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62.天空の父と大地の母

奴らは天から来た





「なるほど」


 黒潮丸が呟く。

 床に積み上げられた五冊の本と、彼が手に持つ一冊の本。それら全ては古びている。

 舞踏会イベントで潜入した小部屋から持ち帰った書物は、黒潮丸にとって興味深い情報を有していたようだった。


「おい、何か分かったのか」


 早々に読むのを止めたシフが、黒潮丸に問いかけた。


「『……かつて、この箱庭が出来るよりも遥か昔。』」


 黒潮丸が、手にしていた赤い革張りの本を再び開く。

 太陽と月について書かれていたそれはどうにも理論的で小難しく、私はざっと目を通しただけで敬遠していた。魔法に振ったビルドというわけでもないからね。

 それに、何やら物語とか神話めいたことが書かれていたとは思いもしなかった。冒頭部分ではなく、後ろの方に仕込まれていたのだろう。

 見落としてしまっていた。


 口を挟もうとするシフを抑え、彼に続きを促す。


「『天空の父は御身の力を千々に分けられ、闇にあっても人々を導かれた。大地の母はこれを喜び、彼を讃える歌を送った。』」

「歌を……?」

「どうした?」

「いや、なんでもないよ」


 大地が讃えた歌。……『大地讃頌』。

 奇妙な合致だ。

 偶然か。あるいは、この本の入手が何らかのトリガーであったのかもしれない。

 しかしまだ何とも言い難い。

 黒潮丸の言葉を聞くことにする。


「『人は父を仰ぎ、母に抱かれて、世界を育んだ。人は喜びとともにあり、父の威光を顕示する太陽と、恩愛を湛えた月を尊び、母の────』。

ダメだな、ここから読めない」


 途切れてしまった先に想像を巡らせる。

 おそらく、母を称賛する文章が続いていたことだろう。それは簡単に思いつく。

 ではその先は?

 父と母と人に触れた。その後は何を話す? 何を書く?




