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死にたがり社不の不死転生 ―死にたい私の、死ねない絶望―  作者: あづみ
第三章 死にたがり、魔王国へ

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第二十六話 光の顕現、散りゆく影

 人界大陸南端の断崖絶壁。


 死の臭気と狂気の後味が濃密に漂うその峡谷は、もはや人間にとっての避難所ではなく、生きたまま肉体を解体され、精神を削り削ぎ落とされる地獄の最底層であった。



「……あ、あぁ……お母さん……痛いよぉ……っ」


「おい! 暴れるな! 自分の首を絞めるのをやめろ……っ!」



 ローザが放った狂乱の波動によって、何百、何千という人間が己の爪で眼球をくり抜き、自らの手で首を絞め、隣り合う家族や戦友の肉を刃で削ぎ落としていた。


 正気を保っている者などどこにもいない。逃げ場のない峡谷の底には、溶けた内臓とドロドロに腐敗した血液が池を成し、足を踏み出すたびにグチャリと気味の悪い音を立てた。


 その血みどろの地獄の片隅、崩れ落ちた岩陰に、身を寄せ合う二人の影があった。


 人界大陸南端の小さな寒村から逃げ延びてきた十四歳の少年――レンと、同じく十四歳の少女――マナである。


 二人は幼馴染として同じ村で育ち、日々の素朴な営みの中で互いを慈しみ合ってきた。十五歳になれば成人を迎え、正式に祝言を挙げる――そんなささやかで温かい約束を交わしていた二人だったが、魔人族の理不尽な侵攻は、彼らの故郷も、家族も、平穏な未来もすべてを一瞬にして焼き尽くした。



「……レン……こわいよ……。みんな、頭がおかしくなっちゃってる……」


「大丈夫だ、マナ……。俺が……俺が絶対に守るから……っ!」



 レンは泥と血で汚れた短剣を固く握りしめ、ガタガタと震える体でマナを抱き寄せていた。


 しかし、そのすぐ外側では、狂気に呑まれたかつての近衛騎士たちが互いの咽喉を喰いちぎり合っている。背後の崖からは、幻覚に耐え切れなくなった母親が、幼子を抱いたまま「神様、お許しください!」と叫んで身を投げ、激しい落打音と共に物言わぬ肉塊へと変わっていった。


 どこを見ても死。どこを渡っても絶望。


 魔力を纏った不気味な囁きが、レンの脳裏にも絶え間なく這い寄ってくる。



 ――『オマエが逃げたから、ム、ムラ、村はヤケタ』

 ――『見ろ、マナの顔の絶望ヲ』

 ――『ラクにしてヤレ、殺せ、殺せ、コロセ、コロ、コロセ』



「……っ……う、ウソだ……! 黙れ! 黙れえええっ!」



 レンは激しい頭痛に耐えかね、頭を強く抱え込んで地面に伏した。視界が真っ赤に染まり、目の前のマナの顔が恐ろしい化け物の形相に見えそうになる。



「レン! しっかりして、レン……!」



 マナは泣き叫びながら、レンの泥だらけの手をギュッと両手で握りしめた。


 十四歳の華奢な手のひら。そこに残る確かなぬくもりだけが、狂気の波の中でレンの正気を繋ぎ止める唯一の錨だった。



「神様……どうか……神様……!」



 マナは胸の前で祈りの手を捧げ、涙をポロポロとこぼしながら、心からの祈りを天に捧げた。



「私たちは……ただ、静かに暮らしたかっただけです……。レンと二人で、お祝いをして、小さなお家を建てて……ただそれだけでよかったのに……! どうしてこんなひどいことをするのですか……! 神様、どうか……彼を、みんなを助けてください……っ!」



