『黄の章』第13話:金毛銀毛の帰省
『碧の章』第34話でマギニアを去った二人が戻ってきました。
里の前に1台の竜車が止まった。
御者が振り向いて、車内に目的地へついたことを知らせる。
「久しぶりの帰郷ですっ!」
ぴょんと地面に飛び降りた少女の声が里の入り口で響く。
たまたま通りがかった警邏の男は、誰が降りてきたかを確認して思わず顔をしかめた。
留学を経て、変わっていないことに喜ぶべきか、呆れるべきか……男は苦笑して元気が良いことは良いことだと結論づける。
「……煩いー」
続けて降りてきた少女は、先の大声に対して苦情を告げながら、目をこする。
途中、数度の野営を挟んだために良質な睡眠が取れなかったため、目の下にうっすらと隈を浮かべている。
銀色の髪をした少女の声は、そんな疲れとは別にして、どこか間延びしていた。
先に飛び出していた少女は、大きく伸びをして、その金色の髪に太陽の光を煌めかせるばかりで、苦情の声を気にする様子を見せない。
竜車は町や村など御者の意思で止まる場所もいくらかあるが、外敵の少ない街道をゆくが為に、竜が休むと言い出すまで、ひたすらに進み結果として野宿する事が非常に多い。
それぞれ、その影響を感じさせる体であった。
「ま、そんなことよりも、早く太陽毛様に報告に行かないと」
「……まぁ、そうねー」
凝り固まった体をほぐして金髪の少女は言った。
そんなこと、と流された銀髪の少女は、その対応に複雑な感情を抱くが、それでも正論を口にされていれば否定することはない。
2人の目的を思えば、たしかに「そんなこと」ではあるのだ。
使命はあれど、ただの異文化交流で終わると思っていた、そんな2人の留学は、大きな事件を持って終わりを告げた。
名残惜しく見送ってくれた級友達との出会い、次元の違う偉大なる先生の学びなど、留学中に多くのものを得た。
最後の最後に面白い出会いもあった。
「また会えるかな」
「どだろ」
この数ヶ月の思い出を一つ一つ思い浮かべながら、2人は来た道を振り返る。
言葉は短くとも、その想いは深く。
金と銀を持つ2人、カナカとギンコは学園「イメラルディオ」から帰ってきた。
荷物を全て下ろして、今度は進んで行って最早小さくなってしまった竜車の背を眺めてから、改めて里へと向かう。
「お帰り、2人とも。なんとも大量だが男手はいらんかね?」
「あー。メグルトゥさん、久しぶり!」
そんな2人に声をかけてきたのは、街の警備担当の男メグルトゥである。
燻んだ黄色い髪と、同じ色の顎髭。里で過ごす人間は、そのほとんどが知り合いだ。
本当に大量の荷物だか良いのか、と申し訳なさそうに言う2人に、これも警邏の仕事さ、と笑うメグルトゥ。
背が高く、日頃から鍛えているであろう身体つきは、たしかにこの程度の荷物ではものともしないのだろう。
私物なんかは2人がそれぞれ待つことにして、土産物の大半を任せることにする。
「ありがとうです」
頭を下げる2人に、気にするなと再度笑ってメグルトゥは歩きだす。
2人は改めてその後を追った。
街道側にはほとんど人がいないが、中央へと向かっていけば、次々に人とすれ違う。
久方ぶりに会う住人へ声を掛けながら、2人は里の中へと歩いていく。
「ところでさ、厚紙なんてなにに使うんだろう?」
「……さぁー? こんなもの用意しろなんて始めて、だよ?」
「だよねぇ。マルキリエさんに届けたら聞いてみようか」
厚紙に限らず、要望はかなりの量になる。里になく、マギニアにしかないものは多い。
化粧品や調味料、服や娯楽品の類が特に多いが、厚紙、というのは初めてである。
小さな子供達が、メグルトゥの抱える荷物に目を輝かせていた。
「あー、それね。真祖様のお客人が欲しがったものさ」
「真祖様の?」
肩越しに答えるメグルトゥの言に、思わず視線を合わせる2人。
何百年も生きている里長、真祖が客を呼ぶなど、2人は聞いた事がなかった。
「里のはずれで子供達と遊んだり、毎日土を耕しているよ。ははは、面白いだろう」
「なんでそんな人が厚紙を欲しがるんです?」
「ん? ああ、なんでも『カァド』とかいう《盟符》に似たものを作るんだってさ」
「《盟符》ですかー。なんだかよくわからない人ですねぇ」
「『リオカンナ』って子でね。まぁ紙はクラカットにでも渡せば良いんでないかな」
あの子達が特に懐いてるみたいだから、と男は笑う。
その言葉を聞いて、カナカとギンコまたも顔を合わせ、今度は思わず立ち止まってしまった。
「『リオ』さん、ですか?」
「ん、ああ、『リオ』くんだねぇ。なんだ2人とも誰か心当たりでもあるか?」
「え、あーいや、どうなんだろう。なくもない感じ、かな?」
慌てて答えるも、2人の頭の中は未だ混乱しきりだ。
知っているといえば知っている。しかし、知っているソレである可能性は限りなく低く、ただし、只の偶然と言い切るには妙な一致が過ぎる。
「なら、会ってあげるといい。どうも訳ありみたいでね、最初は言葉すら分からなかったらしいんだよ」
聞けば聞くほど、訳のわからない事態に陥っていく2人。
メグルトゥも、トワスミナが荒れていたのを見たばかりで実際の裏事情などは特に知らず、あくまで噂程度の理解でしかない。
「……なんでそんな人が真祖さまのお客になるんです?」
「……ギンコが気になってたのってこのこと?」
マギニアを出る前のちょっとした騒動を思い出して、カナカは聞く。
ギンコは首をふるふると振って、それを否定した。
