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『黄の章』第9話:重要人物?

 トワスミナが睨んでいても、さして気にした様子を見せず太陽毛はニコニコと微笑んでいた。

 その態度を見て、余計にトワスミナの視線は強くなるが、それでも太陽毛にはどこ吹く風である。


「長老の話に具体性がなく、なぜ今更リオさんを呼んだのかと思っていましたが、真祖様の差し金ですか」


 あまりに不自然なトルトリンドの動きに、トワスミナは裏でのカラクリにあたりをつける。


「真祖様が直に呼びつければ何事か、となりますが、怪しい影にリオさんの知る情報という接点があれば、長老の呼び出しはそこまで不自然ではありません」


 しかし、そこで願いを叶えようと話を切り出したり、果ては《盟符》まで渡すのは明らかにおかしいと、トワスミナは言う。


「長老でも行きすぎ、それが真祖様なら余計です。無理を通すため貴方がしたい事。その為に長老を緩衝材に使いましたね?」


 トワスミナはガンと言い切った。

 そうでしょう、と決めつけるような声。そんな剣幕にも一切動じる所をみせない太陽毛を、ヒナギ、メイアは口を噤んで見ていた。

 利緒はポカンと成り行きを眺めているばかりだった。


「ちがいますか!?」

「違うよ」


 反応がないために改めてトワスミナが声を荒げるが、今度は付きつけられた指に怯むことなく、太陽毛は即座に否定の意を返す。

 お茶をすすりながらズバリと言い切られては、トワスミナも上げた指をふるふると揺らすしかなかった。


 言葉にならない声を噛み殺すトワスミナを見て、太陽毛は、はぁとため息をついた。


「トルトリンドへのお願いは、『リオを呼ぶ』ことだけ。それであの子が何かをしたというのなら私には関係のないこと、違う?」

「……いやっ、しかし!真祖様がそのようなことを言い出せば、それなりの行動に出ると予想していたのでしょう!?」


 双方の温度差は凄まじい。

 行き場のない理不尽な思いの丈に感情的になるトワスミナと、あくまで自然体のどこかのんびりとした太陽毛である。


「まさか。《盟符》をトルトリンドが渡すなんて、想像できる方が凄いと思うけど」

「……っ」


 疑問投げかける太陽毛の微笑みに、トワスミナが言い淀んだ。

 この時点で大勢は決したと言えた。事実トワスミナはぐぐ、と堪えるように歯噛みするしかなかった。


「まぁ、そうね。リオは重要人物ではある。そのことをトルトリンドが見切った、なんてことはあるかもね」


 太陽毛はお茶を飲みきって、太陽毛は菓子へと手を伸ばしながら言う。と同時に、新たな爆弾を投げ込む。


「ああ、トワスミナだったっけ」


 1人遠い目で虚空を眺めながらポツリとつぶやいた声。その言葉は、誰にも受け取られる事なく消える。


「……?」


 なにかを思い出すような、ふとした呟きは、本人も、意図せず漏れてしまったもので、以降、そのような態度はおくびにも出なかった。


「丁度いいから、これから実際に見てもらおうか」


 指についたお菓子の粉を舐めて、胡乱げなトワスミナを前に、パンと手を叩いてから太陽毛は立ち上がる。

 重要人物、という太陽毛の言葉に、トワスミナはまた思考が内でぐるぐると回り出すが、続くように立ち上がった。


 これまでのやり取りを黙って見ていた利緒だったが、拍手の音にピクリと震え、気がつけば太陽毛の視線が自分に向いていることに気づく。

 立ち上がったトワスミナも太陽毛に釣られて目を向けており、座ったままのヒナギ、メイアの視線も同じくだ。


「あの、なにか?」

「なにか、じゃない。貴方が来なくてどうするの」


 ほら、立って、と促されれば、利緒は流されるままに立ち上がる。


「ヒナギとメイアは留守番よろしく」


 一緒に行こうと立ち上がったたヒナギを制すように手のひらを向けて、ついてこないよう言う太陽毛。

 ヒナギは不満そうにしていたが、メイアが後ろから抱きかかえる。


「分かりました。行ってらっしゃいませ」

「ありがと。ほら、ヒナギ、帰ってきたらいいお土産があるからさ」


