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Botanical life 〜ボタニカル ライフ〜  作者: 黒犬 洋平
第6章〜Light behind the clouds
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第90話 朝陽の降る街

【前回のあらすじ】⋯⋯リグレッドの魂がペンダントの中で生きている事を知って泣き崩れたイリアだったが、バルサークに介抱され平静を取り戻した。ヴィオネは『聖櫃(タバナクル)』の算出したデータから、ペンダントを製作し、リグレッドの主治医を務めたファルニスが身を隠しながら「何か」の動きをしているだろうと推測し、またそしてヴィーナが一徹に残した伝言から、ラヴァハラ城の領主に会えば次に繋がると確信した。


一方、ラヴァハラより南下した僻地の街、サウスネストの領主イクセンは夜な夜な現れる「黄金の死霊騎士」に悩まされ、歯噛みしながら月を見上げていたのだった。

一晩明けた次の朝、人口1万人を越す城塞都市ラヴァハラの空は快晴だった。


若蔓亭の前の通りは通称「木蔦避(きづたよ)け」と呼ばれ宿屋や料理屋が並ぶ繁華街だ。


味のある煉瓦敷きの道には、朝から旅行者や仕事に向かう者、馬車の荷下ろしをする者、威勢良く声を張り上げる物売りなど。


そんな、活気溢れる様子をしばらくガラス窓越しに眺めていた一徹は、食堂の入り口に杏達が来たのを見て、自分の席に座った。


朝から亜麻色の髪をふわふわ揺らせ、小走りに席に着いた杏は「シュビッ!!」、と元気よく手を挙げた。



「おはようーー!! いっくん、今日もいい朝だねぇ!!」

「おはようございます、店長。相変わらず楽しそうですね」

「そりゃそうだよー、なんてったって異世界の朝だよ? 俺たちの冒険はこれからだよっ!?」

「いやいや、それ最終回とかのヤツですから。終わっちゃいますから」

「あれ? そうだっけ、えへへ」

「店長は何処にいても店長ですね、ほんと」



そうこうしている内に、テーブルには次々にみんなが着いたようだ。


左から、イリアとバルサーク、花梨と杏、一徹とヴィオネ、ゲルトールトとアイフェルドがぐるりと食卓を囲んでいる。



「おはようございます、イッテツさん。昨日は良く眠れましたか?」



ほかほかと湯気を立てる、バターたっぷりのスクランブルエッグとカリカリのベーコン。それに新鮮なサラダと白パンの乗った皿を、エリーナが一徹の前に置いた。



「ありがとう、エリーナも良く眠れたかな?」

「はい、おかげさまでゆっく休めました。そう言えば、イッテツさんは今日はお城に行くんですよね」

「そうなんだ。ごめん、後で話そう、って言ったのに延び延びになっちゃって」



昨日は席を立ち、なかなかすれ違いになったままで話せない事を気にしていた一徹は表情を曇らせる。何故かいつもすれ違っているように思えて、それが小さな棘のように刺さっていた。


だがエリーナは優しく笑うと、淹れたての紅茶をカップに注いだ。



「気にしないでくださいね、もうご近所さんになるんですし。……それに私、待つのは得意、です、から」



何故かエリーナの顔がほんのり赤いのは気のせいだろう。一徹は紅茶を冷ましながら飲むと、もう一度窓の外を見た。


青い空に白い雲、その下に赤い屋根、蜂蜜色の煉瓦の建物が並ぶ。


一徹は、カップを置くと、エリーナの顔を見つめた。



「あのさ、お願いがあるんだけど」

「ふぇっ!? わたっ、私にですか!?」



持っていたトレイを落としそうになり、慌ててキャッチしたエリーナは、そそくさと髪を直した。



「なんでも!!なんでも言ってください!!」

「あ、ありがとう。いや、その……案内を頼みたいんだ」

「案内を……ひょっとして、ラヴァハラの街のですか?」

「うん、俺さ。まだまだこの街の事を全然知らないから、知っておきたくて。店を構えるにしても、どこが良いのか候補を探しておきたいし」



微笑む一徹、エリーナはやや緊張した表情を見せた。



「そんな大事な役目、私で良いんですか?もっと女将さんとか、隊長さんとかの方が詳しいんじゃないですか?」

「エリーナに頼みたいんだ。その、良ければだけど……それに、良い機会だからさ、仲良くしてほしいな、なんて……ははは」



瞬間、エリーナの顔が沸騰した。



「花梨に言われて思ったんだけど、エリーナに対して他人行儀だったかなって思ったんだ。俺は距離感とかよく分からなくて、でも逆の立場ならちょっと悲しいかな、とか……いや、とにかく。これからは、その……俺とも仲良くして欲しいんだ、ダメかな?」



