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『碧の章』第56話:ブレガの奥の手

「私、嫌なやつだ」

「急にどうしました?」


 利緒とブレガが睨み合う光景を眺めながらクーネアは深く息を吐いた。

 今のところは利緒が優勢に見えた。

 しかし、ブレガも負けてはいない。2人が笑っているのはお互いにその力を認め合っっているからだろう。


 それが、クーネアには悔しい。


「試練でリオに戦いたくないって言われたの、すっごい嬉しかったんだ」


 クーネアは少し明るい表情で、覇王の闘技場での利緒との会話を思い出す。

 アリアは特に反応を示すことなく、黙って聞いている。


「でもさ、ああやって本気で戦えるブレガに、ね……ちょっとだけ嫉妬してる」


 訓練場と屋内を隔てる柵の上で、クーネアは手を握りしめた。

 アリアはクーネアを一瞥して、利緒とブレガの戦いへと視線を戻す。


「……なるほど」

「アリア? 何か言った?」

「いえ、別に」


 クーネアには答えなかったが、アリアは心の中にある想いについて1人納得する。


「……ふぅん」


 なんとなくアリアの考えを察して、無感情にジトっとした視線を向けるクーネア。


「……面倒くせぇ奴らだ」

「それがいいんじゃないですか? 青春って感じで」


 一歩引いたところで、2人の静かな戦いを眺めるグウェイとネメル。

 アリアはお前よりよっぽど年上だぜ、という声をネメルは無視して、戦いを見つめる少女たちの後ろ姿をみて微笑む。


「……絶対にやめろよ」


 ネメルの、やっぱりリオ君に手を出してしまおうか、そんな心の声を読んだかのようなグウェイの忠告。

 やはりグウェイの声にネメルは応えず、一層笑みを強くするのだった。



【「暮泥む飢餓の帷」】


 空へ逃げられることを嫌って、利緒は天井を抑える魔力の壁を起動する。


 クーネアとの戦いでは、この魔法によって面の制圧を受けていたが、今回の目的は移動の制限であり、攻撃までは考えていない。

 利緒はひとまず空一面を覆い、ブレガの行動を抑える。


「……相変わらず、無茶苦茶だな!」


 ブレガは叫ぶ。このまま空と地面に挟まれるように攻撃されることは確実に回避したかった。

 ブレガは魔法に当たらないよう高度を落とし、展開が終わる前に右手に剣を持ち、空いた左手に魔弾石を取り出した。

 魔弾石とは魔法の威力の上昇を補助する直径1cm程度の小さい石である。


 いくつか石を握りしめて、即座に利緒へ向かって打ち出す。

 集中力が乱れ、魔法の制御が緩くなればそれでよし、最悪すきを作ることを狙ったこうげきだった攻撃だった。


 これに対し利緒は、「暮泥む飢餓の帷」の制御を手放して回避した。

 ブレガは、利緒と魔法の繋がりが切れたことを感じたが強い違和感に、空を駆ける。


 利緒のスキルにはいくつかの欠点がある。

 1つは、1つの能力ごとにクールダウンが必要であること。

 そして、もう1つは複数の魔法を同時に制御できないことである。


【異能「複製する偽造の手」】


 ただし、強化魔法を使いその効果を一定時間受けることができるように、例えば発動した魔法が消え去るわけではない。

 空を覆う帳は残されたままだ。

 空からの攻撃こそできないが、当初目的の移動範囲の制限の役目を十分に果たしていた。


 また、この異能は、コストの小さい魔法を繰り返し起動出来るもの。

 利緒の構える弓は、一撃必殺。当たればブレガの敗北は必至であった。


 訓練場の障壁を揺るがす一撃にブレガは内心穏やかでなかったが、どうにか利緒に向かい魔弾石を打ち込む。

 利緒は難なくそれを避けた。


 一瞬の静寂、先に動き始めたのは利緒だった。


 次から次へと飛んでくる矢に、ブレガはひたすら空を駆ける。

 利緒から距離を取り、時には外壁を足場に訓練場全体を動き回る。


 時折反撃の魔導石を打ち込むが、利緒はそれを少しの移動で簡単に避ける。


「距離があると、不利なのはブレガだよ!」


 攻撃の手を緩めることなく、利緒はブレガを追い詰める。

 利緒と違い、防御手段の少ないブレガに至近戦の選択肢はない。


「……これで最後だ」


 そう、この時までは。


 ブレガは地面に降りて、腰に下げた1本の杖を掴み利緒へと向けた。


「1本……だけ? っ!? いつの間に!?

「いつだと思うよ!」


 ブレガの仕掛けは、逃げる間に利緒の背後へ配置した杖。

 剣を媒介に、利緒の正面から炎を、背後から氷を。2面からの攻撃。


【「宝煌く百代の宮」】


 予想外の攻撃に、利緒は防御を選択した。

 選択してしまった。


 この一瞬で、ブレガは剣を両手に構えて、利緒へと迫る。

 利緒の視界から炎が消えた時に眼前に、剣を振りかざすブレガの姿。

 破壊不能は既に効果が切れている。利緒は咄嗟に地面を転がり避けた。


「魔法使いが剣使うってどうなのかな!?」

「これも魔法さ!」


 この特攻は利緒を退かすことに意味があった。ブレガは利緒の立っていた位置へと剣を突き刺す。


 ブレガを中心に、魔法陣が展開される。

 広がる領域は、利緒が避けたことで円状に配置された魔弾石を飲み込み、その効力を増す。


【「幻現す常世の裏」】


 今までのブレガの行動の意味を知ったことによる一瞬の思考の空白、利緒の眼に式が映ったのは一瞬だった。


 腹に拳の一撃をもらい、利緒は思わず空気を吐き出す。

 衝撃そのままに、訓練場の中央から壁に叩きつけられた。


「これが俺の切り札だ!どうだカンナリオ!」


 殴り飛ばした拳を突き出して、ブレガが吠える。

 視線の先には、壁からずり落ちる利緒の姿。


 もしこれが他の誰かであったなら、ブレガはクーネア達の元へ向かうか、もしくは叩きつけた相手を助けに動いた。

 しかし、ブレガは油断することなく、起き上がろうとする利緒を睨む。


【碧の魔法「紅枯る黄……


「そこまでだ!」


 訓練場に響くグウェイの声に、利緒とブレガの動きが止まる。

 利緒は魔法を起動しようと手を持ち上げた状態、ブレガは利緒に向けた杖とその先に展開した式を維持したままの状態で。


「命賭けたら、喧嘩じゃねぇからな」


 グウェイが利緒の頭を叩いて、収束していた魔力が拡散した。

 それを見て、ブレガも「幻現す常世の裏」を解除する。

 ブレガの顔面は蒼白で、緊張が解けたことで杖がなければ体が支えられないほど、自身が疲弊していたことに気付いた。


「とりあえずよ、お前らどう思ったよ?」


 程度の差はあれ、驚き利緒達を見ているクーネア、アリア、ネメルにグウェイが問う。

 残念ながら、誰一人この問いに答えられるものはいなかった。

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