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68.勝ち馬と負け犬


 三度全滅したことでクエストは一旦置いておこうとなった。



 まず人員が足りない。



 面倒なことに、ベートとギーメルの両方の家に行かなければクエストが起動しなかった。それも同時に、だ。

 黒潮丸とシフの伝手で口の固い奴を数人集めたが、それではとても足りなかった。

 無理くり二手に分かれてみたが、敢えなく全滅。その時は屋敷の中に辿り着くことすら出来なかった。

 敷地に入ってすぐに魔法で一掃されては情報収集にもなりはしない。


 第六の街でもクエストが出た話を掲示板で見ながら、さらに人を集めた。

 この時点で情報を秘匿することは半分諦め、より戦力を集める動きへと切り替えていったのだが、それでも足りない。


 二度目の挑戦では、庭を抜けて屋敷まで入り込めたがそこで全滅。私兵は少ないのだが、質が良い。良すぎるくらいだ。

 ほんの二、三人で八人パーティを真正面から蹴散らしてくる。玄関ホールや庭先のような開けた場所でも、数の利で押すことは出来なかった。



 ああ、きっとレベルが足りないのだろう。皆が薄々察していたと思う。



 それでも、とクエストについて公開して戦力をかき集めて挑んだ三度目も結果は変わらず。二度目と同じ様に玄関ホールで迎え撃たれ、祠に続く廊下へと入ることは叶わなかった。

 この頃になると他のプレイヤーグループも挑み始めていたが、どこも状況は似たり寄ったり。一番進めていたのは私たちだがそれも五十歩百歩な話であった。



 現状をどう打破するか。

 それを相談し合い、自然と一つの結論に至った。


 ──レベルを上げよう。


 私たちはまだレベル百にも届いていない。ゲームシステム上、百より先があることは知られているが、それでも百となれば一つの区切りとなるはずだ。その区切りで何かが変わるかもしれない。