真摯に、真っ直ぐ見つめる一徹の黒い瞳。エリーナは限界を越えようとしていた。


震える拳をギュッと握り、エリーナは声を振り絞った。



「あのっ、その、わたしも!! 仲良くしたい、です!! イッテツさんと!!!!」



最後の「と」にありったけの想いを込めたのだろう、それは重厚な石壁作りの食堂に何度もリフレインした。


一瞬の、静寂。


「ヒュー」とゲルトールトが口笛を吹いた。


自分が何をしたのか、我に返ったエリーナが慌てて顔を上げると、テーブルを囲む全員が二人をニヤニヤしながら見つめている。


生暖かい視線に包まれ、隠れる訳にもいかず、手で顔を覆うようにして狼狽(うろた)えるエリーナ。



「妾を差し置き、ずいぶんとお熱い事じゃのう。まったくエリーナは隅に置けんのじゃ」

「もー、エリーナちゃん可愛いっ!!」

「いいなー、青春だなー。徹兄はいっぺん死ね」

「あらあら、なんだか私までドキドキしちゃう。ね、バルもそう思うでしょ」

「仲良きことは美しきかな、だな」



外野はガヤガヤと賑やかだ、だが当の一徹はタチの悪いことによく分かっていない顔だった。こんなに大きな声で「仲良くなりたい」なんて言ってくれる、エリーナは本当に優しい子だ。俺も見習わなきゃな、そんな顔である。



「そう言ってくれると嬉しい。今日は用事があるけど、また都合のつく時に案内をお願いするね。ヴィオネも一緒だから、何か美味しいものでも食べに行こう」


「……妾は別行動でも構わんぞ? カリンに相手をしてもらうのじゃ」



わざと拗ねた様子で、舌を出すヴィオネ。



「いや、それは困るよ」

「何故ダメなのじゃ、別に妾など主人殿にとっては居なくても困らん存在じゃろ。エリーナと二人で仲良くしておれば良いのじゃ。ああ、妾はひとり荒野を彷徨うのみじゃ」

「ヴィオネが居なくなったら困るよ、俺の側に居ないと守れないだろ。何かあったらどうするんだよ」



一徹が真顔で当然だと主張すると、顔を隠す様にヴィオネはそっぽを向いてしまった。耳たぶが赤いのも、きっと気のせいだろう。


まったく色恋沙汰になるとプロシオサウルスよりも鈍いクセに、護りたいと言う気持ちだけはどこまでも本物なのだ。



「フ、フン。そこまで言うなら付いて行っても良いのじゃ」

「ありがとう、ヴィオネ」

「……何がなのじゃ?妾は主人殿の守護精霊じゃから付いて行くだけじゃからな、役目ならば仕方ないのじゃ」



ティーワゴンからヴィオネの好きな果実水をグラスに注ぎ、手渡すエリーナ。



「良かった、なんだかヴィオネと話す機会があんまりなかったから、ゆっくりお話ししたいな」



一瞬目を丸くしたヴィオネは、口の端を持ち上げた。



「……ふふふ、そう言われては断れんのじゃ。魚心あれば水心と言うしのう。よし、妾の偉業をたっぷりと聴かせてやるのじゃ」



笑い合うエリーナとヴィオネ。花も恥じらう年相応の少女らしい、和やかな雰囲気がそこにはあった。


それを羨ましそうに見ていた杏が、ハムスターのように頰を膨らませた。



「えー、良いな良いなー!! 私もエリーナちゃんやヴィオネちゃんと仲良くしたい!!!! いっくんだけなんかズルい!!!!」

「店長ワガママ言わないで下さいよ、ヴィオネは今日は俺と城に行くんだし、エリーナだってここの仕事があるんだから」



エリーナは本来帰って来たばかりなので休暇を貰っているのだが、どうにも体を動かしていないと我慢できない性格らしく、デボネアにお願いして普段通り働かせて貰っているのだ。



