせて揺らめいた。



「すみませんが少々お時間をいただけますか」


 緊迫した空気の中に響く声。

 声の主は睨み合う1人と1体の間に平然と立っていた。

 知らぬ間に視界を塞ぐ道化に、ヒナギは眼を一瞬見開いて、すぐに睨みつけた。


「実はこれは彼女のための試練なんです」

「はあ」


 そんな空気を欠片も気にすることなくヒナギを指差して言ってのける道化。

 その声に敵意はないが、逆にそれが緊張をより一層強くする。


「こちらの手違い申し訳ありません。利緒君、一緒に来てください」

「はあ!?」


 一方的な物言いに利緒は声を荒げるが、そんな抗議の声虚しく、至王の指が鳴り、利緒の視界が揺らいだ。

 幸い、今度は気を失うほどの衝撃ではなかった。

 気を失うこともできずにグシャグシャと振り回される狂気とも言えたけれど。


 風景は一転した。

 それは先ほどの岩の部屋とは打って変わって豪華な部屋だった。


 白い壁紙、白熱灯を思わせる白く輝く照明に目が眩む。

 周囲には煌びやかな調度品がそこかしこに置かれていた。

 脳が揺さぶられていなければ、もしかしたら感動に涙したかもしれなかったと利緒はボヤけた頭で思った。


 グラリと揺れる身体をヒナギが支える。


「凄いですね」


 隣から声。その声に驚いたそぶりはく、またバカにするような色もない。


「貴女は試練を超えてはいませんが、相応の力を持っているようです。覇王や冥王であれば問題なく証をもらえるでしょう」

「証?」


 人に理解されようという気がないのだろう、一方的に喋るばかりで会話が上手く成立しない。

 至王は手をかざし、その掌に1枚の《盟札》が浮かび上がる。

 描かれるは、道化が1人、至王その人であった。


「これは、その人の限界へと到達したことを証明し、私の力を行使することを許可するものです」


 そして、それは利緒に手渡された。


「……っ、どうして僕に?」

「これは限界へ到達したものへ送られる証です」


 笑っているようにも聞こえる声。

 道化は空になった手を握り、人差し指だけを伸ばして仮面に隠された顔の前に近づける。


(……限界、これで?)


 利緒が真っ先に思い浮かべた言葉はこれだった。

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