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『黄の章』第5話:呼び出し案件

 利緒は許可をもらって、手付かずの庭に対して土いじりするようになった。

 長くこの世界にいるうちに、眠れない日々が続いたからだ。

 せめて疲れていれば、意識を失うように眠れる。


 子供達に、不安そうな顔を見せたくないと利緒は思っていたが、顔色悪く、クマがひどく目立つ様を見れば、いやでも気づく。

 時々、どこか遠いところを見ていることも含めて、皆気づいていた。


 それでも、平常に過ごそうとする利緒を見て、とやかくいう者はいなかった。

 そして、子供達もいつもと変わらないように、努めて明るく過ごしていた。


 利緒は1人でいるときは、ひたすら、ひたすらに土を掘る。

 鍬らしき物で、素人ながら懸命に土を掘り起こす。


 おかげで、来たばかりの頃ヒョロヒョロだった利緒にだいぶ筋肉がついた。

 食事のせいか、それほどがっしりとした印象は受けないが、日に焼けて、白い不健康さは影もなくなった。


 利緒は朝に目が覚めると、いつもの木板の天井に絶望する。

 しかし、同時にどこかホッとしている自分にも気づいている。


 夢にまで見た世界でも、それが現実となれば、理不尽だ。

 この世界に来て、半年近く経った。

 利緒は元の世界へと戻るきっかけすらも手に入れていない。


 元の生活の記憶が、少しづつ薄れている。

 利緒は、それが怖い。


 朝起きて最初にデッキケースを握りしめる。

 元の世界がある。その事実を忘れないように。



「トルトリンドさんが呼んでいる?」


 利緒に呼び出しがあったと、クラカット達、いつもの面々から告げられる。

 相手は、トルトリンドであった。


 クラカットのお爺さんであるが、それ以上に接点はなく、権力者からの呼び出しと、利緒は少し身構える。


「午後、トワスミナが迎え来るってさ」


 利緒の朝食をひょいとつまみ、食べながらクラカットは言う。

 案の定、タカオラに叩かれていた。

 いつもの光景に利緒は苦笑する。


「『カァド』持ってこいって言ってたよ」

「ふぅん。なんのようだろう?」


 トワスミナとの話以来、4ヶ月。

 近隣住人、子供達、見張りの人以外と交流のなかった利緒である。

 今更の呼び出しに、心当たりはない。


「トルトリンドさんかー。僕の喋り、大丈夫かな?」

「んー。充分だと思うよ?」

「そうね。むしろ初めは何もわかんなかったのに、リオ凄いよ」


 必要に迫られれば、人間どうとでもなるものだ、と利緒は思う。

 会話のサンプルの大半が子供相手のため、語彙や喋りに子供っぽさはあるが、半年経って利緒はそれなりの会話が可能となっていた。


「それじゃ、今日は何しよう?」

「おー、それな。今日な、面白い話があるんだ!」


 タカオラに叩かれてから大人しかったクラカットが、いの一番に声を出す。


「クラ、お化けの話だろ? 早く教えてよ」

「お化け?」

「そう、クラったら夜お化けを見たー、ってここ来るまでずっと」

「……なのに、リオのとこ行くまで詳細話さないって」

「ふぅん」


 タカオラ、ミチサガ、クロンそれぞれの不平にも動じないクラカットである。

 こうして、この日はトルトリンドの元へ向かうまで、クラカットの話を聞くことになった。

 内容は、クラカットが見たと言うお化けについて。


 利緒はみんなの分の水と、あるものを用意しに、席を立つ。


「で、どんなお化けなの?」


 皆に水を配り終わり、利緒は紙と筆を取り出した。

 最近、子供達と話をするときに、利緒は絵を描くようにしている。


 記憶の中の思い出を少しでも形にできるように。



 クラカットが語るには、お化けの話というだけあって、詳細はかなりふわっとしていた。

 なんでも、夜散歩をしているときに怪しい影を見たのだという。


 ひょいと木に登る青っぽいナニカ。

 好奇心に駆られて追いかけるが、すーっと木の上を渡っていってしまいには見えなくなったのだという。


「いや、それ危険じゃないか!?」

「だから、昨日の夜じーちゃんに伝えたよ」

「それだ!」

「あー」

「あんたねぇ……」


 利緒達、クラカットを除いて、は利緒がトルトリンドから呼ばれる原因を知る。

 一斉に声を向けられて、クラカットはビクンと肩を震わせた。


 本人は気づいているのか、いないのか。

 もし敵意があれば、クラカットの身が危うかった可能性もある。


「……まーまー。面白そうなのはここからな。リオ、ロガンて名前あったよな」

「ロガン?ああ、蒼のカードにある(・・・・・・・・)ね」


 利緒はそう言って、デッキケースから何枚かのカードを取り出す。


「ロガンの心臓とか、そのままのもあるし、名前が出てくるのも何枚かあるけど、それが?」

「俺、聞いたんだよ。『ロガンは何処?』って。リガンかルーガかも知んないけど」


 ロガンと聞いて、クラカットは利緒の話していたカードのことを思い出したという。

 しかし、利緒は関連しそうなカードを何枚か取り出してみるが、クラカットにはピンとこなかったようだ。


 結局、そのお化けの正体については誰も何も分からないままだった。


「……あれ、皆どうしたのかな?」


 トワスミナが来た時、部屋の中はある種の惨状であった。

 机の上に散らばるカード。

 大量に書き散らされた、得体の知れない化け物の絵。


 化け物の絵は、現在進行形で増えている。


「これが俺が見た化け物だ!」

「いや、クラの見た姿ならこっちの方が近いだろう」

「こうすると怖いかも」

「……角」

「僕の怪物が一番格好いいだろ!」


 怪しげなナニカは、誰に止められることなく、グングンとその存在を大きくしていた。

 もはや、クラカットの頭の中に正しい答えはないだろう。


「……リオさん。『カァド』を準備いただけますか?」


 トワスミナは全てを無視して、利緒に微笑む。

 子供達と同じレベルではしゃいでいた利緒は、それを引きつった笑いで受け止めて、ケースに集めたカードを突っ込んだ。

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