「そんなあ、ヤダヤダヤダ!! エリーナちゃんとヴィオネちゃんと遊ぶ!!!!せっかくこっちに住むんだから友達が欲しいよーー!!」



駄々をこねる杏、一徹もこうなったら言う事を聞かないのを知ってるので腕を組んで考えていた。


するとデボネアが追加の挽き肉入りポテトサラダの皿を持って来て、テーブルに置きながら杏の頭をワシワシと撫でた。



「ほらほら、ウチのエリーナなら今日は休みにするから遊んでやっておくれ。この子は仕事ばっかりで真面目すぎるところがあるからね、良い機会だよ」

「えっ、でも女将さんに任せきりにするのは……」

「まだホールには給仕のジェシカも居るから大丈夫だよ、心配してないで羽伸ばしておいで。それにイッテツと街に出る時の服も欲しいだろ?」



デボネアは一徹の方を見ながら、エリーナにウィンクしてみせた。


そういえば姉のように慕っているルネも、お洒落をしろ、女を磨けと言っていたのを思い出す。


せっかく一徹が歩み寄って来てくれたのだから、ここは頑張るところなのかもしれない。いや、そうなのだ頑張らねばならないのだ。



「あらあら、それじゃあ今日はエリーナを可愛くする会ね!!ウフフ、なんだか楽しくなってきたわね♫」



イリアが楽しそうに身を乗り出すと、杏と花梨もウンウンと頷いた。


しかし昨日のペンダントの騒ぎの事もあったのに、今はすっかり元気になっているイリアを心配し、エリーナはおずおずと問い掛けた。



「でも、そのイリアさん達は大変な時なんじゃないですか?私なんかの為に時間を取らせるのは……その、申し訳ないです」


「ありがとう、エリーナ。でも何も心配いらないのよ? ねぇ、あなた」


「ああ、そうだ。私達のことなら大丈夫だ」



あまりに自信に満ちた二人の表情に、エリーナは少し驚いた。


イリアは、今は自分の胸に掛けられたペンダントを見つめながら優しく微笑む。



「ちょっと恥ずかしいところ見せちゃったけど……リグレッドがここにいる、そう思うだけで踊り出したいくらい嬉しいの。もちろん私達は全力でリグレッドを元に戻してみせる。それに一徹もヴィオネも助けてくれるんだもの……絶対に何とかなる。エリーナもそう思うでしょ?」



エリーナが振り返ると、一徹もヴィオネも真っ直ぐな瞳で頷いた。


朝日に照らされた食堂のテーブルで、エリーナにはハッキリと見えていた。バルサークとイリアと一徹たちの間には、言葉にできない強く堅い絆があった。今まで様々な事を乗り越えてきた、それが今はその苦難がイリア達を支えているのだ。



「だから何も心配いらないわ。今日は思いっきり楽しみましょ♫ 神様も振り返るくらい可愛くなってイッテツを一緒に驚かしましょう、ね?」



イリアが茶目っ気たっぷりにウィンクすると、エリーナも笑顔で応えたのだった。




******



朝食を終えた一徹達は、身支度を済ませて若蔓亭を後にした。


エリーナ、バルサーク、イリア、杏、花梨の5人は暫くしてから街に出るとの事だったので、宿の前で手を振って笑顔で見送ってくれた。


年季の入った煉瓦道を歩きながら、ゲルトールトとアイフェルドを先頭に一徹達はゆっくりとした歩調で南北に伸びる大通りへと出た。


時間にして10時を回った頃、やや朝の混雑も収まり、街の中心の「ヤーンスタット中央大通り」は比較的歩きやすい。


はぐれないように一徹とヴィオネは手を繋ぎ、時折通り過ぎる馬車や竜車を眺めては進んで行った。



挿絵(By みてみん)



誘惑の多い屋台村、円形の噴水公園や、春の芽吹きを見せる街路樹の通り、運河に架かる巨大な石橋。


そのうちに、街の中心の小高い丘の上に建つラヴァハラ城が見える頃になると、街の風景も雑多な商店から整然とした大理石の建築物へと様変わりしていく。


三階建ての立派な官庁舎が左右に広がる、ここはラヴァハラの治政の中枢とも言えた。



「よお、イッテツ」



顎髭をさすり、少し間の抜けた口調で先を行くゲルトールトが口を開いた。


何かを躊躇(ためら)うような、歯にものが挟まったようなゲルトールトに似合わない表情。



「どうしたんですか?」


「……いや、そのなんだ。デュフォー辺境伯の事なんだがな」



ガシガシとオールバックにまとめた銀髪を掻きながら、わざと振り返らずに話し続けるゲルトールト。



「あの人は、俺が世話になった人でな。その、口は悪いんだが情深い。それに切れ者だからよ、わざわざお前を呼びつけたのも何か意味があるんだと思うんだ。意味があるって言っても構えなくても大丈夫だ、情深い人だから⋯⋯ってこれはさっき言ったな。⋯⋯とにかく⋯⋯良くしてやって欲しい。部下の俺がこんな事言ったなんてバレたら殺されかねんのだがな」