 そうでなくても、戦力の増強に繋がるし、クエストの推奨レベルが分からないのだから備えは必要だ。



 掲示板でクエストに関する嘆きを見つつ、コロッセオでひたすら試合を続ける日々。

 前と同じようだが、漫然としたものではなく明確な目標があるということはメリハリに繋がっている。





 今日もそれは変わらない。


 既に十度の戦いを終え、その相手プレイヤーは全てポリゴンに変えてきた。

 またレベルが一つ上がったのでキリがいいと一度休憩を挟むべく、コロッセオからほど近い喫茶店にやって来ている。


 レベルは九十代も後半に差し掛かり、いよいよ百が視界に入ってきていた。

 ソファにもたれ掛かり、掲示板を新聞代わりにしつつ紅茶を啜る。


「どこも変わらないようだねえ」


 おすすめのシャンプーの話題に今期のアニメ、戦績自慢や特定のプレイヤーへの悪口などなど。最後のは通報した。

 大きな変化はないようで、掲示板は雑談が大半を占めている。実りのありそうな議論はほとんど無い。ある意味で平常運転と言えるかもしれないね。


 紅茶をさらに一口。


「それで」


 対面に座っていたセイロンが口を開く。


「今の今まで省かれていた私に、何のご用ですか?」

「……あー、もしかして怒っていたり?」

「いいえ? ただ、これまで蚊帳の外に置かれていたのに、今になって急に声をかけられた事が疑問なだけです」

「いや、やっぱり怒って」

「都合良く呼び出せるくらいに扱いの軽いフレンドである私にどんなご用で?」

「申し訳ございませんでした」


 頭を下げた私を見て、彼女は眉間を揉みほぐしながら「仕方ないですね」と言った。

 精神的な優位に立とうとした小細工はあっさりとひっくり返され、首根っこを掴まれたような状況に追い込まれる。


「そちらが勝手に自爆しただけでしょう、ゼンザイ」

「心を読まないでくれないかな」

「苦いものでも飲んだような顔でしたよ」


 ゲームだからか、内心が表情に大きく反映される気がする。確証はないが。


 セイロンは優雅にカップに口をつけると、まあまあねと呟く。


「……ホットミルクで格好つけるものじゃあないよ」

「い、良いでしょう別に。口当たりや濃厚さが店によって違うんです!」


 それは初耳だ。

 そこまで細かな違いがあるものなのだろうか。つい気になりホットミルクを注文する。

 その後すぐに気付いた。

 リアルの私は牛乳が飲めない。そのため、ゲームの中で牛乳を注文した事がなかった。

 つまり、違いがあろうがなかろうが比較が出来ないということに。




 一息にカップのミルクを飲み干した私に、セイロンは呆れたような目を向ける。味わえとでも言いたげだ。

 しかし、彼女の口から出たのはそれとは異なる言葉であった。


「三家での揉め事を察知して警備隊でも動きが起きています」


 三家とはアレフ、ベート、ギーメルを指す。揉め事は、クエストの事だろう。

 警備隊の動き。これはこちらでも掴んでいる事実だ。支援を受ける都合上、私にとってプレイヤーよりもNPCである住人と接する機会の方が多い。そこから噂と言う形で漏れ聞いていた。


「彼ら、プレイヤーに首輪を付けたいみたいですよ」


 出来るかどうかは置いておくとして、心情としては理解できる。クエスト用のフィールドとしてインスタンスな空間になるとは言え、街中でドンパチやられては堪ったものではないだろう。ましてや警備隊という治安維持の要員であれば、その思いも一層強いに違いない。

 とは言え、だ。そんなこと出来るとは思えないし、私としては軽い気持ちで相槌を打っていたのだが。


「四日後にはベート家と連携して周辺警備を始めるそうです」

「何だって?」


 ちょっと待ってほしい。

 更なる勢力の介入、それも敵側に着くとあれば攻略に支障を来すに決まっている。

 それが四日後?

 ここに来て難易度緩和ではなく上昇に舵を切るとは、『OIG』が久々にクソゲー仕草をしてきていた。


「それは、確かなのかい?」

「ほぼほぼ間違いないでしょう。私にも伝手はありますから」


 警備隊の住人とコンタクトをとること、それ自体は難しいものではない。詰め所に行けば会うことが出来るし、私のようにコロッセオをきっかけに知り合うルートもある。セイロンならどちらも可能で、さらに私の知らないルートを見つけていても不思議はない。

 ヒントがあるだけマシなのかもしれないが、そうだとしてもだ。


「ちょっと急がないとねえ」

「でしょうね。なので私も協力したいと思います」

「協力? それはありがたいし頼むつもりでいたけれど……。良いのかい?」


 一つ頷き彼女は言った。


「私たちは二パーティ十五人で挑みましたが、一度の挑戦で無理だと悟りました。でも勝ち馬には乗りたい。そこで浮かんだのがあなたたちです」

「ずいぶんとぶっちゃけた話をするじゃあないか」

「だってあなたはこういう方がお好みでしょう」


 悠然と言い放つセイロンに苦笑する。その通りだが、正直が過ぎる。


「しかし、あなたやツバメがいてクリア出来ないものなのですね」

「それは買い被りが過ぎると言うものだよ。それにツバメは不参加だよ」

「おや意外……、でもないですね。彼()こういうのに首を突っ込む性格(タチ)ではないでしょうし」


 ぬるりと差し込まれる皮肉に乾いた笑いしか出ない。


 ツバメはアレフへの仲介を頼んだ後、ゲームにログインして来なくなった。『リアルが大変だ』と一言だけのメッセージが届いたものの、それ以降は全くの消息不明である。

 心配はしているが、いずれ帰ってくると信じてこの話は私の胸に秘めていた。


 それを教えるのではなく、代わりに彼女のレベルを聞く。あまりに離れているならば、残念だが断らなければならない。

 果たしてその返答は八十四レベル。

 悩む。ギリギリ採用ラインだろうか。


 この場は一旦預かるとして、黒潮丸とシフの判断を仰ぐことにした。セイロンにもそれを了解してもらう。






 ──数時間後。セイロンらも加えて、五パーティ四十一人で四度目の挑戦を行うことが決まった。

 決行は三日後。

 警備隊が動き出す前日だ。最後のチャンスに向けて気合いを入れる。







ご覧いただきありがとうございます。

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