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77.王は孤独である


「ようやっと来たか」

「──久しいね、王様。……聞きたかったんだけどさ。親に捨てられたのは、やはり辛いのかい?」

「ふん、答える義理はないな。……死ね」







 三ヶ月。三ヶ月だ。


 央城深部への道こそ開けたものの、すぐに突入はせずに遠回りをした。

 レベリング。クエスト。コロッセオへの挑戦に街の外の探索。

 フレンドからは情報を集めて力を蓄えた。


 レベルも百を超え、騎士ヨアヒムによる試練も乗り越えた。彼からの試練はごくごく簡単なもので、少し拍子抜けであったが。

 ギーメル家への再挑戦は棚上げになっているものの、今ならあるいはという手応えを感じている。



 そうなるまでに随分と時間を費やしてしまった。何せ三ヶ月だ。

 若干飽きて他ゲーに浮気もしてしまった。レースゲームも悪くないね。


 だがそれでも止めることなく進め続け、ようやくエヘイエーに会いに行こうと思えるようになったのがつい先日。

 予定の調整をして長時間のログインにも耐えられるように休日である今日、央城深部へと突入した。



 内部の状況は聞いている。

 余計な邪魔は入らず、居室まで一本道だそうだ。

 護衛が居ないとは不用心だと思うが、セキュリティとしては常にエヘイエー自身がいる上に、そもそも一本道まで含めて居室なのだと言う。






 そして今だ。

 エヘイエーは気だるげな姿勢ながらも、こちらを射殺さんばかりに睨み付けている。

 角を生やした少年なんだか少女なんだか分からない容姿はそのまま、しかし私の言葉に青筋を立てていた。


 当然か。

 だが私はどうしても聞きたかったのだ。


 エヘイエーは、いや隠された王たちは皆が捨て子だ。エヘイエーからマルクトまで全員がそうであることに、私は気付いた。

 黒潮丸たちに確認をとったが、恐らく間違いない。


 きっかけは、彼らが上から来たという話だ。

 ずっと心に引っ掛かっていた。

 上から来たという言葉をそのままに受け止めれば、彼らは宇宙人ということになる。空の先には何もなく、星が浮かぶのみだから。

 では、何故帰還せずに留まっているのか。


 しないのではなく出来ないのだと、アロイジアと会って思い至った。


 したくても出来ないことがある時、NPCである住人は表面上諦めても未練を残す。そして、いずれ条件が整い可能となると、それは芽吹く。

 普通の住人は死がストッパーとなるが、一部の寿命が存在しないNPCはその限りでなく、それはエヘイエーも同じであるのだ。



 エヘイエーたちは宇宙から来た。そして、帰還が出来ない。

 ならきっと、帰還を望んでいるはずだ。

 どこへ?

