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『碧の章』第36話:《盟符》

「魔導具は合わんようだな」


 4日間、利緒は魔力回復薬と過ごした日々を終え、用意された全ての魔導具を試し切った。

 残念ながら、そのいずれも利緒の欠点を補うには足りず、次の手段を考える必要がある。


「そういやカンナリオ、《盟符》って知ってるか?」

「《盟符》ですか?」


 グウェイのいう《盟符》という単語。

 ファンタズム・ゼノクロスのカードがそう呼ばれていたな、と利緒はルールブックの記述を思い浮かべた。

 ただ、デッキなどといっても通じまいと利緒は知らないふりをする。


「正式には《盟約の護符》っていってな、つってもだいたいそう呼ばれてる」


 そう言いながら、グウェイが取り出したのは6cm×9cm程度の薄いカードだった。

 材質はプラスチックに似て適度な弾力があったが、軽く力を込めた程度では曲がらず耐久力がある。


 表には実写的ではない、イラストめいた人物がそれぞれ描かれており、裏には共通の紋様。


(ファンタズム・ゼノクロスの背面イラスト?)


 利緒に見覚えのあるそれは、色や形に一部違いがあったが、ファンタズム・ゼノクロスのそれだった。


「俺の「玖闢く原初の理」に必要な魔法、その起動に使っているのがそれだ」


 グウェイに言われて見てみれば、剣や斧など、それぞれが持っている武器はあの時の魔法で示されたものであった。


 人物像に被せるように、中程に模様が描かれている。

 カードの配置と同じであれば、これがそれぞれの名前なのだろう。


「これ、どう使うんですか。」

「ん? 魔導具と同じように使えるはずだぜ」


 グウェイのアドバイスの通り、魔導具にしたように、魔力を流し込むイメージを浮かべるが何も起こらない。


「カンナリオ、多分それ、魔力が足りてねぇな」


 今の利緒の魔力量は5。これで使えないとなると、当初目的である、利緒の魔力を効率よく運用する手段にはなり得ない。

 9枚の《盟符》、そのいずれも利緒に使える気配はなかった。


「これ、他に《盟符》無いんですか?」

「魔導具を封印したのもあるが、これは多分、お前にはあわねぇ」


 グウェイが新たな《盟符》を取り出す。利緒は持っていた《盟符》を、魔導具を封印したものと交換する。

 新たに受け取ったものは、靴らしき物が描かれていた。


「「宙踏む疾風の沓」の魔石を組み込んだ、空を飛ぶための魔導具だ」


 使えそうか、というグウェイの問いに、利緒は魔力を流し込む。


「これは行けそうですね」

「そしたら、足に装備するつもりで起動してみろ」


 グウェイの言う通りに、イメージして利緒は《盟符》を起動した。


 魔法陣が展開されて、光の粒子が現れる。

 それはそのまま利緒の脚元で銀色のブーツに変わった。


「……これは合わないですねぇ」


 具現化するにあたって、利緒の魔力が2単位消費されていた。

 それだけ使って魔導具を装備しただけ。魔導具を起動するには、さらに魔力が必要なようだ。


「もしも食料とかも《盟符》に出来るなら回復の早いカンナリオの利点が生きるかもしれねぇが、魔力のないものは《盟符》になんねぇんだ」

「それただの運搬役じゃないですか」

「今のままだと、お前自身がお荷物だからな。役割あるだけマシだろ」

「うぐっ」


 カカカ、と笑うグウェイに、利緒は言葉にできず唸る。現在の利緒は参加必須だが、ただの足手まといである。


「……ちなみに、これ500くらい持ってかれたんですけど、普通どれくらいで起動できるんですか?」

「1/10だな」

「おーぅ……」


 何がどうしてそうなっているかわからないが、利緒はその魔力的特徴と引き換えに利便性を投げ捨てているらしい。

 特別、と言う言葉の響きは憧れるが、今は普通が良いと利緒は思う。


「そういえば、これ、どうやって戻すんですか?」


 履いたままの靴を指して、つま先でトントンと地面を叩きながら聞く。


「施設があるから、そこ持ってく」

「施設?」

「金銀の嬢ちゃんとこの国の技術でな。向こうから専用の術師招いてんだわ」


 そこらへんに置いておけ、というグウェイの指示通り、利緒は靴は脱いで魔導具の山の隅の方に置く。

 やはりそう簡単に、力を得ることはできないらしい。



「リオくーん」


 《盟符》で消費した魔力の回復も兼ねて休憩していた利緒の元に、ネメルがやってきた。


 二つ名が見えて以来、ネメルの距離感が異様に近い。

 今も利緒のもとに着くやいなや、利緒を抱きしめていた。


 意識していなかった時は、白衣に隠されているが実は露出が多い服装だ、としか思っていなかった利緒だが、抱きしめられると布の薄さも相まって嫌でも意識させられることがある。


 白衣がボディラインを隠していたのだろう。見ていただけではわからない神秘がそこにあった。頭に当たるそれに、利緒は「寿限無」で対抗していた。


「ネメル。ごめん本当勘弁して」

「リオ君は相変わらず真面目だね」


 ネメルは笑いながら、利緒を離した。


 《堕ちたる夢魔》の事についてネメルと話してから、呼び名が変わった。

 ミッター先生と利緒は呼んでいたが、ネメルがそれを拒否。

 名前で呼ばないとどうなるかわからないよ、とクーネアの方をチラリと向いた事が決定打となった。


 単純接触が増え、クーネアをはじめとした女子連中から冷ややかな目つきで見られるようになった。

 しかし、選択肢次第では極寒に貶められる予感すらあり、それに比べればマシだろうと利緒は自答する。


 一時、クーネアが何ともいえないジトッとした視線を利緒に向けるようになった。利緒がどうしようと慌てていると、そこは流石にネメルも見るに見かねて取りなしをした。

 自作自演だろうと利緒は思ったが、上手くいったのならあえて危険を犯すこともあるまいと、内心を押し殺してただ感謝した。


「ところで、リオ君は何をしてるの?」


 ネメルは山のような魔導具をいくつか持ち上げて、色々と弄りながら質問を投げかける。


「グウェイさんから《盟符》を教えてもらったから試してたんよ」

「《盟符》?」


 指輪型の魔導具の装着しようとしたところ《盟符》の単語に反応して、ネメルは利緒の方を見た。


「リオ君、《盟符》使いたいんだ?」

「え、いや、僕使えなかった……よ?」


 利緒が答える最中、ネメルの手元で魔力が収束する。

 数秒ののち、ネメルの手にあるものが現れていた。


「ふふふ、リオ君にはこれをあげよう」


 ネメルから手渡されたそれは、ネメルらしき女性の描かれた《盟符》だった。

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