『黄の章』第10話:魔装精製場の所長達
施設に入って、3人はある部屋へと案内された。
外観だけでなく内装においても、やはりそのほかの建物とは大きく異なる印象を受けた。
コンクリートで固められた壁と、人工的な光源に、利緒にはどこか懐かしさすらある。
トワスミナは、部屋の端の方でコツコツと壁を叩き、訝しげな表情を浮かべていた。
「お茶をお持ちしました」
利緒が内装に気を取られているうちに、誰かがやってきた。
声の方を振り返ると、普段利緒のもとに遊びに来ている子供達が紅一点、クロンよりも少し年上といったところか、青を基調にした着物のような格好をした少女が盆を持って立っていた。
少女の案内を受けて、皆が数人掛けの椅子へと座り、お茶を受け取る。
「所長はすぐに来ると思いますので、少しだけお待ちくださいね」
少女はにこりと笑いながら言う。
首をかしげる仕草が様になるのは少女ゆえの特権か、リオは詮無いことを考えながら、お茶をすすった。
「あ、美味しい」
思わず口をついて出た感想に、少女はありがとうございます、と微笑んだ。
いくらか休んだころ、利緒が新しいお茶を受け取ろうとしていた最中、ドタドタと音を立てて、誰かがやってくる。
入口の前で一度音が止まり、今度はガチャガチャと取っ手が揺れた。そのままドタンと大きな音を立てて、扉が開かれた。
「真祖様、すいません遅れました!」
大声量と共にやって来たのは、豊かなあごひげを蓄えた、筋肉質な男。
顔立ちは整っており、彫りの深さと相まって格好よさと渋さが見事に調和していると、利緒は思った。
そして和とも洋とも言い難い、スーツのような羽織のような奇抜な格好であった。
その声量は凄まじく、利緒はビクリと肩をすくませ、それでもお茶はどうにか落とさずに済んだ。
トワスミナも同様なようで、客人の中で平然としているのは太陽毛だけだった。
利緒がお茶をこぼさなかったことを確認して、男が続けて喋り出す前に少女が叫ぶ。
「アキナフィル、お客様を驚かせるようなことたらダメでしょう!」
「あ、ああ。すまん、母さん」
心落ち着かせようとお茶を口にした利緒は大きく吹き出した。
「あー、驚かせたようで申し訳ない。大丈夫かい?」
今度は声量を抑えて、アキナフィルが利緒へと問いかける。
低く、バリトンの効いた男らしい声だが、直前に飛び出した台詞に思わずむせた利緒。
自分が大きな音を立てたことが原因とでも思ってか、アキナフィルは利緒のほうを心配そうに見ている。
「リオ、なにをしてるんだ。ほら、シミにならないうちに拭かないと」
クスクスと笑いながら、太陽毛が利緒の服にかかったお茶を拭う。
あまりの至近距離に利緒は顔を赤く染め、震えながら少し上へと視線をずらす。
太陽毛は、そんな利緒の態度に気付かないとでも言わんばかりに、顔を合わせないように笑いをこらえるようにシミを叩く。
「トワスミナ、真祖様、どうなってるの?」
「……ハルキュリはどう思う?」
「若い子に唾つけてる、かしら」
どこか目をキラキラさせながら答えるハルキュリにトワスミナは舌打ちする。
「そうでないといいんだけど」
「あの子、外の子なのね。真祖様を相手にあの態度、なんか新鮮」
「真祖様はなにを考えてるのよ……」
「あら、あらあら?トワスミナ、そうなの?」
「……なにを言いたいか知らないけど、私は里を心配しているだけ」
利緒と太陽毛、そんな2人のやり取りをみて会話に花咲く2人。
どの組にも混ざることのないアキナフィルは、手持ち無沙汰に頬をかきながら、天井に阻まれた空を見上げた。
◇
太陽毛が利緒のそばを離れてから、仕切り直しとなった。
迎賓室の机を挟み、椅子に座って向かい合う。
トワスミナ、利緒、太陽毛の順に座る3人に対し、アキナフィルとハルキュリが並ぶ。
「俺が、魔装精製場の所長、アキナフィル。こっちは妻のハルキュリだ」
「リオくんよね?ハルキュリです、よろしく」
改めて、アキナフィル、ハルキュリの2人から紹介を受ける。
ハルキュリは挨拶に合わせて身を乗り出して、利緒の両手を掴んで大きく上下に振るう。
