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『黄の章』第14話:ミドリオ

「なんでリオさんがここにいるんですッ!?」


 太陽毛の屋敷に着いた利緒を待ち構えていたのは、2人の少女だった。

 初対面の少女に、目を見開かれてまでその存在の何故を問われるとは、利緒からしてみれば理不尽極まりない。

 驚く少女達とは別の理由で、利緒もまた困惑させられる。


「呼ばれたからですけど……」

「そういうことではないです!」


 状況の見えない利緒には、ではどういうことなのだ、と疑問符ばかり浮かぶ。


 2人並んでいるのを見れば、利緒はその特徴に思い当たるものがある。


 【黄のユニット「《金毛銀毛》カナカとギンコ」】


 格好こそ学園服だが、その髪の色と、キリリとしたカナカ、トロンとした目付きのギンコ、その組み合わせを見れば、なるほどカードに描かれた2人だった。


 そんな少女カナカの取り乱しっぷりに、利緒は声をかけることをためらう。

 驚きを隠さない少女の視線に耐え難く、その隣を見ればギンコも利緒をじっと見つめていた。


 もし、指輪がなければその視線にコロリとやられてしまっただろうか、などと考えてしまい利緒は思わず笑ってしまう。


「何がおかしいんですー?」


 少し首を傾げて、より一層胡散臭いものを見るような目になって、ギンコは尋ねる。

 空気は穏やかでないものの、その間延びした口調にどうもシリアスになりきれなかった。


「はい、ひとまずはそこまで。リオはこの2人を知ってるね?」


 パンと手を叩き、太陽毛が皆の注目を集める。

 あらゆる意味で微妙な空気を作り出している2人の少女も、太陽毛の声にパッと背筋を伸ばす。


 利緒が屋敷に着いた時に、ヒナギがたったとやって来て、指輪を持つ手を掴んで、そのまま部屋まで連れて行こうとしたのだが大切な用があるからと太陽毛が引き離した。

 ヒナギはメイヤとともに別室待機を言い渡され、そのことに納得のいっていないようなそぶりを見せるが、明確な抗議は口にしないまま、メイヤに抱きかかえられて部屋へと運ばれていった。


