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『黄の章』第8話:太陽毛のとの接触

「そろそろです」


 トルトリンドの屋敷を出て10分ほど歩いた頃、里の端へと近づいたあたりで、大きな壁が見えてきた。

 白塗りの旧家を思わせる外観に、利緒のは太陽毛へと近づいていることをいやでも意識させられる。


「大丈夫かな……」

「何を心配されているかはわかりませんが、真祖様はお優しい方です。リオさんがあえて非常識な行動でも取らない限りは大丈夫です」


 言外に、常識わかっているよな、という圧力を感じ、利緒は慌ててコクコクと首を振る。


 屋敷の扉に差し掛かろうという時、中から勢いよく子供が飛び出してきて、利緒にぶつかった。

 相当慌てていたのだろう、後ろを見ながら走っていたため利緒に気づかなかったようだ。

 利緒は利緒で、曲がり角から急に飛び出されたため、対応できなかった。


 体重差で、子供が倒れる。利緒は慌てて手を差し伸べる。

 そこにいたのはヒナギだった。


「ああ、ヒナギ。ごめんね立てる?」


 前方不注意はヒナギの方に問題があったが、転ばせてしまった手前、利緒は謝る。


「ヒナギ様ー!」


 屋敷の中から大きな声でヒナギを呼ぶ声が聞こえた。


「リオさんはヒナギ様のことをご存知だったのですか?」

「ヒナギ様?」


 ヒナギという少女を知っている。

 しかし近所の子供、という認識でしかなかった利緒にとって、トワスミナからも敬われるというのは驚きが勝る。


「あら、トワスミナさんと、そちらの方はリオさんでしょうか?」

「ええ。メイアさんも大変ですね」


 パタパタとかけてくる女性はメイアといった。

 服装はマルキリエと似ており、同じような役のようであった。


 出来る女性、といった感じのマルキリエとは違い、メイアはポワポワとした雰囲気の女性だ。

 メイアは利緒が引き起こしたヒナギの服を叩いて、土埃を落とす。


「真祖様にお取り次ぎ願いたいのですが」


 ひと段落ついたとみて、トワスミナが要件を切り出した。

 真祖、の言葉にヒナギがピクリと反応する。


 慌てて駆け出そうとするが、メイアの反応が早く抱きしめられたため、手足をジタバタと動かすばかりだった。


「ヒナギ、お客様の前ですよ」


 奥、屋敷の方から声。それはよく通る不思議な声だった。

 大きすぎず、しかし心に響く声。


「真祖様、リオさんを連れてまいりました」


 利緒がそちらを向いたのは、トワスミナが「彼女」に声をかけてからだった。


 太陽の光を浴びてキラキラと光る金の髪、幾重にも重ねられ、様々な色の織りなす絢爛な衣、全てを包み込むような優しい笑み。


 それは、利緒の知るカードよりも何倍も輝いていて。


「ようこそリオ。私は《太陽毛》この里の長をしております」


 眼を細めて微笑むその顔に、利緒は言葉を失った。



「真祖様、一体リオさんに何のご用があったのでしょう?」


 屋敷の中に通されたあと、部屋を出た方が良いかなどと余計な気配りをしながらトワスミナが言った。


「とくにこれといった用があるわけでないのですが、一目見ておきたかった、というところでしょうか」

「一目、ですか」

「ええ」


 太陽毛、メイア、ヒナギ、トワスミナ、利緒と女性ばかりで気後れする利緒。

 太陽毛の意味深な台詞に、皆の視線が集まる。


「絶対に可愛いと思ってたの。ほら、小さくて可愛いじゃない」

「それほど小さくもないですし、可愛いというには……」

「それって、孫みたいな可愛さですか?」


 カードの設定、そしてトルトリンドの言うには、この里の始まりが太陽毛その人である。

 齢300以上でありながら、その外見には欠片も歳を感じさせないようみずみずしさがある。


 トワスミナ、メイアと並んでさえ、大きく年の離れているようもは見えず、もはや理不尽ですらあった。

 年を揶揄されるような台詞も、そうなのかな、などと小首を傾げる姿が様になっていた。


 あまりに煌びやかな空気に、利緒は知らず知らず離れていた。

 あたりを見回すと、談話する女性たちとは別に、ヒナギが1人部屋の端で座っていた。

 利緒は空気に負けて、ヒナギの元へ行く。


「ヒナギは太陽毛様とこの子だったんだ」


 声をかける利緒に、返事は来ない。

 もとより口数の少ない子供であったが、ここでは特におとなしい。


 チラチラと太陽毛を覗く視線に、なにか思うところがあって、それ以上の追求はやめた。


「ああそうだ」


 ふと、太陽毛が思い出したかのように声を上げる。


「リオ、何か困っていることや、欲しいものはないかい?」

「え、いや。はい大丈夫です。紙が欲しかったんですけどトルトリンドさんがくださると」


 長老が?と首をかしげる太陽毛に、トワスミナが先ほどまでのトルトリンドとの話を伝える。

 ふむふむ、と頷いて、ひとしきり考えたあと、太陽毛はもう一度大きく頷いた。


「リオ」


 太陽毛の呼びかけに、利緒は正座をしながら背筋を伸ばした。


「私の《盟符》も受け取ってくれるかい?」


 太陽毛の発言は、爆弾だ。


 太陽毛の後ろで、大きく吹き出してゲホゲホと咳き込むトワスミナ。

 本気ですか?とのほほんとしながらも真剣な表情で聞くメイア。


 利緒も流石にトワスミナとトルトリンドの会話で《盟符》がどれだけ重要なものか、そこそこに分かっていた。


 ニコニコと微笑む太陽毛を前に、利緒は何を答えることもできず固まっていた。

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