 のけものされたように感じてか、不承不承ではあったが、それでも逆らうほどの興味があったわけでもない様子で、ヒナギはもう一度座ってお菓子を口にする。


「さ、リオ行くよ」


 玄関を開いて、先へと進む太陽毛とトワスミナ。その背を、利緒は慌てて追いかける。

 重要人物とはどういうことか。当人のあずかり知らぬところで何かとんでもないことが起こっているような感覚。

 思えば、自分の立ち位置を含めて、なに一つ分からぬことばかりであった。

 利緒は、少しでも謎が解けることを期待して、足早に駆けて行った。



「で、どこへ行くんです?」

「魔装精製場。リオの家とは逆の方、里の端っこ」


 太陽毛が口にした新たなキーワード。

 利緒が知る魔装といえば、文字通り魔の力を持つ装備品、もちろんカードゲームでの話だが。

 ファンタズム・ゼノクロスにおいて、いくつかのアイテムカードが持つサブカテゴリ、それが魔装であった。

 利緒は魔装という単語に碧のカード、灼熱杖、極寒杖を思い浮かべる。


「精製場ってどんな場所?」

「私も詳しくは見たことないですが、魔装の《盟符》を作るところです。石と鉄の建物だから、すぐ分かるかと」


 太陽毛にはなかなか近づき難い利緒は、コソコソとトワスミナに問う。

 その小声での質問に、トワスミナはあえて普段の調子で答えた。


「《盟符》、これって物も出来るんだ」

「そうです。武具に魔力を込め、《盟符》に封じる、というのが精製場で行われていることです」


 《盟符》と言われ、懐にしまい込んだトルトリンドのカードを取り出す。

 横目で見るトワスミナの視線にはそこそこに強い非難の色が見えたが、トワスミナがあえて口にすることはなかった。


「精製場には魔装具を《盟符》へと封じるための方陣がありますが、実際の仕組みについては未だわかっていない部分が多くあります」


 利緒が再度《盟符》を懐へとしまい込んだのを見て、トワスミナは解説を続ける。


「そんな話していいの?」

「どうせ真祖様はリオさんには説明してしまうでしょうし、いいんです」


 ツンとした態度で、回答の言葉、その節々に不満が見て取れる。

 整った顔立ちをしているため、そんな態度であってもマイナスなイメージを受けない。

 むしろ、それはそれで魅力があるのではないかとすら利緒は思った。


 太陽毛に対して言葉に出来ない感情を抱えた利緒だったが、その想いが逆にトワスミナへの精神的な距離を短くした。

 利緒はトワスミナの横顔チラリと見て、慌てて前を向いて黙ってしまった。


「2人だけで会話とはつれない、私も混ぜてくれるかい?」

「そろそろ付きますよ」


 2人の、あえていうなら利緒の空気を壊すように、距離を詰める太陽毛であったが、その思惑はトワスミナに一蹴される。


「つれないなぁ」


 利緒たちと顔を合わせるために、後ろ向きに歩く太陽毛。

 ふふ、と笑いながら首を軽く傾ける様を見て利緒の感情は恐ろしく揺れた。


「それでは中に向かおうか」


 右足を、軸に着物を揺らめかせながら太陽毛はくるりと廻る。

 そこにあるのは、和を思わせるその他の家屋とは大きく異なり、コンクリートの建物を有刺鉄線の張り巡らされた壁で囲った物々しい施設であった。


 上部に光を取り込む窓らしきものはあるが、一階の高さには正面の扉を除いて扉、窓が見当たらない。

 入り口の前に立つ番人が、太陽毛を見て慌てたそぶりを見せることなく、すんなりと戸を開けたあたり、前もって話は通っていたようだ。


「何がどう重要なのか……さ、リオさん行きますよ」


 先に中へと進んで行く太陽毛を追いかけて、トワスミナは足を早める。

 平然としている2人に比べ、睨むように上から浴びせられる視線に、利緒はビクビクと怯えながら番人の間を通っていった。

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2018/2/21 色々間違っていたので修正

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