 そんなわけで現在部屋の中にいるのは、利緒、太陽毛、トワスミナ、カナカ、ギンコの5名である。


「知ってるって、どういうことですか?」


 太陽毛に物言いに違和感を感じたカナカが疑問を投げかける。

 太陽毛はそれに応えることなく、微笑んだまま利緒に手を向ける。


 説明の足りない仕草ではあるが、太陽毛がなにを求めているかを考えて、利緒はここに来る際に聞いた言葉を思い出した。


「カードを出してもいいですか?」

「ああ、構わないよ」


 そしてそれは正解だったのだろう。太陽毛は笑って利緒に答えた。


「それじゃあ……」


 ケースの蓋を開けて、利緒は束の中から、カードを取り出した。


【《淵獣》真祖・太陽毛】

【《太陽毛の里奉行》トワスミナ】

【《金毛銀毛》カナカとギンコ】


 この場にいる人物を取り出す。

 それだけでなく、トルトリンドを始め幾人か里で出会った人たちも並ぶ。

 なかには、ジルモーティンなる、出会ったことのない黄色のカードもあったが、それはおおよそは里にいるもの達であった。

 初めは何事かとカードを眺めていた2人も、自分たちの写ったカードがあれば、空気を変える。

 5人、6人と増えるに連れて、その表情は険しくなっていった。

 利緒は並べている最中から、段々と重くなる雰囲気に手が震えていたりもしたが、それを誰かに指摘されたりすることはなかった。


「これ、どういうこと、です?」


 利緒が一通りカードを並べたことを確認して、ギンコが一声を発した。

 その声は、ゆっくりではあったが、普段の間延びした雰囲気が消えていた。

 比較的に感情のこもらない声ではあるが、不快感が見て取れる。


 一方でカナカは、目の前の光景をどう受け取っていいのか頭の中で処理しきれずに、ジッと机に広げられたカード達を見ていた。


「皆が気にしていた、リオが客人たる理由の一つ、かな」


 部屋の冷たい空気にも堪えず、太陽毛1人が普段と変わらずにいる。

 相変わらず微笑みながら、利緒の方を見る。


「ここからは、この《カァド》があったほうがいいと思ってね」


 利緒に残るカード達を取り出すよう、太陽毛が指示する。


「カナカ、ギンコ、君達の見たことを話して。その答えは、ごく一部だけれど、きっとリオが持っている」


 ゴクリと唾を飲み込んだのは誰だったか。

 部屋の音が消えてから少し経って、カナカとギンコはその口を開く。

 利緒を交えて、学園より戻るきっかけ、その事件について話し始めた。



 ブレガ、二本の杖を操る青年。

 学園内でも人気が高く、2人の友人たちも憧れているものが多々いたらしい。

 その戦いの記憶は利緒にとっては強烈だった。

 学園にいたもう1人の利緒との決闘の立ち回りは想像していた以上の内容で、本体スペックの低さから杖回収装置なる不名誉な前評判を与えられていたことを利緒は飲み込む。


 賢鬼クーネア、利緒が聞く限り設定よりは穏やかな雰囲気であった。

 鬼と名のつく通り、キャラクター設定で言えば大分危うい印象を持っていたが、礼儀正しく好印象だったとカナカ達は語る。

 あまり詳しくは知らない、と前置きをした上で、碧の街にいたもう1人の利緒に強い関心があるようすだったと付け加えられるが、それを聞いて黄の里の利緒はなんといっていいのか言葉に詰まる。