 二人の重ね合わされた手。純粋で、一切の濁りのない、生きようとする強い意志と互いへの深い愛。


 その極限の状況下で、突如として戦場に、感情の欠片もない、冷たい「声」が響き渡った。



『――警告。人界における人類生存確率が許容閾値を下回りました』

『――人類の滅亡可能性を検知。防衛システムの例外規定を発動します』

『――適格個体を選出します。』

『――演算終了。システム同期。固有能力およびパッケージを付与します』



 無機質な音声データと同時に、二人の身体の周囲に無数の青白いエラーコードのような幾何学模様のルーン文字が浮かび上がり、チカチカと点滅を始めた。



『――【状態異常完全無効(アイギス・シールド)】、同期完了』

『――【魔性断絶の特攻(アンチ・メイガス)】、同期完了』

『――勇者個体:【聖光剣(ホーリーソード)】、武装展開』

『――聖女個体:【聖光線(ホーリーレイ)】、武装展開』

『――共鳴スキル:【神聖双絶(セイクリッド)・聖浄の光臨(カタルシス)】、全解放』



「――っ!?」



 音声の読み上げが完了した瞬間、泥と血に塗れていたレンの短剣は神々しい白銀の輝きを放つ「聖剣」へと書き換えられ、マナのボロボロのワンピースは透き通るような純白の「神衣」へと再構築された。


 圧倒的な神聖力が二人の肉体に流し込まれ、神に選ばれた「勇者」と「聖女」として、その存在が書き換わった瞬間であった。


 ------------------------------


「ふふっ……あはははは! 私の精神魔法一つで、人間たちが虫みたいに殺し合ってる! 素晴らしいわ、最高だわ!」



 峡谷を見下ろす高台の上。


 零番隊に所属する魅魔族――ローザは、蒼天の破片を散らすように、水色の髪をたなびかせ、歓喜に胸を震わせていた。


 彼女はかつて魔王軍内部で「落ちこぼれ」と嘲笑され、日陰の存在として屈辱を味わってきた。しかし今、目の前で広がる阿鼻叫喚の惨状は、自らの持つ精神干渉の力がどれほど絶対的で、恐ろしいものであるかを証明している。


 しかし、人間の脳内に干渉すればするほど、その泥のような悲鳴が繊細なローザの心を蝕み、堕とし、狂わせた。今の彼女は同隊の廃人を甲斐甲斐しく世話していた、優しいローザではない。彼女は、穢れ切った魔女になっていた。


 ローザは自身の成果に酔いしれ、さらに精神干渉の波動を強めようと、優雅に細い指先をかざす。


 ――その時である。


 ――シュオォォォンッ!


 戦場の中央、血みどろの山の中から、一筋の清廉な光の波動が同心円状に激しく広がった。



「……え……?」



 ローザは眉をひそめた。


 彼女が放っていた重厚な狂気の波動が、その光に触れた瞬間に、まるで熱湯をかけられた氷のように霧散していったからだ。



「な、何なの……? 私の精神干渉が……消された……!?」



 光の中心に立っていたのは、小柄な少年と少女だった。


 かつてなら一瞥する価値すら与えなかったであろう、死にかけの雑魚。しかし、いまや二人が纏っている威圧感と神聖な気配は、魔人族であるローザの本能に強烈な警鐘を鳴らしていた。



「冗談じゃないわ……! どこから湧いて出たのよ、その気味の悪い光は……っ!」



 焦りを露わにしたローザは、即座に最大出力の精神干渉を展開した。


 視覚、聴覚、脳髄へ直接送り込まれる、脳を焼き切るほどの恐怖と錯乱の呪詛。



「死ね死ね死ね! 自分の頭を叩き割りなさい! お互いの目を突き刺し合って死ねえええっ!」



 ローザの叫びと共に、目に見えるほどの黒紫色の瘴気がレンとマナへ殺到する。


 だが――。



 ――パァァァンッ……!