側から見ていれば、活発な少女然としているが、この場において、2番目に年上だと知り、利緒は驚いた。
アキナフィル曰く、姉さん女房であり、昔からハルキュリにアキナフィルが振り回される関係で、そのまま結婚してしまったという。
「里の者は、実年齢よりも若く見えるものが多いが、妻はその中での特にそれが強くてね」
「お陰で、アキナフィルと並ぶと、外から来た人には夫婦と見てもらえないの」
カラカラと快活に笑う少女、実際の歳を聞いてなお利緒には少女にしか見えない。
実年齢との解離でいえば最たるは太陽毛であるが。
「真祖様は600歳を超えてらっしゃいますから」
トワスミナの言外に、太陽毛の利緒に対する対応への牽制が籠っている。
歳相応の行動をしろ、と笑顔ながら笑っていない目が言う。
「そうは言うがね、私はまだまだ若いつもりだよ」
相変わらずトワスミナの圧を歯牙にもかけず、太陽毛は手を伸ばす。
着物から覗く白い肌は確かに瑞々しく、歳を感じさせない。
「私は、真祖様に長としての分別をですね」
「トワスミナは硬いんじゃない?もう少し余裕があってもいいと思うけど」
利緒を挟んで火花を散らす2人。
間に挟まれた利緒は気が気でないが、2人とも止まる気配がない。
対面に座る2人はどうか、利緒は救いを求めて顔を向ける。
利緒と目の合う2人。
ハルキュリはいかにも楽しそうにニヤニヤと笑う。
アキナフィルは、大きなため息をついて、首を振る。
「……ゴホン」
一度切れた視線をもう一度利緒に向けてから、アキナフィルはわざと咳をした。
大きな音に、太陽毛、トワスミナはお互い話をやめて、視線をアキナフィルへと移す。
(ありがとうございます!)
利緒はアキナフィルに心から感謝した。
視線で言葉が伝わったのだろう、アキナフィルはコクリと頷いてから、話を進めるべく、一つの箱を取り出した。
「始祖様。言われた通り、こいつを持ってきましたが、一体何に使うんですか?」
アキナフィルの手には黒い箱。
一辺が10cm程度で、表面には紫色のラインが走っている。
それを太陽毛が片手で受け取って、利緒の前へと差し出した。
手を面前に差し出され、思わず背もたれへ深くもたれかかる利緒。
対してトワスミナが体を持ち上げて、箱を睨むように見る。
「……これが、リオさんの重要性に関わるものですか?」
「その通り」
トワスミナの疑問に対し、太陽毛は断言する。
「これは我々が研究を重ねるも、未だ何一つ解明されていないのです」
そう語るアキナフィルの目は真剣である。
先ほどまでの空気とは打って変わって、ハルキュリも研究者の顔となっていた。
「至王アッカイリティロイ、彼より託されたのが500年ほど前と伺っています。それより今日この日まで、この箱は姿を変えず、ここにあります」
「560年前、かな。私があいつから受け取ったの」
太陽毛は目を細めて、思い返すように、呟いてから机の上へと黒い箱を置く。
身に、纏う空気が変わる。
その変化を感じて、誰かがゴクリと喉を鳴らす。
「あの、すみません。至王とは誰ですか?」
ただ、利緒だけはこの空気を読むことができなかった。
あずかり知らぬ歴史に知らない王様、次々増える情報を前にそれらを飲み込もうとする事で手一杯だった。
周りが真剣だから、自分も精一杯理解しょうとした結果、周りが見えていなかったことも仕方ないだろう。
「あはははは。リオくん、一体どこで育ってきたのかしら。『玖王』を誰、ですって」
「ふふふ。ああ、だからなの」
思い切り笑い出すハルキュリと、クスクスと笑いながら1人納得する太陽毛。
そんな2人を見てため息をつくトワスミナにアキナフィル。
利緒はなにか間違ったことを行ったのだろうと、キョロキョロと辺りを見ながら赤面する。
「リオ、至王のことは帰ったら教えてあげる。ひとまず今はコレを持ってもらえるかな」
コレ、と指さされた机の上の黒い箱。
利緒の一言で、張り詰めていた緊張は解けていたが、4人の目が集まればそれはそれでやりづらい。
利緒は一度、大きく深呼吸して、意を決して箱をつかんだ。
ブクマ感想頂けると励みになります。よろしくお願いします。