 同じ顔、名前にもかかわらず向こうにのみ春の気配。しかも美少女。

 許されざる、と心の奥に黒色ななにかが湧き上がる。

 それを顔に出す利緒ではなかったが。


 アルドグラシアリアス、これは、利緒の聞いたことのない名前だった。

 マギニア評議会議員だというが、そもそもマギニアの運営が議会制ということも知らなかった。

 『遺物』と聞いて、フェスタルガンドやロガンの心臓といったカードたちを思い浮かべ、利緒は少し心踊ったが空気を読んで表情を押し殺した。


 そして並ぶのは人だけではない。碧の魔法、スキルカード達も机の上に並んで行く。


 【碧の魔法「宝煌く百代の宮」】が出た時には、己の力不足を突きつけられたようで、2人の少女思わずは拳を握り、唇を噛んだ。

 気にするな、と優しく慰める太陽毛はまさしく全ての母を思わせる包容力を見せる。

 普段からこうなら良いのに、と呟いたトワスミナの声は誰もが無視した。


 次々とカードを並べていって、カナカとギンゴも《カァド》と利緒の重要性をしっかりと飲み込んだ。

 何故だか分からないが、この世界のことが小さな紙に描かれて、その多くを利緒が知っている。

 異常なことであるが、そもそもその始まりも古くからの言い伝えが実現するという、超常にある。


「これで私たちの知っていることは全部です。リオさんは、蒼い仮面について心当たりはありませんか?」


 それはカナカからの疑問の言葉。

 しかし、その目は答えを知っているだろうという確信の色が浮かんでいた。

 はたして利緒の脳裏に浮かぶカードは一つ。


【《仙客》アニマ】


 碧の学園、黄の里が話の中心であったため、蒼のカードを取り出すのはこれが初めてだった。

 太陽毛、クーネアと同じく最高レアリティの特殊な加工が施されたカード。


 キラキラと輝くカードを皆が覗き込む。


 イラストは話に聞いたような仮面を付けていない。

 ボロボロの布を羽織って蒼い荒野を背景に、正面を向いていた。


「この顔!間違いありません!」


 カナカはそれを見て、確信を持って断言する。

 青い長髪と、擦り切れたマントは、あの日あの時みたそれに違いなかった。


「……ところでー、リオさんはこの《カァド》を全部知っているのです?」


 少し悩んだそぶりを見せて、カナカに続いて今度はギンコが利緒に疑問を投げかけた。


「まぁ端から端まで、カードリストも何回読んだかわからないくらい読んでいます。お二人にもすぐに気づけましたし」

「そうですかー……」


 なにか、気になるところでもあるのか、とカナカが問いかけるが、ギンコの回答ははっきりしない。


「向こうのリオさん……面倒ですね。ミドリオさん、うん、ミドリオさんは、どうしてこのアニマを知らなかったのでしょうか?」


 ハッとした空気に多少なり緊張が走る。

 それに、とギンコは続ける。


「それに、このリオさんが知らないことをミドリオさんは知っているようでしたし……何か変ですよー」


 頭の中の違和感を拭いきれず、ギンコは躊躇いがちに言葉を吐き出す。


「ミドリオさんは、何か変でした……そう変なんです。でもそれが何かー……」


 利緒は、自分と同じ名前の誰かが、変変と言われるのを見て、なんとも言えない気持ちになるが、真面目な空気の中そこに突っ込むだけの力もなく。


「簡単なことだよ。リオと、ミドリオは別人ってだけさ」


 そんな空気をやはり無視して、太陽毛は笑いながらギンコの悩みを一蹴した。

 ミドリオは面白い言い方だ、などと言いながら。


「顔も名前も同じで、全くの無関係ではないだろうけれど、こっちはこっち、向こうは向こう。そうでしょ?」


 諭す様な物言いに、皆が目を丸くする。


「それはまぁ、そうですが」


 えらくハッキリと言い切りますね、とトワスミナは目を見開いたまま呟いた。


「他になにか気づいたことはあるかな」

「他、ですか」


 カナカとギンコはひとまず、2人の利緒の疑問をすみに置いて、学園生活を思い出す。

 しばらくして、カナかはあっ、と声をあげた。


「そうだ、ミドリオさんにこれもらったんです」


 カナカの申告に、ギンゴも顔を合わせてうなづいた。

 2人が取り出したのは、別れる際に向こうの利緒から渡されたという小さな黒いアクセサリ。

 それを皆が見えるように、机の上に置いた。


 取り出された黒いプレートには金と銀で模様が描かれている。

 少なくとも、利緒以外の皆は模様ないしは記号である、そう思った。


「記号、でしょうか。線で描く陣に比べればシンプルですがどこか格好いいですね」

「綺麗ですけど、格好いいですか?」

「私はカナカちゃんの可愛いと思うー」


 各々勝手に盛り上がる中、利緒は思わず頭を抱えた。


 プレートを削って、溝に金と銀の塗料を流し込んだシンプルなアクセサリ。

 描かれるは銀色の「太陽」と金色の「月」という2つの漢字。


 『ファンタズム・ゼノクロス』には、ゲームそのものには関与しない、フレーバーテキストが存在する。

 そのカードの背景だったり台詞だったり、ゲームの裏、世界観を楽しむための一文だ。


 金毛銀毛のそれは

 『まるで月と太陽が巡るように、金と銀は踊り煌めく』


 月と太陽、金と銀の並びはミスか誤植かあえてか否か、イラスト云々などと騒がれたある種曰く付きのフレーバーを利緒は嫌でも思い出す。

 少しデフォルメされていたが、それは確かに利緒の知る漢字だったのだ。

 とはいえ確かに、太陽と月は金と銀で連想されないものではないが、月に金、太陽に銀を当てはめる意味は何か。


「……なんなんだ、これ?」


 もし手製ならずいぶん器用そうだし、作らせたとしたらそれなりの経済基盤があるということか、答えを拒絶しようとでも言わんとばかりに、どうでも良いことが頭をよぎる。

 少女たちの会話を横目に、利緒は複雑な表情でアクセサリを睨み続けていた。

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