 神の恩寵――『状態異常完全無効(アイギス・シールド)』により、ローザの最大火力の精神干渉は、触れた瞬間に完全に遮断されて消滅した。



「……嘘……!? 通じない……!? 私の精神魔法が……一切効かないなんて……!?」



 ローザは顔面を蒼白にし、後ずさった。


 魔力を媒介にしたあらゆる状態異常や干渉を遮断する絶対の加護。


 そして、彼女の前に立つ二人の瞳には、身震いするほどに冷徹な断罪の光が宿っていた。


 ------------------------------


「レン……!」


「ああ、マナ……! いこう……!」



 レンとマナは固く手を繋ぎ直した。


 二人が前進を始めた瞬間、周囲の空間から重力が消え去ったかのように、彼らの身体が光の尾を引いて疾走した。



「来ないで……! 来ないでよっ!」



 ローザは狂乱し、周囲に控えていた魅魔族の精鋭や竜血族の兵士たちを二人の前に立ちふさがらせた。



「奴らを殺して! 早く! 早くしなさいよっ!」



 襲い来る竜血族の巨漢たち。鋼鉄をも穿つ爪と炎息が、レンめがけて振り下ろされる。


 しかし、勇者レンは迷わず手にした聖剣を振り抜いた。



 ――『聖光剣(ホーリーソード)』!



 眩い黄金の一閃が空間を切り裂いた。


『魔性断絶の特攻(アンチ・メイガス)』を宿したその光の刃は、竜血族の誇る頑強な鱗も、高位の魔力耐性も一切関係なく、まるで薄絹を裂くが如く、一閃のうちに両断した。


 切断面から放たれた神聖な光が肉体を侵食し、驚異的な再生能力すらも無効化して、一瞬で灰へと変えていく。



「なっ……竜血族が一撃で……!?」



 衝撃に目を見開く魅魔族たちに対し、レンの後方から聖女マナが両手を掲げた。



 ――『聖光線(ホーリーレイ)』!



 マナの手のひらから放たれた極太の白銀の光線が、空を穿ち、一直線に高台を灼き払った。


 光線に触れた魔人族たちは、悲鳴を上げる隙すら与えられず、その肉体ごと蒸発していく。



「嫌……嫌ぁぁぁっ! なんなのよこいつら……! 化け物じゃないのよ――っ!」



 周囲の仲間たちが瞬く間に全滅し、ローザは腰を抜かして地を這いながら逃げ惑った。


 見下していた人間の子供が、いまや自分たちの命を容赦なく刈り取る死神として迫ってくる。



「私は……私は落ちこぼれじゃない! 私は……私は……っ!」



 必死で呪詛を叫びながら振り返るローザ。


 だが、その視界に映ったのは、すでに頭上まで肉薄していたレンの冷徹な眼差しだった。



「――魔なる者よ。消え去れ」



 ――ザシュッ!!



『聖光剣(ホーリーソード)』の白銀の刃が、ローザの細い首を正確に斜めに切り裂いた。


 さらに、傷口から流れ込んだマナの『聖光線(ホーリーレイ)』の残光が、ローザの体内で神聖力を内側から暴走させる。



「あ……が……っ……嘘……こんな……ところで……っ」



 ローザの美しい顔が苦悶に歪み、彼女の肉体は首から下にかけて、光の粒子となってボロボロと崩れ落ちていった。


 かつて戦場を狂気で支配し、歓喜していた魅魔の美女は、自慢の精神魔法を何一つ与えることもできず、ただ圧倒的な光の前に呆気なく消滅したのである。


 ------------------------------


「ローザが……殺された……!?」


「バカな! たった二匹、人間の子供に……っ!?」



 戦場を包囲していた魔王軍の五大部隊に、かつてない激震と動揺が走った。


 零番隊の一員であり、人間の精神を容易く崩壊させていたローザが、ものの数分で痕跡すら残さず消滅させられたのだ。



「怯むな! 相手はたった二匹だ! 潰せえええっ!」



 『重機甲破城部隊』の巨石族たちが、全魔導重砲の銃口をレンとマナへ向け、一斉に砲撃を放った。空を埋め尽くす大量の魔導弾。


 さらに、『魔導工廠・兵站局』が二人の足元に空間転移罠を発動させ、海中へ落とし込もうと試みる。


 しかし――レンとマナは神に導かれるまま互いに視線を交わすと、強くその手を握り締め、胸の中で祈りを捧げた。



「「――主神よ。虐げられし者たちに、救いの光を」」



 ――『神聖双絶(セイクリッド)・聖浄の光臨(カタルシス)』



 二人の祈りが合致した瞬間、両手から放たれた光は、峡谷全体、そして人界大陸南端の全域を包み込むほどの超巨大な光の海となって爆発的に広がった。



 ――シュアァァァァァッ!!



