『碧の章』第32話:一難去って
利緒が目を覚ますと、見慣れた天井があった。
ここ最近は、自分の意思をまるきり無視して意識が刈り取られる事態が多かったため、状況の把握も早かった。
ただし、即座に行動に移れるわけでもない。
気だるさのなか、ぼんやりと最後の思い出しながら、天井を眺めていた。
「カンナさん?」
天井への視線を塞ぐようにアリアの顔が現れた。
利緒がこの光景を見るのは、初めて気絶したとき以来だろうか。
普段は微笑を浮かべる程度で、あまり表情を変えないアリアだったが、視線が合った瞬間、あからさまにホッとしたような表情を見せた。
「リオ!心配したんだよ!」
クーネアもベッドの側にいたようだ。アリアが動いたのを見て、利緒が起きたことに気づいた。
いつまでも心配をさせているわけにはいかない。利緒は起き上がろうと、ベッドの上へと手をついた。
グラリ、と倒れる。持ち上げようとした体は重力に逆らえなかった。
頭が再度枕に沈む。
「まだ、起きないほうがいい」
低くお腹の底に響く声。
せめて顔だけと、首を回して声の方を見ると、青い肌の男。
その隣にはネメルがいて、目が合うと、唇の端を少し持ち上げて軽く手を振った。
「カンナリオ、君に休息が必要であることは承知しているが、最優先に伝えるべきことがある」
アルドは相変わらず淡々と語る。
「……僕も色々気になることがあります」
「質問があればこちらの用件が終わった後、答えられる範囲で答えよう」
彼女たちも話を知りたがっている、とアルドが視線を向けた先には金銀2人の少女。
「どうも初めまして。私はカナカ、こっちの銀髪がギンコです。あの、本当は倒すつもりでいたんですが、力及ばずでした」
「ギンコですー。格好付けで終わってしまいました……」
自己紹介をして、自分の失敗を語って。
振り返って思い返す己の言動、行動のあまりの道化っぷりにシュンとする2人。
「なに、お前らのアレがなけりゃ、アルドが動かなかったからな」
良くやったぜ、と笑いながらグウェイはカナカとギンコの頭をワシャワシャと撫でる。
少しだけ迷惑そうに、しかし褒めてもらったことは嬉しくて邪険にできない、そんな2人。
ネメルは笑いを堪えながらグウェイとカナカ、ギンコを見ていた。
「……それでは話を始めようか」
アルドが目を瞑り、ふぅ、と息を吐いた。
騒がしかった部屋中が静かになる。
ゴクリ、と唾を飲み込む音が聞こえた。
◇
「《神無》とは、今から300年前。我が主人、ロガンの元にいた精霊である」
アルドの説明は《神無》と、アルドの主人であったロガンについてから始まった。
当のアルドは、ロガンに作られた人造生物の一体だと説明は続く。
マギニアでその事実を知るものは少ない。
クーネア、ブレガ、ネメルの3人はこの事実に衝撃を受けていた。
「主人は類を見ない発想と実現するだけの力を持っていた。フェスタルガンドを動かす動力炉も主人が発明したものだ」
クーネアが見つけたアグロギアは、ロガン由来のものだという。
「当時、あれは《ロガンの心臓》と呼ばれていた」
アルドは、利緒の首飾りの方を、ちらりと見て、首を振った。
クーネアがアグロギアから《ロガンの心臓》を作り出した。
偶然つけた名前が、本来の名前と被る、それはどれくらいの確率なのか。
「問題はカンナリオ、君だ」
目下、アルドを悩ませる存在が利緒である。
アルドの知る《神無》へのロガンからの願い。彼女は約束といっていたが、それこそが300年後に起こす行動であり「今日」の騒動そのものだった。
《神無》が来た以上、その内容はロガンの語った通りとなるはずで、そのためアルドは彼女が帰ることに絶対の自信があった。
だが、ここからは違う。
筋書きがない以上、最善を求めて行動するしかない。
初め、都合よく現れた利緒について最大限の警戒をしていた。
グウェイに指示を出し、色々と探らせたが利緒そのものは脅威ではないことがわかった。
ロガン遺跡群から発見された以上、ロガン由来と思われるが、アルドはその存在を知らなかった。
利緒の完成度を見れば、ロガン以外に作れるものではないが、アルドが眠りについたのはロガンが消えてから。
ならば、アルドの知り得ない、何かのために作られた可能性が高く……。
「カンナリオは「お前の番」と言われたことは覚えているか?あの言葉を聞いて、私の記憶が一つ解放された」
アルドがトンと、こめかみを叩く。
「地図を」
アルドの声で、アリアが指輪を擦り、なにがしかの魔法を起動した。
天井にどこかの地図が映し出される。
「これはロガン遺跡群とその周辺地図である」
ロガンはそう言うと、右腕を天井へと向けた。
【異能「未知示す雷の化身」】
アルドの右腕から雷が弾け、人のような形をとって、地図の元へと浮かび上がった。
利緒が初めて使った魔法によく似た力。
雷が、地図の一点を指し示す。
「カンナリオ、君はあそこに行かなければならない」
アルドの言葉が、重く利緒にのしかかる。
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