 元いた場所にだ。



 そう考えた時、街から見える衛星は二つあることに気が付いた。

 一つは遠くにあるのだろう。小さく輝いている。

 そしてもう一つは、とても大きく、とても近そうに見えた。




「ダアトがどこにあるかも分からなかったんだよねえ。地下には無い。地上にも無い。なら残っているのは上しかないじゃあないか」

「黙れ」




 上から落ちてきた街は、元々上にあったと考えるのが道理だろう。

 きっと生命の樹は地上にあって、それを地下へと押し込めて邪悪の樹と変貌させた。

 やたら大きなあの衛星はその名残だ。

 母艦、と呼んでも良いのかもしれない。


 見えるほどに近いとくれば、憧憬も望郷も消えることはないだろう。

 王たちは帰還を夢見たはず。


 物理的に届かない可能性はあった。

 しかし転移というものを考えると、これを使えない理由が分からない。

 地上と地下を結べるのだ。距離はあれども視線が通る衛星とで、エヘイエーのような力ある存在が行き来できないと思えなかった。


 それが捨てるという話に繋がる。

 状況を見るに、エヘイエーは先兵だ。またはその指揮官だ。

 つまり、上役が存在する。


 それが転移を封じているのだ。


 ヒントはあった。

 天空の父と大地の母である。

 そのまま当てはめられるだろう。天空の父(衛星)大地の母(地下街)に。




「地下への侵攻はお母さんへの復讐かい?」

「──違うッ!!!」




 エヘイエーが叫びをあげ、寝そべっていたベッドから勢い良く起き上がった。

 目は血走り、その顔に余裕はない。




「これ以上、ふざけたことを抜かすな……」

「この地は我が母などではない」

「父は変わらず見守ってくれているのだ」

「ともに帰るその時まで……!!!」




 興味深い言葉に、しかし考察するような時間は与えてもらえないようで。


 エヘイエーが臨戦態勢となる。

 バタバタと身に纏った布がはためき、幾本もの紐が蠢く。

 かつて写し身と対峙した時は、手加減をされてなお苦戦した。今でもわずかながら苦手意識がある。


 だからここで一つ、秘策を切ることにした。




「なっ、それは……!」

「〔宙天返礼歌・不基(もととせず)〕。見覚えが、あるようだねえ」

「我が父の──!」




 私の考えを後押ししてくれていた要素はいくつかあるのだが、戦槌〔大地讃頌〕もその一つだった。


 大地と名のつく武器はこれの他にもいくつか発見されていたのだが、なぜかどれも歌を指していた。

 〔大地讃頌〕〔大地讃歌〕〔大地讃謡〕。

 他にもあるようだけれど私が知っているのは三つ。どれも武器屋で売られていた一見すると何の変哲もない普通の武器だ。


 価格にしては性能が良く、しかし特別な力はないやたらと頑丈なこれらは、シリーズ武器であった。

 その大地シリーズの武器を転移モニュメントに奉納することで、〔宙天返礼歌〕シリーズと交換が出来る。

 〔宙天返礼歌・不基〕は、〔大地讃頌〕を交換したアップグレード品なのだ。



 それを見たエヘイエーの顔色は一変した。

 驚愕に目は見開かれ、口元はわなないている。はためいていた紐は弱々しく垂れ下がり、小刻みに震えていた。


 私は銀の戦槌を見せびらかすように掲げ、勝ち誇った笑みを浮かべる。


 予想していた通り、天空の父と所縁のある品なのだろう。エヘイエーは突然それを目の当たりにしたことで、戸惑いを露にしたのだ。

 いや、戸惑いどころではない。深い絶望にも似た色を浮かべている。




「そんな……まさか、父は我らを……っ!?」




 かすれた呟きが漏れ聞こえる。

 エヘイエーの身体がぶるりと震え、ふらつきながらベッドに腰掛けると俯いた。

 馬鹿な。あり得ない。そんな嘆きがぽつぽつと聞こえてくる。


 あまりの様子にこちらが戸惑う。

 精神への攻撃は確かに狙ったが、まさかここまで効くとは思ってもいなかった。

 薄暗かった部屋が一段と暗くなったように感じる。


「……なんだい、これは」


 いや本当に暗くなってきている。

 輪郭がはっきりと捉えられない。

 特にエヘイエーは、靄に包まれたように視認できなくなっていた。




 ────……ゴポッ。




 粘性のある水音。ゴボゴボと泡の弾けるような音が続けざまに鳴った。

 出所はエヘイエーだ。


 良くないことが起きている。警鐘が脳内で鳴り響く。

 様子見は危険だ。

 先手必勝とばかりに詰め寄る。


 溺れているような音は継続している。それは徐々に大きくなっていき、同時に部屋が暗さを増していく。





 振り下ろした戦槌がエヘイエーを包む靄に触れた瞬間、視界が闇に染まる。

 爆発的に拡散した靄は靄でなく泥となり、濁流が暴威を振るった。

 天地が目まぐるしく入れ替わり、明らかに部屋の広さを超える距離を押し流されてしまう。








ご覧いただきありがとうございます。

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