『黄の章』第6話:長老に会いに行く
トルトリンドの元へ向かう、利緒とトワスミナの2人の会話は、最近の調子はどうか、などといった、差し障りのないものから始まった。
トワスミナは、利緒の顔色に見える不調に気づいているが、見えないふりをする。
心配するそぶりすら見せないことが、逆に気を遣わせたのだと利緒に気づかせることになったが、その心配りに心の中で素直に感謝した。
道行く途中、ふと、利緒の背が伸びたとトワスミナが言った。
成長期の過ぎた利緒の身長が半年で伸びるとは思えない。
利緒は、そんなに成長したのか?と疑問を呈する。
「そうではなくて、姿勢です」
トワスミナは、以前あった時よりもしっかりと背が伸びており、それで大きく見えるのだと言う。
もとより猫背の風であった利緒である。
その上、見知らぬ土地へ来たとあっては、縮こまるのも仕方のないことではあった。
それが、この半年でだいぶ変わったようだ。
「私より、おおきかったんですね」
「そう、なのかな?」
利緒自身、それほど大きくはないが、女性のトワスミナと並んで見ると、2人の身長は同じか少し利緒の方が大きい。
取り調べの最中は、向かい合うばかりで、特にトワスミナは調査側として上からの立場だったこともあり、こうして並ぶこともなかったため、気づかなかった。
利緒は、立ち位置の変化を感じた。
自分の方が本当に大きいのか、利緒はトワスミナを見る。
確かにトワスミナの方を向けば、およそ目線が同じ位置にあって、利緒はその顔をまじまじと眺めていた。
「トワスミナさんは、綺麗ですね」
利緒から不意に飛び出した言葉は、張り詰めた糸の緩みによる失言か。
当人にはなんの自覚もなく、何の気なしに呟いて、笑う。
穏やかでないのは、トワスミナだ。
この言葉の裏の意味を探る。
利緒は、それほど深く考えて発言していない。
そもそも、利緒の日本語と自分の発した言葉の意味が、少し異なっていたことにすら気づいていなかった。
子供達はときに、素直でまっすぐな言葉を使う。
子供達と多く接してきた利緒の使う言葉は、飾り気がないが、裏もない。
トワスミナはしばらく利緒を睨むように見ていたが、利緒はニコニコしながら前を向いて歩いているだけだ。
その横顔になんの他意も見えなかった。
しばらくの葛藤と、行き場所のない苛立ち。
それらを全て飲み込んで、トワスミナは、はぁとため息をついた。
「……そろそろ長老の家です。用意はよろしいですか」
里の中をしばらく歩いて、前に一際広い屋敷が見える。
利緒は笑っていた表情を緊張に固める。
着物の襟元を正して、ゴクリと唾を飲んだ。
◇
「トワスミナさんと、そちらがリオさんですね。ようこそいらっしゃいました」
屋敷に連れられて、はじめに見たのは和服のような着付けをした女性だった。
いわゆる女中のような出で立ちだが、服は細部で利緒の記憶と異なっており、また綺麗な金髪に、なんとも言えない違和感を覚える。
「やあ、マルキリエ。長老への取り次ぎ、よろしくお願いする」
「はい、準備はできておりますので、ご案内いたします」
ぽかんとしたままでいた利緒に構うことなく、トワスミナが対応をする。
2人して中へと入っていくのを、利緒は靴を脱いで、慌てて追いかけた。
「トワスミナさん、トワスミナさん」
「……なんだ?」
トットッと音を立てて、利緒はトワスミナの元へやっていって、小声で声をかける。
「マルキリエさん、でしたっけ。綺麗な方ですね」
「お前は……いや、いい……お前はそういうやつなんだな……」
トワスミナが一度溜めて、どうにか絞り出した声に、利緒はきょとんとした表情を浮かべて、続きを話し出す。
「? マルキリエさん、歩きかたも姿勢もスッとしていて格好いいじゃないですか。えーと『ジョチュウ』はなんていうんだ、えっと、こういう仕事をする人ってみんなこうなのかなって」
「あ、ああ。なるほど。確かにマルキリエの所作は綺麗……だな。数年前にマギニアに行った時に、師事したらしい」
確かアリアさんと言ったか、と小声で話を続けるトワスミナ。
しばらくヒソヒソと話を続ける2人だったが、マルキリエの止まる気配に、会話と足を止める。
「トルトリンド様のお部屋です」
目的の場所へと着く。
全体的に和式な建築だが、蝶番で止められた扉とドアノブに、利緒は相変わらず違和感をぬぐいきれない。
「トルトリンド様。お客様をお連れしました。」
「おお、ありがとう。お通し願えるかな」
マルキリエがノックをして、中に声をかけると、しわがれた声が返ってくる。
「それでは、お入りください。私はこちらで待機しておりますので」
そういって、マルキリエは扉を開けた。
そのままトワスミナが入っていき、利緒も慌てて跡を追いかける。
「失礼します。長老、リオさんを連れてまいりました」
部屋の奥、机を挟んで、1人の老人が椅子に腰掛けていた。
「よくぞいらした、私はトルトリンド・サンカーナ。君のことはクラカットからもよく聴いているよ」
「あの、初めまして。その、リオ・カンナです」
サンカーナ、『太陽毛の里の』を意味する一種の苗字だ。
普段は使われることはないが、例えばマギニアに行くなどで名乗る必要があれば、クラカットを始め、このあたりに住む者はみなこの名を名乗ることになる。
和風な里ではあるが、姓名は利緒の知る洋風な文化である。
合わせて、利緒・環奈と名乗ることにしている。
トルトリンドは薄く白の混ざった金髪に、唇を隠すほどに長く整った髭の老人だ。
眉毛も量が多く、目がいささか隠れてしまっていた。
利緒の慌てる様を見て、トルトリンドは口ひげをもぞもぞと動かして、笑った。
「ははは、そう緊張するな。君を呼んだのは、少し話がしたかったからなのだ、リオ・カンナよ」
声はそれほど大きくないが、利緒は聞いていて落ち着く声だと思った。
クラカット達からは優しい人だと聞いていたが、その通りだと内心頷いた。
「話、ですか?」
「ああ、そうだ。クラカットが見たという青いお化けの件も含めて、ね」
お化けの単語に、利緒とトワスミナに緊張が走る。
里の平和を脅かしかねない危険は、早急に排除する必要があるからだ。
「さて、リオ、『カァド』を見せてもらえるかな」
トルトリンドの声に、利緒はカードホルダーからカードを一式取り出した。
指示されるまま、机の上に広げる。
「……ああ、やはりそうなのだね」
トルトリンドは、眉に隠れた目を細めた。
その雰囲気に、2人はゴクリと息を飲む。
トルトリンドはそのうちの一枚を持ち上げて、話し始めた。
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