75.振り向く時点で後悔ばかり
「……負けてりゃ世話ねーぜ」
「あっはっはっはっ」
リスポーンした私を出迎えたのは事情聴取とでも言えばいいだろうか。あるいは査問会か。
とにかく状況の説明を求められたわけである。
死に戻ったことでおおよそのことは察せられているだろうが、正確な事態を把握することは大事な話だ。
思い出せる限りの範囲を伝えたところ、ポツリと出た呟きに私は笑うことしか出来なかった。
腸が煮えくり返るほどではないが、怒りを感じないと言えば嘘になる。
多少はムカつく発言だ。
だがそれを正直に言えば揉める。まず間違いない。
さすがにそれは本意でないため、ここは私が飲み込もう。
「お前のが早く死んでんだからふざけたこと言うなよ!」
横から飛び出した言葉に思わず感心してしまう。
庇ってくれるのか。
「……そうだったな。悪い」
「いやいや、構わないとも」
治安が良い。
空気感のお陰だろう。
最低限の目的は果たせていることで、どこか落ち着いた雰囲気がある。
「それよりさ、もちっと建設的な話しない?」
「ああ、ここからどうする?」
「現状を整理しようか」
音頭をとって、話を進めていく。
この間にベート家の方では作戦が失敗したという報告が入った。だが焦る気持ちはない。
こちらで出来ることは全て終えているからだ。
まず、ここでしなければならないことを確認する。
作戦目的は、ギーメル家の祠と〔帰還の懐中時計〕を接触させて央城深部への転移ルートを開通させることだった。
これは完了している。
ルート開通は複数から確認したことを報告された。目標達成だ。
では、やっておきたかったことはどうだろうか。
敵拠点の襲撃となる以上、相手の戦力を削ることはしたかった。
最大戦力である当主には敵わなかったが、いくらか兵は減らせている。とは言え、依然として脅威であり続けていることを考えれば、及第点には届かないか。
ただ、ゾンビアタックには対策がとられていることを思うと、ここで無理をする必要性は薄いように思える。精神の消耗は数値で出ないものだしね。
威力偵察の強がりが成立するくらいに戦っているから、言い訳は立つだろうか。
やれたら良かったこととして、敵拠点の破壊もあるが当然こちらも失敗だ。
まあ願望に過ぎないことであるから、これについては仕方がない。挑戦し直したところで端から無理なことは分かりきっている。
と、言うかだ。屋敷は破壊不可なオブジェクトだった。正確には、クエスト時空で傷つけても実際の進行ではなかったことにされるタイプだ。
一応成功したはずの今回も、玄関の傷が修復されている。今までは失敗していたからだと思っていたが、どうもそうではないようだ。
「こうして見ると、本当に最低限のクリアだねえ」
ギリギリ条件を達成しているものの、まだまだプレイヤー側の実力が足りていない印象だ。
時期が早いと言うか、レベルが届いていない感がある。どこかでシナリオをショートカットしたのだろうか。
適当な勘だが、恐らくそれは間違いでないと思う。
「これこっからどうするよ? 二回戦?」
「さすがにもうムリムリでしょ」
「央城行ってみる?」
「バーカ、勝ち目ないのに行くわけないだろ」
「だな。ここで苦戦してたら大ボスなんて勝てっこない」
得たものは少ない。
戦闘よりも侵入を優先したため経験値は雀の涙であり、必然戦利品もなしだ。むしろデスペナルティの方が大きい。
ギーメル家含めた央室二十二家門が敵に回ることはほぼ確定的で、むしろまだ敵でない家があることが驚きなのだが、プレイヤーにはマイナスな結果だろう。
やはりこの時点では早すぎた気がする。
プレイヤーとNPCとの好感度が下がってまるで得がない。
収穫と言えば、せいぜいが情報くらいか。
今回得られたもので浮かぶのはそれくらいしかない。
「これ時期尚早と言うやつでは……」
「やめろ。薄々そう思ってるんだから」
「あーあ、やらかし案件かー」
愚痴を聞きながら撤収だ。
いつまでもこの場に居座る理由がないし、他の面々とも合流しなければならない。
「門番強すぎだわ」
「中の連中の方がやべえだろ」
「どっちもどっちでしょ」
「違いない」
移動をし始めながらも、思考は先ほどのライツィとの手合わせを反芻していた。戦いらしい戦いになってはいなかったが、それでも得られたものはある。
今回の一番の収穫と言って良いかもしれない。
アロイジア=ライツィが確定したが、恐らく戦力は等しくなっていない。
アロイジアの方が見た目相応と言おうか。
固定砲台であっても、火力自体はそれなりだ。
衰えとは無縁であるはずの彼女は、しかし脅威としては一段低く見積もらざるを得ない。奥の手は隠しているだろうが、投げた時計を撃ち落とせなかったあたり反応速度が劣っていると見て良い。
唯一恐れるべきは、ノーモーションで熱線を放ったことだろう。発声による予兆が存在しないのは、主導権を握られるという点で厄介だ。
ただ、やはりライツィの方が問題だ。特に私にとっては。
再び見えたことで確信した。
──あれは私の上位互換だ。
頑強さを盾に間合いを殺し、筋力に任せて攻撃を叩きつける。遠距離攻撃は精神力で踏み潰して、正面から力で相手を捩じ伏せるやり口は非常に覚えがあった。
ステータスの暴力。
こうして見ると、実に面倒な手合いだ。
パワープレイを押しつけながらその実、小細工が出来ないわけではない。ただ、必要としていないのである。
妨害をはね除けて、相手を自身の土俵に引きずり込むだけなのだ。
その一点のみを考えているため、思考がシンプルで動きに淀みがない。スキルもおまけのように考えているのだろう。全く使って見せなかったし、使わずとも私を上回っていた。
よほど上手く思考を乱さなければ、正面からのぶつかり合いを強いられてしまうことだろう。
仮にそうなった時、勝てるのは誰か。
ツバメくらいに技量が長けていればチャンスはあるが、残念なことに下位互換である私にはレベルを上げることしか解法が見つからなかった。
やはり、何か一点でも勝るところが欲しい。
勝負をかけようにも現状では競えるポイントが存在していない。
どれも負けてしまっている。組み合わせても届かないだろう。
例えば、《大地讃頌》を奪い取られた時。片手で振るったとは言え軽々と受け止められた上に、技術も何もなく力業でもぎ取られた。明らかに筋力値が足りていない。
パワー負けしたことは地味に堪えた。
それから、スキルもなしの拳だけでガリガリHPが削られた点もだ。一撃で沈まなかったところは少し安心したが、耐久力も防御力ももっと欲しい。
そして、最後の仕留められたところ。
胸に叩き込まれた方は良い。あれは直撃したら耐えられない部類なはずだ。
その前の隙を作った攻撃。
あれは防げた。防げるものだった。
ガードを迂回した一発は、視野が狭まっていなければ見逃すことはなかったものだ。
それを見落とした。明確なミスだ。
それによって首がへし折られ、大きな隙を晒すと同時に踏ん張りを無効化された。
即死回避を剥ぎ取られ、最期の粘りを封じられてしまった。
目指すべき完成形は見えた。
ステータスの振り直しとスキルの調整で近くまでは行けるだろう。
……いや、まだ足りないか。
やはりレベルを上げねば。
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