『黄の章』第7話:《古老》トルトリンド
【黄の祀舞「王に捧げる貢物」】
『空が黒く染まる時、蒼き炎の刻まれた仮面を被りし仙皇来たる』
太陽毛の里に伝わる、言い伝え。
300年生きるトルトリンドすら、伝聞でしかか知らない、昔から伝わる言葉。
もう一つ、【碧の魔法「宝煌く百代の宮】を使うよう合わせて伝えられている。
利緒は、2つのカードにピンときた。それらを合わせることで効果を発揮するコンボを知っていた。
利緒はガシャガシャとカードの中から、カードを探し出す。
碧の魔法「宝煌く百代の宮」、そのイラストでは、1人の男が魔法を唱え、周りの幾名かの学生たちに光の膜のようなものを与えていた。
「魔法とはこの300年ほどで発達した技術である。私が幼少の頃、森ばかりの東の土地に、突如街が現れた。マギニアと名乗りを上げ、そこで魔法が発明されていったのだよ」
「お、お待ちください。300年前、ですか?」
トルトリンドの言葉に、真っ先に反応したのは、トワスミナだった。
「ああ、そうだ。300年前、初めて魔法が生まれたのだ」
トルトリンドの念を押す物言いに、利緒もトワスミナがなにを言いたいのか理解する。
「この言い伝えより後に作られたんだよ、この魔法は」
マギニアが立ち上がった時、真っ先に動いたのが真祖だという。
以来、碧と黄の交流は今に至るまで続いていた。
「そこで、この言い伝えの魔法を開発するよう交渉が?」
「……そうかもしれないね」
学園へと人をやるのも、当時から続く交流に端を欲する。
特に最近は、その活動が活発になりつつあったという。
利緒が来てから、その気配が強くなったのは、決して偶然ではないと、トルトリンドは言う。
「青のお化け、という話だがね。それ自体は気にする必要はないのだ」
「どういうことですか?」
「真祖殿は、蒼にも伝手があって、彼らが秘密裏に訪れることがある」
ロガンというのも彼らの古き主人であるから、それほど不思議ではないとトルトリンドはいう。
「それでは、なぜリオさんが呼ばれたのでしょう」
「ふむ」
トルトリンドは、一旦言葉を切って、髭を梳く。
「これは良い機会だ、と思ってね」
「機会、ですか?」
「ああ、クラカットがよく話してくれるのだが、その『カァド』は、まるで我々を暗示しているようではないか。それも、過去から未来まで、だ」
トルトリンドの雰囲気が変わる。
利緒にはほんの少しだけ、威圧感が伝わった。
見ればトワスミナの方が大きく動揺していた。
「サラクラプサは、その豪腕で多くの仲間を救った。タチサレカは、戦の才はなかったが、その知恵は多くのものをもたらした」
トルトリンドの声が、静かに響く
その名前は、カードに存在する。パワーを上げる能力と、特定のスキルを手札に加える能力。
たしかに、それらしき一致があると利緒は思った。
「トワスミナは、現里奉行より推薦の声があり、正式に奉行所の長となりそうだ」
その言葉はひとつひとつ噛みしめるように
「……では私は、里の者のために命を落とすのだろうか?」
眉の奥から、利緒を見定めるような目
利緒は、身に降りかかる異様な空気に気づいてゴクリと唾を飲む。
利緒は何も言えない。
口を開こうとすると、乾いて、震えて、音にならなかった。
そんな利緒をみて、トルトリンドはクスリと笑った。
同時に利緒を縛っていた空気が弛緩する。
圧力から解放されて、ようやっと息を吐いて、大きく吸い込んだ。
「ふふふ、すまないな。そこまで困らせるつもりはなかったのだ」
「私はね、誰かのために、この命を捧げること、それでも良いと思っているのだよ」
「なにをおっしゃいます。トルトリンド様は里に必要な方です」
「……ありがとう。今この場に私とトワスミナしかいないのは、実は君が牙を隠し持っていて、結果私の命の捨て所になっても良い、などと言う打算もあったのだ」
トワスミナを庇って、命を捨てる。
このことで里への脅威を知らしめ対応するためのきっかけを与えることが出来れば良いのだとトルトリンドはいう。
「それに、確かめたかったことがひとつわかった」
【黄の異能「皇に連なる獣の咆哮」】
トルトリンドが試したと言うのは、この異能。
カードでは黄のユニットが使用できるスキルで、使用するコストによって、効果が変わる。
コスト小、低パワーのユニットの行動制限。
コスト中、中コスト以下のユニットの行動制限。
コスト大、マスターの行動制限。
