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『碧の章』第54話:初心者たち

 寮はちょっとした喧騒に包まれていた。

 マギニアの才女クーネアと、永遠の美少女寮長アリアの2人が1人の男を挟みやってきたからだ。


 始まりは、たまたま3人を目撃した男子学園生だった。

 その光景のあまりの衝撃に走って寮へと戻り、見たままを話した。

 たしかに上辺だけを見れば、2人の美少女が1人の男子を取り合うように見えた。


 才能ある若者たちも、人並みの感情はある。

 むしろ年を考えれば興味の真っ盛りだ。


 学園生は男女問わず、おおよそ見た目のグレードが高い。

 しかし、そのプライドゆえ正直になれないものも多かった。


 ブレガなんかはその中でも上手く立ち回っており、家柄も含めて社交性の良さを発揮していたが、皆がそういうわけにはいかない。

 そのために、多くの男子生徒たちは不意に訪れた情報に、ある意味で踊らされていた。


「やあ、カンナリオ。予定よりも大幅に早いが、流石といったところか」


 寮を入ってすぐ、エントランスでブレガが利緒達を出迎えた。

 1週間の予定が3日で戻ってきたのだから、試練が上手くいったに違いないとブレガは睨んでいた。

 挨拶にクーネアとアリアの気がそれたため、これ幸いとばかりに利緒は間を抜け出す。


「なんでブレガがいるのよ」

「タラーラさんの方が良いのでしょうか」


 左右から聞こえた色々と恐ろしい言葉を、利緒は聞こえなかったと思い込む。

 露骨な2人の態度を見て、ブレガも状況が見えたが、今更遅い。


 利緒はクーネアとアリアの持つ荷物を奪うように取って、自分の部屋へと向かう。


「そうだ。ブレガ一緒に来てくれる?」

「……出来れば断りたいが、まあいいだろう」


 早足で自分の部屋を目指す利緒は、横を通り過ぎる前に声をかける。

 ブレガは乗り気でなかったが、この場に残されるのとどちらがマシかと天秤にかけ、問題を後

回しにすることを決めた。

 利緒を追いかけるように、階段を上る。


 残されるクーネアとアリア、そして遠巻きに一連の流れを眺めていた男子学生たち。


「……私の部屋に行きましょうか」

「……そうですね」


 寮長室へと入っていった2人を見送って、ようやっとギャラリーも動きだした。


「なぁ。なんだったんだ、あの空気」

「わかんねぇ。ただなんかロクでもない感じあったな」

「あとでブレガに話を聞くとしよう」


 先行して得た情報とは少々異る状況に、皆が首をひねる。

 「とりあえずカンナリオは敵」そんな共通認識だけが固まっていた。

 寮の玄関は色々と考察する男子生徒の群れで埋め尽くされていた。



「ブレガこういう時どうしたらいいの?」

「なぜ俺に聞く」

「だってブレガ慣れてそうだから」


 想定外な事態に、利緒は顔を両手で覆って、ブレガに打開策を求めた。

 扉を閉めて、開口一番ブレガに疑問を投げかける。


「俺はああいった場面に遭遇したことはないからな……。そんなことよりクーネアと一体何があった」


 質問に対し、ロクに答えることもせず、極めて真面目な表情で顔を寄せて問い詰めてきたブレガに、利緒は慌てて首を振る。

 思い当たることはないが、試練で戦って以降、あんな調子であることを伝えると、ブレガは腕を組んで悩む。


 一体何があったのか。むしろ利緒こそ知りたかった。


 利緒は荷物をそこらに投げ捨てて、ボフン、とベッドの端に勢いよく腰を落とした。

 いまいち納得のいっていないブレガは、腕を組んだまま利緒を見下す形で話を続ける。


「1つ聞きたいんだが、カンナリオ、お前の本命はどっちだ?」

「クー。アリアは最初のごちゃごちゃがあって正直苦手意識が強いかも」

「即答、ね。お前のクーとの距離近くて羨ましい。滅びろよもう」


 ことクーネアのことに関して、ブレガは壊れるきらいがある。

 利緒はブレガとの距離が近くなったように感じた。

 自分が有利である、という前提があって成り立つ黒い感情であったが。


「それにしても、2人とも本当にどうしたってんだろう」

「遅めの思春期だな。変に振り切れちまったもんだから距離感わかってねぇんだろ」


 野郎2人、利緒とブレガしかいないはずの部屋に聞こえる第三者の声。

 2人は勢いよく声の方へと目を向けた。


「アリアなんかこじらせ過ぎてて、笑っちまうぜ」


 三階の利緒の部屋。窓の外に笑う老人が1人窓枠に手、足を掛けていた。


「ディスティマン先生、何をしてらっしゃるので?」


 窓から部屋へと入り込むグウェイに、流石のブレガも呆れた声を出す。

 グウェイは靴を脱いで、窓の外へ向かって土を払う。

 利緒は古布と下履きをグウェイに差し出した。


「入り口んとこは青春真っ盛りのボケどもが邪魔でな。直接やってきた」


 グウェイはそれらを受け取って、布の上に靴を置く。


「ところでカンナリオ」


 下履きを履いたグウェイは、ところで、と切り出してから、いきなり利緒の腹に拳を一発撃ち込んだ。

 言動と行動に繋がりの見えない一瞬の出来事であったが、利緒は拳が腹に当たる前に手を差し込み、ベッドから跳ねるように飛ぶことで衝撃を殺す。


「殺意がなくても受けられるようになったか。《盟符》はないが成長できてるみたいだな」

「魔力込めた一撃は死ねるから。本当に何考えてんの、この爺さん」


 グウェイはカッカと笑い、利緒はグウェイを睨む。

 そのやり取りを見て、ブレガは引き攣るような苦笑いを浮かべる。


「まあいいや。これから真面目な話すんぞ」


 ひとしきり笑った後、一転、グウェイは軽い空気をピタリと止めて本題を切り出す。

 利緒とブレガも空気につられ、背筋を伸ばした。


 アルドの話にあった、偉大なる三頭が1人「《地震》ニーアムナイクロティープ」を目指すという指令について、グウェイの話が始まった。



 クーネアとアリア。

 利緒、ブレガがグウェイの話を聞き始めた頃の寮長室。


「クーネアとリオさんの距離がものすごく近くなったように見えました。おかしいです」

「アリアこそリオとあそこまで近くなかったじゃないですか」


 部屋の空気は、非常に重かった。

 3日前は、アリアさんとクーネアさんだった呼び名が変化していることも、彼女たちの心の変わりゆく様を象徴していた。


 正確なところ、お互いになぜこうなってしまったのか、冷静に判断できていなかった。

 もしクーネアの友人達(3人娘)がこの場にいれば、目を輝かせて教えてくれたに違いない。

 それは嫉妬という感情だということを。


 当事者2人ではその答えにたどり着かない。

 なんとなくイライラするが、その感情の出所がわからない。

 初めはほんの少しの興味だった。それが、自分以外の誰か、という要因によって燃え上がる。

 結果、相手を牽制するように、我先にと利緒に抱きつく結果となった。


「アリアに試練の同伴を変わってもらったこと、感謝してる。マギニアの大先輩で尊敬もしてる」

「クーネアはよく努力しているし、人のためを考えられる素晴らしい人です」


 お互いにただ嫌悪しあうだけではない、それなのに……。


 モヤモヤとした想いを抱える2人。

 そのにらみ合いは、この後グウェイがやってくるまで、ずっと続いていた。

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