『黄の章』第11話:開かずの箱が開いて
「何も起こりませんね」
箱を持ち上げた利緒、しかし何も起こらずに、沈黙が続く中トワスミナは呟いた。
利緒自身何が起こるのか、と気を引き締めていたばかりに、少々拍子抜けしていた。
「触っただけで何か起こるなんて危ないでしょ?箱を開ける方法があるの」
そう言って、太陽毛は利緒の手を取り、身体を自身の方へと向けさせる。
そして箱を持つ利緒の両手を包むように手を添えて、目を真っ直ぐに見つめた。
真っ直ぐな視線に、慌てふためく間も無く、太陽毛の白く冷たい手の感触は、違和感へと変わった。
自分の体の中を何かが蠢く感覚。
手の甲から入り込んだ異物が、血管を通って、掌から箱へと伝わっていく。
気持ち悪さに、思わず身をよじるが、太陽毛の手が離れることはなかった。
「あ」
箱へ流れていったのを感じた直後に紫のラインが光を発し、利緒と太陽毛の顔を照らす。
横から覗き込んでいたトワスミナは思わず目を瞑った。
「今の感覚わかった?魔力、まあ彼は気と言っていたけれど、これが箱の鍵」
身体を通っていく力が消えれば、箱の光も小さくなっっていく。
光が完全に消えて、また人工的な光のみが部屋を照らす。
太陽毛がニコリと微笑んで、わかったか、と尋ねれば利緒はコクコクと頷くばかりだ。
「さ、やってみて」
太陽毛の手が離れて、利緒は意識を箱へと向ける。
先ほどの感覚を忘れないうちに、身体の奥から血潮を巡るイメージを思い浮かべる。
紫に輝いたライン、その時に身体を流れた異質な力。
周囲は固唾を飲んで見守っていた。
利緒は箱に集中して、ジッと見つめていたが、そのうちに耐えきれなくなって大きく息を吐いた。
ふー、と深呼吸を繰り返す利緒に、部屋を包んでいた緊張が解ける。
「あの、全然できる気が、しないんです、けど……」
周りからの8つの目に萎縮して、だんだんと小さくなりながら、ひとまずの所感を述べた。
太陽毛から流れてきた、何かの力の感触は覚えている。
しかし、それが自分から生み出せる気配が、感覚が一切なかった。
「……真祖様、どういうことです?」
トワスミナは隠すことなく、太陽毛へと疑惑の目を向ける。
太陽毛批判するような態度でこそないが、所長夫婦、アキナフィル、ハルキュリもどういうことかと言わんばかりだ。
「……んー。あ、そうかこれか」
太陽毛自身、何故だろうか、と首を傾げていたが、何か思い立ったらしい。
パチンと手を合わせて、胸元から一つの装飾品を取り出した。
銀色の鎖を通した黒い指輪で、首飾りとして身につけていたものだった。
「リオ……に渡したら信じられないかな。トワスミナ、手出しなさい」
鎖を外して、指輪を持つ太陽毛は一瞬利緒へと伸ばしかけた手を止めて、トワスミナへと手を伸ばす。
「これは?」
「もう一つの鍵、かしら」
ふふふ、と笑う太陽毛にトワスミナはため息をついて、左手を差し出した。
「リオしか開けられないってことを証明するために、まずはトワスミナが試してみなさい」
指輪をトワスミナの薬指にはめて、利緒が持つ黒い箱をトワスミナへ渡す。
「まぁ、いいですけれど」
ダメと言われながら渡されてはトワスミナも面白くない。
開けてやる、と思い切り力を込めて、箱へと臨む。
しかし結果、箱はやはり紫色の光を発するばかりで、さっきより大きな光ではあったけれどそれ以上何が起こるでもなかった。
◇
「じゃあ、次はリオの番ね」
トワスミナから指輪を回収して、今度は利緒の左手を取る。
薬指にはめられた指輪を見て、利緒は不思議な気分でいた。
「あの、左手の薬指でいいんですか?」
「?そこが一番邪魔にならないじゃない?」
地球の風習とは異なって、ここではそういう意味はないようだと利緒は考える。
そういえば、とアキナフィルたちの手を見れば、たしかにお互い指輪などつけていない。
そういう習慣はないので、他意は無いのだろうけれど、利緒は左手、特に指輪を覆うように手を握った。
「それじゃ、もう一回試して見ましょう」
改めて、箱を利緒へと手渡して太陽毛は周りを見る。
「私としては、そういった道具があるのであれば教えて欲しかったのですが」
「そうですよ真祖様。ちょっとずるいんじゃありませんか?」
所長夫婦は苦笑しながら不満を口にするが、太陽毛は笑って流すばかり。
2人もそうなることは承知の上で、だからこそ苦笑いしていたのだろう。
再び8つの視線が集まったことを確認して、利緒は大きく息を吸った。
目を瞑り、身体を流れた違和感の記憶を呼び起こす。
「光った……」
その声は、誰のものだったか。
薬指に感じた違和感に目を開けると、箱は青く光っていた。
「そのまま」
太陽毛の真剣な声に、利緒はもう一度目を瞑る。
左手の薬指を中心に力が箱へと流れて行くイメージが出来上がった。
閉じたまぶたの向こうから、光が見える。
箱が力を欲するままに、より指輪から湧き上がる力が大きくなるよう利緒は意識を高める。
どれくらい経っただろうか、集まっていた力が不意に消え去った。
合わせて、手に触れていた箱がバラバラと崩れ落ちる感覚。
ほとんど同時にガシャンという音が響き渡った。
ゆっくりと目を開けて、手の中を見えると、いくつかのパーツを残して、箱だったものは机の上に落ちていた。
「ね、特別だったでしょう?」
誰もがその光景に言葉を失って中で、太陽毛だけが得意げに箱の残骸を掴んで、手の上でコロコロと遊ばせている。
「あの指輪は、一体?」
「世界に2個しか無い、魔力を持たない者が魔力を引き出せるようになる魔装具」
そう言いながら太陽毛が差し出した手のひらには、利緒の薬指のソレとよく似た白い指輪が乗っていた。
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