「リオさんがおかしいと思ったのはそうだけど、こんなの訳わかんないよー……」
首をかしげるギンコに、カナカはため息をつく。
そんな2人を見て、おーい、と随分先に進んでしまっていたメグルトゥが遠く手を振っていた。
2人は慌てて追いかけながら、何が起こっているのか、混乱した頭で色々と考えるのであった。
◇
里で起きた異変、それは2人が帰省する数日ほど前に遡る。
それは、突然の出来事だった。
何か予感を感じて空を見上げた利緒の目に移る一筋の光。
空を奔る光が、土を耕していた利緒の頭上をそのまま取り過ぎて行った
煌めく尾を目で追いかけて、それは、そのまま森の向こうへと消えていくまでの数秒の出来事ではあったけれど、利緒の心に陰を落とすには十分な時間だった。
あり得ないものを見た、日常を侵食する非現実的な光景。
根拠は何一つないが、それでも何か良くないものであったかのように、利緒は心がざわついていた。
里の中でも、空を流れる光はそれなりの話題となった。とはいえ、滅多に起こらないが、完全にないものではないと、彼らは語る。
特に王の試練へと挑むものの魔法や仙術が、空へと立ち上っていく程度であれば、年に数度起こりうる。
流石に里を超えてどこまでも飛んでいく光というのは、あまり見るものではないが、あくまで住人にとっては、珍しくもどうということの無い現象に過ぎなかった。
子供達も、はしゃぎながら利緒の元へとやってきたが、そこにネガティブな想いは無く、利緒は取り越し苦労だったのかと、1人ため息を吐いた。
ただ、この日、ヒナギを通じて太陽毛からメッセージが届いたことは、異質な何かを予感させるには十分だった。
曰く、何か感じないか、といった内容で、注意を促す言葉とともに利緒の元へとやってきたのだ。
指輪をもらって以来、利緒と太陽毛との直接の接点はなかった。
指輪をもらったあの日、食事を楽しむ皆を見ながら太陽毛がニコニコと笑っていたことが利緒には印象的だったが、それでも特別な何かがあったわけでも無く。
そんな状態から、あえて警告とも取れるメッセージが送られてきたわけで、その言葉にどんな意味があるのかと利緒は考える。
流れ星のように空を走った光は、そのものが何かを引き起こしたわけでは無いがしかしそれが確かになんらかのきっかけではあったのだ。
そしてその答えの一つが、この後に訪れる新たな出会いであった
◇
ようやっと、家の周りの荒地を一通り整備士終わったある日。
近所の方々に、素人にも手の出せそうな作物がないか聞いてみようか、などと利緒が考え始めた頃、いつものように少年達がやって来た。
「リオ! 見て、これで『カァド』作ろう!」
クラカットが、頭の上に厚紙を掲げながら笑う。
おお、と手を振り上げる利緒の前でクロンがその頭をパシンと叩いた。
「ばかクラ! 真祖様がリオを呼んでるって伝えに来たのに何言ってんの!」
「おお、そうだった。『カァド』ももってこいって言ってたんだ」
しょんぼりとしたクラカットの肩をポンと叩くミチサガ。
クロンは腰に手を当ててクラカットに眉を釣り上げて冷たい目線をくれており、それを宥めるように声を変えているタカオラ。
らしいといえばらしいその姿に、利緒は苦笑する。
利緒はそんな子供たちに近づいて行って、とりあえずクラカットを慰めるよう頭に手を乗せた。
何事かと上を向いたクラカットに微笑みかけてから、利緒は一度家の中へ入ろうと提案をする。
親指で家を指し示して、中へと向かい歩いていく。
その様子を見て、子供達も慌てて後について行った。
流石に土いじりをしたばかりの格好で向かうのはまずいだろうと、利緒は貰った服の中から綺麗なものを選んで着替え、居間で待つ子供達の元へと向かう。
本来であれば汗も流していくべきだろうが、それなりに急ぎのようであるので濡れタオルで拭う程度に抑えた。
居間では、勝手知ったる人の家、茶を持ち出してそれぞれ用のカップで喉を潤していた。
「リオ、早く帰ってきて『カァド』作ろうぜ」
机の上に広げられた厚紙や各種色鉛筆のような物を広げて、クラカットは言う。
ツッコミこそしたものの、クロンを始め他の皆も同じ気持ちではあるようだ。
呼び出しが大事な事である事はわかる、でも……そんな気持ちの見え隠れする表情だった。
「『カァド』持ってこいっても全部じゃないだろう? いくらか置いていってあげるから先にみんなで書いているといいよ」
そう言って、カードケースから1/3ほどを取り出して、カードをいくらか確認する。
「ユニット、スキル、アイテムと……まぁだいたいあるかな。なくすなよ」
一番近くにいたタカオラにそれら一式を手渡して、利緒はカードケースの蓋を閉じた。
非常に大切なものではあったが、それを渡せる程度に彼らとの信頼関係が出来ていた。現世と己を結ぶ数少ない物ではあるが、最悪無くなってもいいと思える程度に。
既に机の上にカードを広げ、夢中になっている子供達を横目に、利緒は部屋から出て行こうと歩き出す。
「それじゃ、行ってくるよ」
利緒が一声かけて居間を後にすると、いってらっしゃい、と揃った大きな声が後ろから聞こえた。
すぐ後に、カァドを見せろだの、何を作るだのと騒がしい声が聞こえた事は愛嬌だろう。
誰一人玄関まで見送る気はない事に、らしさを感じながら、利緒は一人家を出る。
そのまま太陽毛の元へと向かうのだった。
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