『碧の章』第4話:扉を開ける簡単な魔法
しばらくして、「路示す雷の指針」の妖精が不思議な動きをした。
先に進もうとしては、何処か戸惑うように下を向く、そんな行動を繰り返す。前には扉があり、どうやらそこから先に進めないために起こった挙動のようだった。
「リオ、これ扉を開けないとダメだよね。」
「2人で開けられるかな」
石の扉は、一枚岩がぴったりとはめられていて、綺麗な彫刻が施されていた。
取っ手があるようだが、引いても押しても横にスライドさせようとしてみても、ピクリとも動かすことはできなかった。周囲に扉を動かすようなカラクリは見当たらず、どうやら自力で開ける必要があるようだ。
「閉じている扉があるって事は、アグロギアも回収されてないってことよね。」
リオは開け方、覚えてないの?と杖でゴンゴンと扉を叩きながらクーネアが言う。残念ながら利緒には身に覚えのない内容で、もっと言えばシナリオにもそんな細かい内容は載っていなかった。
そもそも、シナリオ上の遺跡探索自体、そう長い内容ではなかった。道案内がいて、手強いガーディアンを倒して、目的のアグロギアが手に入りました。利緒にはその程度の情報しかない。
(……が、ここは「ファンタズム・ゼノクロス」の世界。それ自体がヒントだ)
利緒はここを突破する方法について1つの案が浮かんでいた。
「魂写す翡翠の目」「路示す雷の指針」のようなカードによるスキルは他にもあり、そのどれかが鍵となるのではないか、ということ。公式で公開されていたカードは、フレーバーテキストまで完璧に覚えた、そんな自分が呼ばれたことにはきっと意味がある。
利緒には根拠と言えるか分からない微妙な自信があった。
「ちょっと、試したいことがある。」
利緒はニヤリと笑うと、状況を解決するべく、碧の魔法を想起する。
◇
ゴゴォンと、音が鳴り響き、道を塞いでいた扉は音を立てて崩れ落ちた。
結論から言えば、碧の魔法をもって岩の扉を攻略することができた。しかし、その方法は決してスマートなものではなかった。
【碧の魔法「魁謳う天星の詩」】
【碧の魔法「躰廻る朋の叫喚」】
という2つの失敗。
それぞれカードの効果は、プレイヤーの体力の回復、ユニット1体の行動権回復である。
回復効果により扉を動かすカラクリが戻らないか、という期待からの魔法であったが、結果として何も起こらなかった。
初めの魔法では利緒から光が発せられるのみで扉に変化は起こらない。
次の魔法でも淡い光が利緒の前に現れたものの、しばらくして光の粒子がゆっくりと拡散していった。
少しの沈黙があって、クーネアの目に懐疑的な色が見えはじめたため、利緒は焦って3つ目の魔法を唱えた。
【碧の魔法「鋼砕く狂鬼の纏」】
光が利緒の全身を覆い、力が跳ね上がったことが感覚でわかった。鋼を砕くほどの力、岩の扉が壊せないはずもないほどに人体を強化する。もとのカードの効果は、ユニットの攻撃力、生命力のターン限定強化という強化魔法だった。
「これなら……っ!」
利緒は拳を握り、扉に向かって拳を突き立てる。
魔法により圧倒的に強化されたその腕は、岩を砕く。
ひび割れた扉は自重に耐えきれず、左右に開くようにして倒れこんだ。
「リオ、力技で押し切りましたね。」
「結果として、障害は消えさった。なら方法に間違いはないよ」
「そうかなぁ」
クーネアは、魔法を唱える前とは違う意味で、どこか疑うような目で利緒を見る。その喋り方からは、初めの丁寧さが少しだけ解けてきていた。
「ところでリオの使った魔法だけど。「魁謳う天星の詩」は聞いたことがないけれど、どんな魔法?」
「僕みたいな存在の傷を癒す?とかそういう魔法。遺跡の機能が復活するかな、と思ったけどダメだった」
フレーバーテキストは「異界の言語で綴られた首魁との契約の言葉は詩として受け継がれる。」遺跡がプレイヤーのアバターである高位生命体の手によるものであれば、という希望的観測であったが、残念ながらその希望が叶う事が無かった。
「あと「鋼砕く狂鬼の纏」なんだけど、私以上の効果がありそうです。」
「そうなの?」
「うん。基本的に開戦と同時に唱え得られるほど優秀な魔法ですが、実際に鋼を砕くほどの強化というのは私も聞いたことがないです。」
クーネアはそういうけれど、「鋼砕く狂鬼の纏」を使えるのであれば、シナリオでもきっとこの方法で乗り越えたに違いない、と利緒は思う。
(……これは決して負け惜しみなんかじゃないから。)
扉の前で話す2人を横に、崩れ落ちた扉の上を雷が横切る。障害物が無くなったことで、妖精は当初の目的である案内を再開した。
「……ところで、あれが壊せるくらいの力があれば、扉を動かせたのでは?」
「あっ」
崩れた岩の欠片は、思ったよりも軽かった。
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2017/08/06「利緒」の名前が「莉緒」になっていた部分の修正。
2017/09/04 レイアウトの調整