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『碧の章』第48話:『ル』

 『ル』とは、魔力の効率的運用に長けたものに送られる魔導名である。


 幼い頃、クーネアは人よりも魔力が少なかった。

 そのため、結果を出すにはその魔力をいかにうまく使うか、という技術が求められた。

 式の類似した部分を重ねたり、陣の生成コストを下げるために効果を単純化し簡略化したりと試行錯誤を繰り返した。


 そんなクーネアはある時から魔力量が伸び始めた。

 世間一般では、幼い頃から成長率は大きく変わらないと言われているが、その例外の一例となった。


 魔力量が多く、それを効率よく扱える、という二つの才能は、クーネアに二つの道を示した。

 一つは、キ・ディスティマンの下、壊滅の名を受けること。

 そしてもう一つが、 《愚かな賢者》ニュイセル・ル・カイオンに師事し、マギニアの人間の言う弱者(・・)のための研究をする道。


 クーネアは幼少、魔力の少なさ故の経験もあり、ニュイセルの思想に大きな感銘を受けた。

 それを己の理想とした。そして、そのために力を注ぎ成功した。

 ブレガを始め、それを快く思わない人達はいたが、それでもどうにか結果を出してきたた。


 選んだその道に間違いはないと思っていた。


 今日この時までは。



「【影貫く蛇の弓弩】……!」


 クーネアの魔法は、利緒のそれに比べるとだいぶ小さい。

 しかし、その数が圧倒的に違った。


 強化した身体能力でドルボーゾンの一撃を大きく躱し、魔法の矢を構える。


 その数、20。


 数多く展開された魔法を見て、ドルボーゾンは左腕を顔の前に構えた。

 頭だけを守って突進する巨躯に、クーネアは矢を放つ。


 まず10の矢が飛び立って、ドルボーゾンの体に突き刺さって消えた。

 厚い皮をうっすらと傷つけていくらか血を流させたが、致命打には至らない。


 一目で威力がないことを見抜くや否や捨て身の特攻を選んだドルボーゾンに対して、クーネアは自分の見立てが間違っていなかったことを確信した。


 クーネアに向かうドルボーゾンの勢いは止まらない。


 クーネアは矢によるダメージは諦めて、牽制のためにドルボーゾンの足元へと残る矢を打ち込んだ。

 目的は、足を止めること。ただし狙いは床だ。


 ひび割れた床に踏み込んだドルボーゾンの足がほんの少しずれた。


 頭部を守るためとはいえ、左腕で自身の視界をふさいだ状態である。

 その上で突進の最中ともなれば、器用に壊れた床を回避することは難しい。


 大きく滑る前に、強く床を踏み抜いて姿勢を無理やり維持したが、その一瞬でクーネアはさらに距離を取る。


 ドルボーゾンが振り抜いた鉈は宙を切った。


 空いた顔面に向かって、残った1本の矢が放たれる。


「ガアァァァ!」


 咆哮とともに振り上げた鉈によって、1本の矢は打ち砕かれた。

 力技で魔法を防いだドルボーゾン。クーネアを睨む目が一層強くなる。


 さて、ドルボーゾンの回避行動に時間を費やしていた間に、既にクーネアは次の魔法を起動していた。


【霧払う深緑の礫】


 矢による牽制と礫で囲う連携は、利緒とジルモーティンの戦いで見た動きだ。

 威力、異能など利緒だからできた部分は、魔法の数とそれぞれの制御で補っていた。


 ドルボーゾンは陣の展開とほぼ同時にクーネアとは逆の方向へと飛び出した。

 利緒と違い、行動を止めてからの展開でない事に加え、ドルボーゾンのあまりの判断の速さに発動まで至らなかった。

 距離を取るドルボーゾンに対して、クーネアは攻撃を諦めて、展開していた礫を消して、矢を構え直す。


 戦いの開始前よりも距離を離して、2人は再度向かい合った。

 会場はこの瞬間、静まり返っていた。


「……なんトォ!なかなかやりまス!これは驚き最近の学生さんはやるもんダ!」


 少し経って、実況の声が会場に響いた。

 道化の台詞に合わせて、闘技場に音が戻る。

 ドルボーゾンを罵倒する声、クーネアを褒め称える声。その逆も然り。

 固唾を飲んで見守っていた反動もあって、とにかく観客たちは沸いた。


 対して、闘技場で対峙する2人の心境はあまり良いものではない。

 特にドルボーゾンは、魔法の厄介さに苛立っていた。


 さて、ニュイセルは、その才能を力なき者たちに捧げたが故に、愚かと呼ばれていた。

 今までのクーネアも同じ道を辿ってきた。


 だが、いまこの場でクーネアが求めるモノは純粋な力で、一種の暴力だ。

 己の理想を踏み躙る様は、愚かと言わずなんというのか。


 同じ愚かであっても、意味が違う。

 ニュイセルは愚かな賢者と呼ばれる自分に誇りを持っていた。

 しかし、クーネアの愚かさは単純に侮蔑の言葉だった。


「……でも、リオと出会ったことは間違いじゃない」


 道を踏み外すきっかけは、間違いなく利緒との出会いにあるとクーネアは思う。

 それでも、それが悪いものだとは決して思わなかった。


「ニュイセル先生、ごめんなさい」


 覇王の試練は力を求める。

 クーネアにとってそれは、力を振るう心の試練となった。


 目を瞑り、首を振って迷いを振り払う。


 見開いた碧の双眼は、覚悟の色を強く秘めていた。


 『ル』とは、魔力の効率的運用に長けたものに送られる魔導名である。

 ことここに至って、クーネアはその効率を敵を打ち倒さんがために使っていた。


 しかし、それもまた『ル』の名を継ぐに相応しい才能である。


 クーネアの周囲に渦巻く魔力が、殺意に歪められ魔法になろうとしていた。

 そのことを知覚していたのは覇王ただ1人。

 クーネア自身も含めて、その場の誰1人気付くことはなかった。

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