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『碧の章』第47話:クーネアの状況について

 クーネアが覇王によって転移させられた直後のこと。クーネアは気がつくと、不思議な場所にいた。

 辺りを見回すと、広い石で囲われた部屋で、様々な亜人達がいた。

 竜人、獣人、魚人、その誰もが防具を身にまとい戦いに備えているように見えた。


 中には人間と思わしき男もいたが、丁度クーネアが声をかけようと思ったその時に、別の誰かがやって来て、そのまま2人で部屋を出ていってしまった。


 辺りの喧騒に理解が追いつかずクーネアは壁際にあった木箱に腰掛けて、そのまま壁にもたれかかる。

 目を瞑って、頭の中を整理する。


 ここはどこか、直前に聞こえた声によれば、こここそ試練の場である。

 試練とは何か、ここにいる者達と何か関係があることなのか。

 そもそも彼らは誰か、装いを見れば、戦うためにいることはわかるのだが。


 思考に沈もうとしていたところ、遠くから音が聞こえることに気がついた。

 意識を集中すると、それは歓声であるように思った。


 それから少し経って、先ほど出ていった男が戻ってきた。

 顔は笑っていて、その身体には血が飛び散っていた。


 快活に話す当人には恐らく怪我はない。そうなれば、大量の血は男が手に持つ剣で切りつけた相手のものだろう。


 ならば……。


「クーネア!クーネア・ル・ルナフィアはいるか⁉︎」


 部屋に新しく入って来た男が叫んだ。黒いスーツを筋肉でパンパンに張らせた、顔の怖い男だった。


「私が、クーネア・ル・ルナフィアです」

「お前か!準備はいいな⁉︎」


 とりあえず名乗りを上げただけで、何のことかわからないクーネアには準備も何もない。

 しかし、そんなことに構うことなく、男はクーネアの腕を掴み、部屋の外へと向かおうとした。


「掴まなくても、ついて行きます」


 男の手を振り払って、クーネアは言う。

 やり取りを見ていた一部がヒュゥ、と口笛を吹いて囃し立てる。粗野な言葉遣いに、人を馬鹿にするような態度で辺りがドッと沸いた。


 一瞬、男は怪訝そうな顔を見せたが、クーネアが追従する意思を示したため、それ以上何も言わず先へと進み始めた。

 クーネアも辺りの野次馬達を無視して部屋から出ていった。


 男の背中を追いながら、クーネアは準備は自分の状況を振り返る。

 幸い、装備は迷宮に挑戦する時のままで万全の状態と言えた。何が起きてもいいように、魔法がいつでも使えるように意識する。


 初めにいた部屋から曲がること数度。そこそこの距離を歩いたところで、上り階段が見えて男が立ち止まった。


「さあ、ここからは1人で上がっていけ」

「……何があるの?」

「戦いだ。そうだな、とりあえず俺はお前を応援しているぜ。」

「応援?」

「ああ」


 行きて帰って来るようにってな。


 男はクーネアの背中をトンと叩いて、1段目へと押し出した。クーネアは石段をそのまま登っていった。



「さあ、続きましては学術都市よりルナフィア嬢にお越しいただきましタァ!」


 開けた場所に出て、何事かと戸惑うクーネアの耳に大きな声が聞こえた。

 そこは円形状の闘技場で、囲う石壁の上には多くの観客でごった返していた。


 声を張り上げているのは、道化の面を被った男。

 なにがしかの魔法が使われているのだろう、男の声が会場中に響き渡る。


「なんと彼女。この歳にして『ル』を冠する才女であらせられマス! 学術都市には系統によって魔導名が与えられるのですネ! そう、悪名名高い《壊滅の大魔道》が『キ・ディスティマン』と呼ばれるようニ!」


 男は大げさな身振り手振りで、会場を左右に動きながら、解説を続ける。


「しかぁし、ここはコロッセオ! 歴戦の戦士を前に女の子に何ができるってんダァナ!」


 道化はクーネアの近くまでやって来て、睨め付けるような仕草で仮面を近づける。

 仮面に隠されており表情が全く見えないが、凄まれている、または挑発されていることがその動きから読み取れる。


「まぁボクちゃん程度じゃピクリともしないこの娘も、本物を前にしたら泣いちゃうゼ! そうだロォ⁉︎」


 今度は、クーネア出てきた入り口の反対側の出入り口へと向かいながら、道化が観客達に訴える。

 余りに雑多な叫びのため、何を言っているかは分からなかったが、クーネアを蔑むという点で一致していたことは分かった。


「さぁ、本日のお相手はこちラ! 『《暴力機械》ドルボーゾン』の登場でェス!」


 道化の声の合わせて、入り口からヌッと巨大な身体が現れた。


 豚のような顔と、丸い腹を持つ巨体の亜人。

 皮の腰巻と胸当てを装備し、両手にそれぞれ大きな鉈を持っていた。


「これから投票。お前らお好きな方に賭けるんダァ!」


 道化が場を盛り上げている間に、ドルボーゾンが中央へとやって来た。


 さすがにここまでくればクーネアもこの場所がなんたるかが分かった。

 恐らくここで勝ち抜くことが試練なのだとあたりをつけて、クーネアも覚悟を決め、ドルボーゾンの側に近づいていく。


「ドルボーゾンさん、お手柔らかにお願いしますね」


 試練である以上、負ける気は無い。

 相手が怒って手が単調になれば儲けもの、クーネアは一種の挑発も兼ねて、笑顔(・・)で声を掛けた。

 自分が勝つけれど、いい勝負をしましょう? と言外に思いを込めて。


 しかしドルボーゾンの態度は変わらない。むしろ、クーネアの台詞に眉間の皺を深くして鉈を持つ手に力が入った。

 この態度を見て、クーネアもこの相手に対しての警戒を一段階引き上げた。


 もし、相手が油断しているなら開始早々の魔法で決着がつく。それだけの自負がクーネアにはあった。

 それなのに、軽口は道化の演じる見せかけだけ。ドルボーゾンに一切の隙がない。


「……失礼しました。どうかよろしくお願いします」


 相手が本気で掛かってくる以上、クーネア自身も覚悟をもって臨まなければならない。

 そして魔法という力があってなお、ドルボーゾンは自分よりも強者だった。

 挑戦する以上、相手に敬意を払う。今度は、心からの言葉だった。


「ルナフィアちゃんは親交深まったかナ? そろそろ始めるから、少し離れてネェ」


 そろそろ賭けも締まったのだろう、道化が声を掛けて来た。

 道化の登場に、クーネアとドルボーゾンはお互い距離を離した。


「そいじゃあ、そいじゃあ始めるよン!」


 ゴホン、と態とらしく咳を立てて、道化は戦い前の口上を語る。


「《マギニアの才女》対《暴力機械》、始メェ!」


 合図と同時に、クーネアは強化魔法を起動する。

 その視界には、高速で迫り来る巨体と、いざ振るわんと構えられた鉈が映っていた。


 ここは、覇王が誇る最大級の闘技場。たどり着くには、覇王から許可を得るか8層から先に実力で進まなければならない。

 未だ利緒達が到着するには遠く、クーネアは独り試練を越えなければならない。

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