『黄の章』第5話:呼び出し案件
利緒は許可をもらって、手付かずの庭に対して土いじりするようになった。
長くこの世界にいるうちに、眠れない日々が続いたからだ。
せめて疲れていれば、意識を失うように眠れる。
子供達に、不安そうな顔を見せたくないと利緒は思っていたが、顔色悪く、クマがひどく目立つ様を見れば、いやでも気づく。
時々、どこか遠いところを見ていることも含めて、皆気づいていた。
それでも、平常に過ごそうとする利緒を見て、とやかくいう者はいなかった。
そして、子供達もいつもと変わらないように、努めて明るく過ごしていた。
利緒は1人でいるときは、ひたすら、ひたすらに土を掘る。
鍬らしき物で、素人ながら懸命に土を掘り起こす。
おかげで、来たばかりの頃ヒョロヒョロだった利緒にだいぶ筋肉がついた。
食事のせいか、それほどがっしりとした印象は受けないが、日に焼けて、白い不健康さは影もなくなった。
利緒は朝に目が覚めると、いつもの木板の天井に絶望する。
しかし、同時にどこかホッとしている自分にも気づいている。
夢にまで見た世界でも、それが現実となれば、理不尽だ。
この世界に来て、半年近く経った。
利緒は元の世界へと戻るきっかけすらも手に入れていない。
元の生活の記憶が、少しづつ薄れている。
利緒は、それが怖い。
朝起きて最初にデッキケースを握りしめる。
元の世界がある。その事実を忘れないように。
◇
「トルトリンドさんが呼んでいる?」
利緒に呼び出しがあったと、クラカット達、いつもの面々から告げられる。
相手は、トルトリンドであった。
クラカットのお爺さんであるが、それ以上に接点はなく、権力者からの呼び出しと、利緒は少し身構える。
「午後、トワスミナが迎え来るってさ」
利緒の朝食をひょいとつまみ、食べながらクラカットは言う。
案の定、タカオラに叩かれていた。
いつもの光景に利緒は苦笑する。
「『カァド』持ってこいって言ってたよ」
「ふぅん。なんのようだろう?」
トワスミナとの話以来、4ヶ月。
近隣住人、子供達、見張りの人以外と交流のなかった利緒である。
今更の呼び出しに、心当たりはない。
「トルトリンドさんかー。僕の喋り、大丈夫かな?」
「んー。充分だと思うよ?」
「そうね。むしろ初めは何もわかんなかったのに、リオ凄いよ」
必要に迫られれば、人間どうとでもなるものだ、と利緒は思う。
会話のサンプルの大半が子供相手のため、語彙や喋りに子供っぽさはあるが、半年経って利緒はそれなりの会話が可能となっていた。
「それじゃ、今日は何しよう?」
「おー、それな。今日な、面白い話があるんだ!」
タカオラに叩かれてから大人しかったクラカットが、いの一番に声を出す。
「クラ、お化けの話だろ? 早く教えてよ」
「お化け?」
「そう、クラったら夜お化けを見たー、ってここ来るまでずっと」
「……なのに、リオのとこ行くまで詳細話さないって」
「ふぅん」
タカオラ、ミチサガ、クロンそれぞれの不平にも動じないクラカットである。
こうして、この日はトルトリンドの元へ向かうまで、クラカットの話を聞くことになった。
内容は、クラカットが見たと言うお化けについて。
利緒はみんなの分の水と、あるものを用意しに、席を立つ。
「で、どんなお化けなの?」
皆に水を配り終わり、利緒は紙と筆を取り出した。
最近、子供達と話をするときに、利緒は絵を描くようにしている。
記憶の中の思い出を少しでも形にできるように。
◇
クラカットが語るには、お化けの話というだけあって、詳細はかなりふわっとしていた。
なんでも、夜散歩をしているときに怪しい影を見たのだという。
ひょいと木に登る青っぽいナニカ。
好奇心に駆られて追いかけるが、すーっと木の上を渡っていってしまいには見えなくなったのだという。
「いや、それ危険じゃないか!?」
「だから、昨日の夜じーちゃんに伝えたよ」
「それだ!」
「あー」
「あんたねぇ……」
利緒達、クラカットを除いて、は利緒がトルトリンドから呼ばれる原因を知る。
一斉に声を向けられて、クラカットはビクンと肩を震わせた。
本人は気づいているのか、いないのか。
もし敵意があれば、クラカットの身が危うかった可能性もある。
「……まーまー。面白そうなのはここからな。リオ、ロガンて名前あったよな」
「ロガン?ああ、蒼のカードにあるね」
利緒はそう言って、デッキケースから何枚かのカードを取り出す。
「ロガンの心臓とか、そのままのもあるし、名前が出てくるのも何枚かあるけど、それが?」
「俺、聞いたんだよ。『ロガンは何処?』って。リガンかルーガかも知んないけど」
ロガンと聞いて、クラカットは利緒の話していたカードのことを思い出したという。
しかし、利緒は関連しそうなカードを何枚か取り出してみるが、クラカットにはピンとこなかったようだ。
結局、そのお化けの正体については誰も何も分からないままだった。
「……あれ、皆どうしたのかな?」
トワスミナが来た時、部屋の中はある種の惨状であった。
机の上に散らばるカード。
大量に書き散らされた、得体の知れない化け物の絵。
化け物の絵は、現在進行形で増えている。
「これが俺が見た化け物だ!」
「いや、クラの見た姿ならこっちの方が近いだろう」
「こうすると怖いかも」
「……角」
「僕の怪物が一番格好いいだろ!」
怪しげなナニカは、誰に止められることなく、グングンとその存在を大きくしていた。
もはや、クラカットの頭の中に正しい答えはないだろう。
「……リオさん。『カァド』を準備いただけますか?」
トワスミナは全てを無視して、利緒に微笑む。
子供達と同じレベルではしゃいでいた利緒は、それを引きつった笑いで受け止めて、ケースに集めたカードを突っ込んだ。
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