「……ったく、誰だよな。父だの母だの。初めて聞くっての」


 シフの呟きに、黒潮丸と揃って彼女を見た。

 戸惑いながら彼女は言う。

 太陽と月の話だったのにおかしくないか、と。


 なるほど、一理ある。

 確かにおかしく思える。しかし、おかしくはなかった。


 父とは天空の神で、太陽と月を司るもののことだろう。

 太陽は燦然と輝き父の威光を知らしめ、月は夜を照らすことで父の慈愛を示す。

 これはそういう話だ。


 黒潮丸もそう考えており、シフにそれを話した。

 すると彼女は言った。


「いや、じゃあセフィロトとかは何なんだよ」


 私も、黒潮丸も、ピタリと動きを止めた。


「……繋がっていないねえ」

「二つの、別々の神話体系が共存している?」

「セフィロトは形があるモチーフだよ。移行したんじゃないかい?」

「なら、間はなんだ。きっかけはどこにある」


 二人して考え込む。

 シフの疑問はもっともだった。

 天空の父と大地の母。これは良い。ありがちなモチーフだし、そこに不思議は無い。

 セフィロト。こちらも良い。モチーフとして扱われていることにもはや異論を挟む余地などなく、クリフォトと合わせて『OIG』の根幹を為していると言える。


 ならばそれらの関連はどこにあるのか。

 ここがスッポリと抜けていた。


 それに、王たちと都市の侵略。

 私の予想の域を出ないが、彼らは上から来たはずだ。だとすれば、どこからやって来たのか。


 いや待て。


「王たちが来たから切り替わった。ってのはどうだい?」


 二つの神話を切り替えた起点が、エヘイエーら王にある可能性を提示する。


「上から来たって言うなら、王と父は同じじゃない?」


 ……なるほど。シフの考えの方がしっくりくる気がする。

 派生なのか、分体なのか。細かいところは不明だが、本質的には似通っていると彼女は言いたいのだろう。




「アインはとあるクエスト報酬のフレーバーテキストにあったんだが、どうもキャラクターではあったらしい」


 黒潮丸に、そのフレーバーテキストを詳しく教えてくれるように頼む。

 すると、彼はインベントリから銀のペンダントを取り出して見せた。月の満ち欠けが掘り込まれたメダルにチェーンが付いた簡素な物だ。

 見せてもらったテキストは一行だけの短いものであった。


『かつてアインにより渡された錫のペンダント』


 安物だ。

 あまりにも素っ気ないそれは、しかしアインが物を渡せる存在であったことや、古いものであること、月と何かしらの関係があることなどを窺わせる。

 それは元の持ち主についても同じで、このペンダントを渡された理由を想像させた。


「実体のある存在なのはまず間違いないねえ。ただ、今も無事かは分からないけど」

「……言い方が悪役だろ」


 シフの呟きは無視して、ペンダントに触れる許可を貰うと手にとって眺める。


 わずかにくすみがあるが、状態はかなり良い。

 柔らかい錫製だというのに傷もない。ゲームだからだろうか。

 じろじろと観察しているうちに、違和感を覚えた。

 傷がないわりに、彫刻は削れている。

 ほんの少しの違いだが、半月と満月とでは彫りの深さが異なっていた。満月の方が窪んでいる。

 風化だろうか。しかし、そうとは思えない。それなら、そんな細かな部分に分かるほどの差異が生まれるとは考えにくいからだ。


 裏返す。

 メダルの中央には宝石が埋め込まれている。

 月を表すものではない。

 紅色のそれは、光を当てると虹色の輝きを放った。


「…………これは、まさか……。ヘリオライトか!」

「何だよそれ」

「……サンストーンと呼ばれる宝石だよ。名のごとく太陽を表すのさ」

「マジ?」


 シフが驚きを声に出す。

 ペンダントには太陽と月が揃っていた。

 太陽と月を司る天空の父、正にそれだ。

 三人の視線が集まる。


「これも含めて、アレフに聞きたいな」


 黒潮丸に同意する。

 エヘイエーの目的がどこにあるかは分からないが、これらが全く無関係であるとは思えなかった。








 ♦️








「──待っていたよ、ゼンザイ!」


 常と変わらぬ笑顔のツバメに、しかしわずかな敵意を感じた。何やらピリついた空気を纏っている。

 戦意が溢れている、とはまた少し違う状態だ。

 友好的だが、態度と裏腹に隔意がある。


 穏便に協力を取り付けるのは難しそうだね。直感的に理解した。


 ツバメの立ち姿は見慣れたものだ。

 質の良い生地であつらえた濃紺のスーツは、薄いストライプが走っており胸元には大振りのブローチが留められている。

 キャリアバリバリなサラリーマン、というよりはお洒落な伊達男といった具合の格好をした彼は、左腰に刀を差していた。


「それが例の刀、で合っているかい?」

「ああ、そうさ!」


 ツバメが刀の柄を軽く撫でる。


 それは私が舞踏会イベントに参加することを求められた理由であった。

 参加賞とその他いくつかの資材を費やして、鍛え上げられた逸品。

 ツバメがしつこく語ってみせた刀が完成したのである。

 今回はそのお披露目と言おうか。初陣を飾るべく、試合をしようと彼に誘われたのであった。


「で、後ろの二人はどうしたのさ」


 ツバメが視線を私の背後へとやる。

 黒潮丸とシフだ。


「ツバメに質問があるそうだよ」

「ふーん」

「出来れば私も聞きたいねえ」


 面倒くさそうな表情が、一瞬ツバメの顔に浮かんだ。だがそれはすぐにかき消され、笑顔へと変わる。


「オーケー! なら、僕に勝てたら受け付けるよ」


 話の風向きが変わった。


 意地悪そうな笑みは、普段のツバメとは大きく異なるものだ。

 好感度を気にせず振る舞う彼だが、別に嫌われようと思っているわけではない。

 利害には敏いし、感情だって解して動く。何ならツバメ自身が感情に従うタイプなために、押し付けのような取り引きはしない。はずだった。

 しかし今回は、事情や背景を聞くことなく即座に試合を条件としてきた。


 聞かれれば話す用意も、何かしらの条件を飲む覚悟もあった。だが、いきなり試合に勝てと言われれば面食らう。


「前座には十分だろうからね!」


 さらには挑発するような言動まで混じっている。ツバメが相手を意図して煽るところなど初めて見た。

 黒潮丸もシフもPVPを多く行い、それなりにコロッセオ勢としてのプライドがある。それを逆撫でする物言いに殺気立つ。血気盛んにも程があるだろうに。


 確認するまでもなく受ける気になったであろう二人に変わって、ツバメに試合の順番を確認する。

 すると彼は、前座だと言ったはずだと答えた。

 つまり、黒潮丸とシフが先で、私が二人の後に戦う。彼はそう決めていた。


「さよならもなく新しい武器にチェンジするのは忍びなかった」


 ちょうど良い機会だよ。彼はそう言って、いつも振るっていた長剣に装備を変更した。


 もう止められない。


 ツバメはどうにも好戦的であるし、後ろの二人も挑発されて引く気がない。

 元々血の気の多い連中なのだ。少しでも喧嘩を売られたら倍にして買うくらいの気構えであるのだから、今さら止めたとは言わないし言えないだろう。

 それがツバメの狙いであったとしても。


 ため息一つ、深く吐き出す。




「では、移動をすることとしようか」








ご覧いただきありがとうございます。

評価、いいねをいただけると大変励みになりますので、よろしくお願いします。



ただただ、帰りたいのです。






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