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『碧の章』第31話:《神無》

 グウェイが、魔法を発動した。


【碧の魔法「聲響く音叉の都」】


 それは、触れたものを粉々に崩す魔法。しかし効果時間、範囲ともに小さいという欠点があった。


【「聲響く音叉の都」】【「聲響く音叉の都」】【「聲響く音叉の都」】【「聲響く音叉の都」】

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【「聲響く音叉の都」】【「聲響く音叉の都」】【「聲響く音叉の都」】【「聲響く音叉の都」】


 痛む頭では読み取れないほどの、大量の魔法の起動を利緒は見た。万力で締め付けるような頭痛がさらに強くなる。

 空中に停止した銀の剣、1つ1つが、魔法に触れるたびに崩れて行った。


 一つで足りないのなら、足りるまで用意すればいい。比肩するもののない魔力を持つグウェイだからこその、力任せの荒技だった。


 空一面の刃が消えたことで、ブレガは緊張が解けてそのまま腰を抜かして座り込んでしまった。

 クーネアは、自分を抱きしめていた利緒の手を解いて、起き上がる。そして、倒れたまま虚ろな目をしている利緒を支える。


 倒れていた2人の狐耳、カナカとギンコは、グウェイと一緒にやってきたのであろう、アリアに助けられていた。


 利緒の頭痛でぼやける視界に、彼らとは別に見たことのない人物が映り込んだ。


「……アルド様まで」


 青い肌に、白黒の反転した眼球。整った顔立ちをしている分、人間との乖離を感じさせる異形。マギニア評議会の議員を27期108年勤めている、最初の生体遺物。


【《偉大なる三頭・雷鳴》アルドグラシアリアス】


 利緒は記憶にない(・・・・・)その名前を、見た。


「ディスティマン。加減は不要である」


 地の底から響くような、低い声。静かに、しかしどこまでも届くような声だった。


 グウェイは、言葉を返すことなく仮面の少女へと狙いを定める。


【「嘆縊る冥王の槍」】【「烈轟く覇王の剣」】【「断処す聖王の弓」】

【「壊叫ぶ狂王の斧」】【「腐蠢く邪王の鎌」】【「穢祓う霊王の槌」】

【「咎裁く閻王の杖」】【「憐抱く至王の鉾」】【「嘲嗤う虚王の鞭」】


 一つ一つが必殺である9つの魔法が、グウェイを中心に発動する。しかし、それはさらなる強大な魔法の一部でしかなかった。


 異なる魔法を同時に9つ、重ね合わせて(・・・・・・)式を拡大していく。


「少年たち、あれが人間の極地。あれが可能性の入り口だ」


【碧の魔法「玖闢く原初の理」】


 アルドが言うそれは、発動と同時に、大気を震わせて消える。一瞬の後、仮面の少女を覆うように展開され、無数の門を開いた。

 光り輝く陣が少女を囲い、もはや少女の体は見えない。


 クーネア、ブレガの2人は、ただ見ているしかできなかった。そのあまりの力の奔流に圧倒されていた。実際に目の前にあるにもかかわらず、その結果を想像できない。ただ何も残らないだろうと、本能で感じていた。


 しかし、アルドとグウェイ、特にアルドはこれが致命の一撃になるとは思っていなかった。

 細心の注意を払って展開された領壁の結界を物ともせず、壊すことなく(・・・・・・)入り込む時点でまともではない。


 なにより、アルドには仮面の少女が誰か予感がついていた。

 想像の通りであれば、グウェイ(マギニア最高戦力)をもってして勝ち目はない。

 もっとも勝てないだけで、アルドが負けることもないと、思っている。


 光に遮られて、それが何かを見ることは出来なかったが、陣に囲まれる中で、少女が何かを唱えた(・・・)

 破壊の閃光は、果たして少女を打ちのめすことなく、訓練場の一角を消し飛ばす。


「ああ、やはり。律儀な事だ」


 感情が篭ることなくアルドは呟いた。

 仮面が消し飛んで、下に隠されていた顔を見て、アルドは古き主人の事を思い出した。



「……あれで、腕一本。世の中ってのは広いぜ」


 グウェイは、嫌な想像通りの結果に、心底呆れたように言う。

 「玖闢く原初の理」は、莫大な魔力を持つグウェイの、その大半をつぎ込んで発動する最大の威力を誇る魔法である。

 対象が少女のみとなるよう術式を圧縮したが、そのまま使えば、万を超える大隊すら文字通り消し去ることが出来る。

 むしろそれほどの破壊力が込められていながら、結果として仮面と少女の左腕を消し飛ばしただけだった。

 グウェイでなくとも、不満の一つも出るだろう。


「ディスティマン、腐るな。後進へ道を示すことが出来たと考えよう」


 アルドは抑揚のない低い声でグウェイを窘める。


 アルドにとって、侵入者に当てた最大火力は効果を発揮しなかったが、それ自体は問題でない。

 特に、目の前の少女はこの状況でさえ敵になり得ないことを知っているからだ。


「久しぶりだな《神無》」

「……」

「本人が来るとは、主人殿への忠誠は変わらずか」


 《神無》と呼ばれた少女は、アルドに対して反応を示さない。

 アルドの方も承知の上で、それ以上何も言わなかった。


 少女が、目を閉じる。


【蒼の仙術「己が身喰らう銀の蛇」】


 失われたはずの腕が、何事もなかったかのように現れる。

 少女は、元に戻った左手を胸の前で数回握った。


「約束は果たした。今度はお前の番だ」


 《神無》は、利緒の方を向いて言った。

 そのまま、空へと浮かび上がり、西へと飛び立つ。


 利緒は、未だ収まることない頭痛に朦朧としながら、その姿を見送った。

 何が起きたのか分からないが、何か大きな思惑に、利緒は絡め取られているのだろう。

 一連の光景を見届けて、利緒は意識を手放した。

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