『碧の章』第2話:カードの力は魔法の力
目があって暫し見つめあった後、縄を下ろしてもらいどうにか部屋を脱出することが出来た。利緒は自己紹介をしながら相手の顔を見て、少し首を傾げた。
薄緑色のローブに皮製の胸当て、青いズボンは動きやすいかつ丈夫そうに作られている。
靴底には鉄と思わしき金属があり、カツンという音はここからきたのだろう。
少し跳ねた茶色い前髪と、それ以外を後ろでまとめた髪は、洒落っ気がないように見える。
そして、片眼鏡の美人、という特徴的極まる顔立ちを何処かで見た気がしたのだ。
(格好はあれだが美人だし、テレビでみたのか?この耳の尖り方はなかなか…っ!?)
そこまで考えて、思い当たる。この半年毎日のように見ていた一枚のイラスト。青空を背に、杖を構えていた彼女。
「…私は、クーネア・ル・ルナフィアと言います。あの、私の顔に何かついていますか?」
「!」
それは、極めてガツンとくる衝撃だった。
利緒が思い浮かべた名前と一字一句変わらない、想像通りの名前だったから。
「…いえ、すみません。改めて綺麗だなと、思いまして。」
どれだけ動揺していたのか、利緒の台詞は普段なら決してしないような、どこか浮かれたものだったが幸いクーネアは冗談だと受け止めたようで、曖昧に微笑み流すことにしたようだった。
「ところで、その、カンナリオは、こんなところで何をされていらっしゃるんでしょうか?」
クーネアからの疑問は最もであった。
利緒の服装は寝間着であり、クーネアの格好と比べなくても、明らかに場違いだ。こんな格好であの暗い石部屋に、不相応な格好で閉じ込められていたとなれば何かしらの事件性を疑ってもしょうがない。
まずは、自分の事情を話し、ここが何処か、何がどうなっているのか事象のすり合わせを行うべきであったのかもしれない。特に、意味も理由も分からないまま訳のわからない場所に送り込まれた身としては、身の上を話した上で日本への帰路を考えるべきではないだろうか。
「…その前に、クーネアさんの事情を伺ってもよろしいでしょうか?」
しかし、冷静になった利緒の頭に浮かんだのは、「ファンタズム・ゼノクロス」のシナリオだった。古代遺跡に遺物を求め、調査を行なった、賢鬼の始まりのエピソードである。
もし、この状況が、そのシナリオ通りであれば、自分が異質であればあるほど古代遺跡に何かしらの関係性があるのではないか、と勘違いしてしまって仕方がないと考えてしまったのだ。
「…そう、ですね。私の話を聞いていただけますか?」
かくして、利緒の想像は、妄想で終わることなく、クーネアが勘違いをしたまま話を大きくして進んでいく。
この時、利緒の胸にあったことは、自分が物語の一員にでもなったかのような「ファンタズム・ゼノクロス」のシナリオを読んでいた時以上のワクワクだった。
常識で考えればあり得ない、カードの世界にいるという現実。
このどうしようもなくあり得ない事態に、疑問を抱くことなく物事を考えてしまっていたのは絵から飛び出した「クーネア・ル・ルナフィア」が目の前にいるという幻想の熱に浮かされていたからかもしれない。
◇
クーネアの話を聞く限り、現状はおおよそで利緒の知っていた内容の通りであった。
学術都市「マギニア」の学園「イメラルディオ」に所属していること。学園で研究している魔法に対する検証のために1人で遺跡を探索している最中であること。この遺跡でそれなりに発見されている魔力を測ることのできる遺物を探していること。
その上で利緒がいることで少し変わった情報がある。クーネアは利緒が、遺物の一種ではないか、と疑っているということだ。
格好から遺跡で迷った探索者とは思えず、「魂写す翡翠の眼」で情報を読み取ろうとしたが何も見ることが出来なかった、ということ。
そこから、遺跡にまつわる生体遺物、ゴーレムのようなものではないか、と考えていた。
「……ということで、カンナリオから遺跡の情報を教えてもらえないかと考えています。」
事情を全て話したであろうクーネアは、そう話を締めて利緒を見つめた。
碧の双眼に見つめられ、どうしようか、と考える利緒は自身の話とは別に、あることを考えていた。それは「魂写す翡翠の眼」についてである。「魂写す翡翠の眼」とはスターターに入っていた相手の手札を確認することのできるスキルカードである。もしもこれが夢でなく、本当にもファンタズム・ゼノクロスの世界であるのならば……。
「……こういうことか?」
【碧の魔法「路示す雷の指針」】
心に思い浮べたカードは、「魂写す翡翠の眼」と同じく碧のスターターに入っていた1枚。
クーネアの唱えた魔法を思い出しながら唱えられたそれは、魔力を代価に超常を呼び起こす感覚を与える。視界に突如として発生した稲妻のような光は、そのまま小さな人の姿へと変わっていた。
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