 まず、光が人間に触れた。


『大治癒(グランド・ヒーリング)』の効果が発動し、狂気に呑まれていた数万の難民や兵士たちの脳から、ローザの呪詛と幻覚が瞬時に浄化された。


 傷ついた皮膚が塞がり、失われた手足が再生し、死の淵にいた者たちが次々と息を吹き返していく。



「あ……れ……? 俺は一体……?」


「傷が……治っていく……!? 神様……神様の光だ――っ!」



 正気を取り戻した人間たちが歓喜の声を上げる中、光の海の「もう一つの効果」が魔人族を襲った。



 ――『魔絶消滅(エントロピー・ブレイク)』。



 領域内に存在するすべての「魔の属性を持つもの」に対し、容赦のない消滅の法則が適用された。



「魔導砲が壊れる!? 罠が打ち消される――っ!?」


「ぐああぁぁぁっ!? 体が……体が光になって溶けていく――っ!」



 巨石族の強固な岩石の体も、小隠族の精巧な魔導兵器も、竜血族の圧倒的な肉体も、この魔を否定する領域の前では等しく無力だった。


 二人が手をつないで一歩踏み出すたびに、数百の魔人族の兵士が光の粒子となって霧散し、魔王軍が築いた鉄壁の包囲網がガラガラと音を立てて崩れていく。



「信じられない……! 人間に……こんな力があるはずが……っ!」



 生き残った魔人族の兵士たちが、かつてない恐怖に顔を歪めて逃げ惑う。


 数分前まで「害獣」として人間を弄んでいた魔人族が、今や「本物の怪物」の前に踏みにじられ、刈り取られる側へと逆転したのだ。



「レン!」「うん、マナ!」



 勇者と聖女は光を纏い、縦横無尽に戦場を駆け巡った。


『聖光剣』が魔人族の重甲を叩き割り、『聖光線』が遠方の陣形を討ち払う。


 二人の疾走する後筋には、絶望から救い出された人間たちの歓声と、魔人族の悲鳴だけが残されていった。


 ------------------------------


 数時間前まで生きた地獄であった峡谷は、今や眩いばかりの神聖な光と、人間たちの歓喜の涙に包まれていた。



「勝った……! 俺たちは勝ったんだ――っ!」


「勇者様! 聖女様! 万歳! 万歳――っ!」



 生き残った数万の人間たちが、血と泥に塗れた手を掲げ、空に向かって声を枯らさんばかりに叫んでいた。


 魔王軍の怒涛の侵攻が始まって以来、人類が初めて手にした勝利。


 そして、絶対に勝てないと諦めかけていた魔人族という理不尽に対し、明確な天敵が誕生した瞬間であった。


 戦場の中心、無数の魔人族の灰が舞い散る中で、レンとマナは静かに手を重ね合わせていた。


 ボロボロの衣服から神聖な衣へと変わり、その身に強大な神の宿命を纏いながらも、互いを見る瞳には、素朴な寒村で育まれた優しい幼馴染のぬくもりが残っていた。



「……レン。みんな、助かったよ……」


「ああ……マナ。でも、まだ終わりじゃない。魔人族を……あの恐ろしい化け物たちを、一匹残らずこの大陸から追い払うまでは」



 レンは握りしめた聖剣を固く締め直し、北の空――魔王軍が蠢く広大な大陸の彼方を見つめた。


 この日、人界大陸南端で起きた「救世主の降臨」と「零番隊ローザの戦死」の報せは、光の速さで駆け巡る。


 絶望の淵にいた人類には復讐と希望の炎を灯し、そして勝利を確信していた魔王軍には、思いもよらぬ巨大な暗雲となって押し寄せるのであった。




ーー閲覧いただき、ありがとうございます!ーー

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― 新着の感想 ―
読了しました!! 人類側にも希望の光が差し込みましたね! 技名がめちゃくちゃ格好いい(*´∀`*) こういう技名大好きです!! 二人の今後の活躍、ウェルタカとの関わりなど、 めちゃくちゃ楽しみです(…
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