初めはトワスミナを震え上がらせ、次に利緒へと影響した。
トルトリンドは小、中、大と力を上げていったと言う。
中に上げた時、トワスミナが大きく反応。
大に上げた時、利緒が、動けなくなった。
どうやら、利緒はマスター(プレイヤー)の枠組みにいるらしい。
とにかく、カードのテキストの通り、効果は適用された。
「少なくともこの力はリオ、君の持っている「カァド」が参考になった。これは、我々の力を知る良い教材になるかもしれない」
髭を梳くトルトリンドに、もはや先ほどまでの圧は感じない。
「昔から、心力によって使い分けしていたが、最大の域まで上げたことは、ほとんどなかった。ここまで来ると、力が強すぎるのか、逆に反応しなくなって不思議だったんだ」
トルトリンドは、頭を抱えるトワスミナをよそに、一人笑っていた。
◇
「……そうだリオ、君にコレを渡そう。私の全盛期を映す《盟符》だ」
「ト、トルトリンド様!?それは、最後の……どうしてそのような!」
トルトリンドはひとしきり笑い終えると、懐からなにやらを取り出した。
その言動、行動にトワスミナは驚きの声を上げて、トルトリンドの元へと近づくが、トワスミナが何かをするよりも早く、トルトリンドの、《盟符》が光った。
デフォルメされた若きトルトリンドを思わせる人物イラストの上に、光が走り、独りでに記号が記されていく。
利緒には、読めなかったが、それは非常に大切なことなのだと思った。
「あー……」
トワスミナの呆然とした声。
さし伸ばそうとした手が、力なく空を掴む。
『リオ・カンナの助けにならんことを……』
トルトリンドの声を最後に全てが終わって、《盟符》は利緒の手へと渡った。
「さて、爺の話はここで終わりだ。先ほど困らせてしまった詫びもある。リオ、何か生活に困ったことや、足りないものはないかな?」
「……え?あ、あの!はい。その、ありがとうございます。いえ、よくしていただいてますので特に不都合はないです」
「そうかい?それでは、何か欲しいものならどうだろうか」
「欲しいもの、ですか……」
トルトリンドの問いに、利緒は少し考える。
そしてかねてより欲しいと思っていた物を思い出して、願いを口にした。
「紙を、いただけないでしょうか。普通の紙ではなく、もっと丈夫なものです。クラカットたちと新しいカードを作らないか、という話をしていたのです」
「ふむ、紙か。……マギニアになら、あるかもしれんね」
髭を梳きながら、トルトリンドは鈴を鳴らす。
音が鳴るや、扉が開かれて、マルキリエがすぐさま現れる。
「御用でしょうか」
「うん、マギニアに紙を送るよう連絡を頼む。カナカとギンコが学園へと通っていただろう?」
「承知しました」
「詳細は、リオに聞くといい」
トルトリンドは、一通りの指示を出して、微笑む。
こうして、利緒達はトルトリンドの部屋から出て行くことになった。
マギニアにいるカナカとギンコ。
その名前を、利緒はカードで知っている。
(あの制服、着てるのかな?)
カードのイラストでは、巫女服のような衣装を纏っていた2人である。
利緒の知る碧の学園といえば、イメラルディオであり、多くのユニットが共通した、制服を着ていた。
ゆったりとした巫女服もどきと比較して、スマートな制服である。
どのように見えるか、利緒は頭の中で思い浮かべる。
「ああ、そうだ。忘れていた」
部屋を出る間際に、トルトリンドの声が利緒にかかり、皆が振り向いた。
「真祖殿が、リオを連れてくるよう仰っていた。トワスミナ、そのまま真祖殿の元へとお連れしなさい」
「はぁ……はぁ?」
トワスミナは少したってから言葉の意味を理解して、頓狂な声をあげた。
言うことだけ言って、トルトリンドは微笑んだまま、利緒とトワスミナを見送っていた。
「……リオ、真祖様のところへ向かいます」
トワスミナは疲れた声で、言う。
利緒はその足で、真祖・太陽毛の元へと向かうことになった。
「真祖様の元へ向かう前に、リオさん、欲しい紙について、詳細をお伺いできますか?」
「あ、はい。丈夫で、ですね。紙の大きさは……」
お願いする紙について、利緒はマルキリエに詳細を伝えながら、憧れの黄のレアカードを想う。
トワスミナのように、トルトリンドのように、実在するカードの人物。
それもシナリオのキーとなるキャラクターとの出会いに、ワクワクしていた。
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