なぜか、横のアイフェルドは楽しげに笑っていた。



「昔、王都で軍にいた頃、その当時の上官を顔が裏返るくらいボコボコにしてな……行くあてのない俺を拾ってくれたんだ。だからまあ……逆らえねぇんだわ」



そう呟くゲルトールトは、少し嬉しそうに見えた。



「もうじき城門だ、よろしく頼んだぜ。イッテツ」



一徹は頷き、後を歩き続ける。眼前には建物の向こう、丘を囲む分厚く二階建てを超える石の城壁と、青空にそびえる薄いベージュのラヴァハラ城。


歩き疲れていないか心配になり、一徹はヴィオネに目をやるが「ピン!」と背筋を伸ばした猫のようにしなやかに歩き続ける黒髪の少女。


すらりとした手足に、まるで陶磁器のように滑らかで白い肌。


ちらり、と神秘的なほど美しい金色の瞳が覗いた。



「別に疲れてはおらんからな? 前々から言おうと思っていたのじゃが、主人殿は少々過保護なのじゃ」


「いや、ごめん。でも心配だからさ、癖っていうか⋯⋯参ったな」



一徹が困った顔を見せると、ヴィオネは満足そうに笑って前を向いた。



「城で何が起こるのかはさて置き……まあこれもヴィーナの用意した運命線の旋律上の出来事、リグレッドの件とも何か関わりがあり、かつこれからの大局に影響してくるのじゃろう。⋯⋯主人殿は忙しくなるぞ?」


「⋯⋯うん、分かってる。ヴィーナさんが言ってた様に俺は俺のやれる事をやるよ。まだ、何も出来てないけど⋯⋯やるしかないよな」


「それしかないからのう、今どうこうと案じた所で未来は自ずとやって来る。肝心なのは準備と覚悟、しかしまあ手札が揃うまで細かい事は置いておいて問題ないのじゃ」


「準備と覚悟、か」



一徹もヴィオネも、両脇に美しい花壇のある通りを黙って歩き続けた。


難しい顔を始めた一徹に、ヴィオネはやれやれと溜息を吐き、繋いでいる手を引っ張った。



「人の忠告は聞くものじゃ、主人殿。また心配性の虫が出ておるわ⋯⋯計略計謀は妾の領域、主人度はドンと構えて居れば良いのじゃ」


「あ、ごめん。でも大丈夫だよ、もう俺一人で無茶したりしないから⋯⋯ヴィオネも一緒ならすごく頼もしいよ、ありがとう」



繋いだ手を優しく握り、微笑むイッテツ。気の弱い一徹に似合わず、手はゴツゴツとして長い指。対して細く小さなヴィオネの手は体温に包まれた。


急に恥ずかしくなり、手をパッと払いのけ後ろに回すヴィオネ。



「⋯⋯い、今頃はエリーナ達も街に出ている頃かの!! アレじゃな、もともと愛くるしいエリーナの事じゃ、格段に可愛くなってるじゃろうなー!!あははは!!」



自分でも何を言ってるのか、訳の分からない汗を流しながらヴィオネは目を泳がせる。


違う、こんな事が言いたいのでは無いのだが。口が勝手に動いてしまう。



「エリーナも主人殿の事が好きみたいじゃし、二人はお似合いなのじゃ!! い、いやぁ、順風満帆とはこの事じゃな!!なはははは!!!!」



思考がグルグルと渦を巻き、回転するヴィオネ。


一徹は不思議そうな顔をして何も言わず、道の生垣に咲いていたピンクの薔薇の花を手折り、何やら歩きながら作っていた。


ベビーピンクの薔薇、それとペッパーベリーの様な実。


器用に大小の薔薇を組み合わせ、即興で手のひらに収まる小さなコサージュを仕上げると、それをヴィオネのベストの胸元にピンで留めた。



「あ……主人殿、これは一体?」



あまりに早業で理解が追い付かないヴィオネを他所(よそ)に、一徹ははにかみ彼女の黒髪を優しく撫でた。


まるで慈しむような、柔らかな手のひらの感触。



「せっかくお城に行くんだしさ。今日はダメだったけど、また⋯⋯今度はヴィオネも一緒に服を買いに行こう」



一徹がまるで春の午後の陽射しを思わせる優しい笑顔を見せると、驚いたように赤面したまま、じっと一徹をを見つめていたヴィオネ。やがて、うつむき小さくポツリと呟いた。



「あ、ありがとう、なのじゃ⋯⋯」



そうして一徹達はラヴァハラの城門に辿り着き、ゲルトールトの案内の元、マイスヴェルガ王国辺境伯クラッスラ・イオ・デュフォーの待つ城内へと足を踏み入れたのだった。









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読んでくださって、ありがとうございます。


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ついに五万PV達成しました、時間の都合上イラストは間に合いませんでした((汗)


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ブックマーク、評価、ありがとうございます!!


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