『碧の章』第46話:思うようにいかない試練
キャリン、何かが地面で跳ねる音がした。
クーネアが消えてから1時間。利緒とジルモーティンの2人は5層にいた。
竜人強化週間とでもいうのか、5層まで進んでなお、出てくる魔物は竜人ばかりであったが、装備は豪華になっていた。
耐久も上がっているのだろう、一撃で倒すことは難しくなっていた。
そんな中、宙に消えて行く光の粒の中に、金属質の何かが落ちていた。
利緒はそれが何かをよく確かめないまま、隙を見て拾い上げた。
背後から襲いくる大剣を避けて、兜を被っていないことをチラリと確認してから顔面に裏拳を叩き込む。
吹き飛ばされた竜人の行き着き先はジルモーティン。
ニヤリと笑うジルモーティンが、待ってましたと拳を振りかざして、戦いは終幕した。
「ねぇ、こんなものを拾ったんだけど何かな」
戦闘時間が伸びているため、即次に、というように簡単には進めなくなっていた。
戦闘の休憩の合間に、利緒は手のひらに収まる拾得物をジルモーティンに差し出した。
「ああそれは『試練の硬貨』だな。それをたくさん集めると8層でいいもんと交換してくれる」
「良いもの?」
「等級の高い回復薬とか、質のいい武器だな。試練によっては契約の条件だったりするらしい」
改めて見てみると、フルフェイスの豪華な兜の横顔が描かれている。
数字などはないようで、記念コインようだと利緒は思った。
「数を集めないにしても、そいつを持っているといいことあるぜ」
よっと、伸びをしながらジルモーティンは言う。
「迷宮と同じ材質なのか壊れないんだ。飛び道具に最適なのさ」
ニカリと笑いながら利緒の下へ、コインを親指で弾いた。
利緒は空中で回るそれを、パシンと受け取った。
「ちなみに試練ごとに乗っている肖像が違う。それは覇王の横顔だ」
「ふぅん。投げるのに躊躇する理由がなくなる情報だね」
利緒の中で、覇王の評価は一段と低かった。
◇
「次、左4体!こっち6体を受け持つ!なるべく近づかせないようにしろォ!」
ジルモーティンの怒号が飛ぶ。
敵が強くなるのに合わせて数もまた暴力的に増えてきた。
直近に10体、奥にはそれが3グループほど見えた。
階層が進むにつれて、迷宮の一本道は曲りくねり、次の階層までの距離が伸びている。
視界に見えている魔物の奥には曲がり角。その奥にもいる可能性があり、嫌な汗が背中を流れる。
利緒は強化魔法を重ねがけし、ナイフを力任せに振るう。
いくら素人でも、圧倒的な力があれば、敵を倒すことができる。
利緒の一振りで竜人が一体、首と胴体を分かちた後、光に変わった。
「カンナリオ、お前魔法はどうしたァ!?」
ジルモーティンは右腕から発生する陣で爆発を起こす。
正拳突きを受けた1匹が吹き飛び、発生した暴風が後続の足を止める。
「一度使うと次使うまでに時間必要なもんで、無駄遣い出来ないんですよォ!」
利緒は動きの止まった群れに突っ込んで、その一体にナイフを突き立てた。
鎧の隙間を縫って体に潜り込んだそれは、一瞬嫌な感触を伝えるが、直ぐに抵抗が無くなり、止めの一撃になったことが分かる。
鎧の隙間から光の粒が飛び出して、そのうちに鎧ごと消え去った。
「覇王とやりあう可能性ある以上無茶はまずいか……。くっそ面倒だなァお前ェ!」
お互いに、敵を倒す手を緩めない。
そのため、背後にいるであろう味方に向かって叫びながら会話をする。
「ジル、奥からお代わりだ!」
「まだ増えるか!楽しくなってきたなぁ!?」
道が狭くなった上で敵の数が増えているため、自分達にとって有利なポジションの確保も難しい。
「ジル、よくこれを右腕縛りで進めるな!」
「普段はこうじゃねぇ!流石にこれはきつい!」
あまりにも面倒な状況に、2人に奇妙な連帯感が生まれていた。
ジルモーティンと逐一呼んでいては、時間がかかるためいつしか利緒はジルと呼んでいた。
「クー、大丈夫だよな……」
自分の境遇は彼女に比べてましなのか。
クーネアはもっとひどい状況に置かれていないか。
利緒の心配のタネは尽きず、焦燥の思いは強くなっていった。




