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58.ウォーハンマー


「うーわ、あんたこれ何やったの? 肩から千切れてるじゃん。作り直しだよ作り直し」

「まあ、だろうねえ。手間をかけるけど、よろしく頼むよ」

「こっちは儲かるから良いけどさ。もうちょっと大事に扱ってよ」

「いやあ、大事にはしているんだよ? ただ、向こうが大事にしてくれなくてねえ」



 二度のアップデートによる修正を経て、コロッセオでの戦闘の後は装備の手入れを職人に頼む必要が出来た。

 不便ではあるが、職人プレイヤーを増やすためと思えば飲み込めなくはない。掲示板では改悪とか言われていたがね。

 最初から手間のかかるシステムであるより、後から手間がかかるシステムに変わる方が抵抗は大きい。実際、気持ち良く受け入れられたかと言えば、そうではなかった。


 まあCPを払えば全部任せられるし額もそれほどではないから、今では必要経費と割り切っている。

 私のペースだと二、三日に一回は行くことになるのだが、外に出てモンスター相手に戦う連中はどれくらい消耗するのだろうか。




 昨日の試合では少年NPCに酷く痛めつけられた。勝利こそ収めたものの、盾はスクラップになってしまい、防具にも苛烈な攻撃の痕が残る。左腕部分なんて千切り取られてしまっているからね。

 とてもじゃないが、戦うなどとは言っていられない状態だった。


 そうしたわけで、今日一日は装備を整えるために使う予定である。

 まずやってきたのはシャンボール衣服店。

 防具の損傷は酷い。もう新たにあつらえるしかないほどだ。素人でも分かる。

 シャンボールにそれを頼むのだ。



「ねえ、なんで金属鎧に戻さないのー?」


 彼女の質問に笑って答える。


「機会があれば戻すよ、その時が来ればね。ただ頑丈ならそれで良い、と言うわけにはいかないものなのさ。その辺りの兼ね合いをとると、今は君に任せるのが一番なんだよねえ」

「よせやい、褒めても何も出ないぞ!」


 そう言ってから、シャンボールはお茶菓子を取り出した。

 出るじゃないかと笑って、二人してクッキーをつまむ。

 聞けばフレンドが店を開いたらしい。応援の気持ちを込めて買ったのだとか。


「でもさー、神官ならまだしも神官戦士ってなったら鎧着てるイメージない?」

「それは同意するのだけれどね。チェインメイルって正直、格好良くないと思わないかい?」

「……個人の好みでしょ。別に悪くはないと思うけど、それなら他の鎧にすればいいじゃん。板金鎧とか」

「あんまり着心地良くないんだよねえ」

「そりゃそうでしょうよ」

「その点、君の服なら着心地良いしデザインもバッチリだからさ。頼みたくなるのだよね」

「だははっ! そんなに褒めるなよ!」


 追加でマドレーヌも出てきた。








「ここは余裕を持たせた方が良い?」

「そうだね……。それよりも肩回りかな」


 希望を聞き取りながら、防具のラフをシャンボールが描き進めていく。

 話をしながら淀みなく筆が進む様は、見ていて感心する。悩む素振りが無いのだ。職人技と言って良いのではなかろうか。


 ベースがキャソックなのは変わらず、そこに革の装甲を仕込んでもらう。肩、脇、胸、腹、太もも、脛。動きを阻害しないように、かつ防御力が高まるようにと、面倒な注文であることは理解している。

 しかしそれをシャンボールは、デザインとの両立を果たした上で達成してみせるのだから、金属鎧を仕立ててもらおうなどという気にはならないよ。



「これ着てたら、胡散臭いぞー」


 ゆったりとしたシルエットながら、絞るところは絞るというこちらの面倒な要求に、シャンボールは軽口を叩きながらサラサラとデザインを形にしてみせる。

 時折こちらに見せて修正を加えること、一時間。

 まだ仮段階だが、デザインが決定した。

 職人プレイがどのような具合なのかは知らないが、ゲームであることを差し引いたってどう考えても早業だ。


 リアルを探るつもりはないが、どんな職業に就いているか予想が出来てしまうね。

 十中八九、服飾関係だろう。これで違う方が困ってしまう。もしそうなら転職を進めるぞ。


 完成したデザインに頷きながら素材や費用について聞けば、多少高めであるものの納得出来るラインを提示された。

 なんだかんだ全身一揃いを新調するのだ。セットで割り引きをしてくれていても、どうしたって高くなってしまうのだろうね。

 それに、私の出せる素材に偏りがあるのも費用が嵩む一因になっているだろう。CP(コロッセオポイント)で交換できる物くらいしか価値ある物がないのだ。あとは精々が棚売りのアイテムになってしまう。仕入れをシャンボールに頼る他なく、負担をかける分こちらが金を出すのが当然というわけだ。


 条件を呑んで契約にサインをする。






「はい、これでオッケー」

「よろしく頼んだよ」

「バッチリ仕上げるから期待しててー」


 軽く応じる彼女に片手を挙げて店を出る。

 次に向かうのは鍛冶屋の予定だ。





 ♦️





 鍛冶屋を訪れるのは、新しいメイスを用意するためだ。

 舞踏会イベントで失くした後、予備に持っていた物で誤魔化していたがこの機会に購入を決めたのである。まあ、使っていた予備も先の戦闘で傷だらけにされてしまった。直して使うより、買ってしまった方が良いと判断したのだ。



 カタログスペックだけでなく、実際に持った感触も確かめながら物色していく。

 さすがに店内で振り回すような真似はしない。だがそれでも、手にしてしっくり来る物とそうでない物の違いは大きい。




 じっくりと時間をかけて、満足行く品を探す。

 これが中々見つからない。




 正直なところ、私はあまり選り好みしない性質(たち)だと思っていたのだが、そうでもないようであった。

 妥協しないと決めていたからか。

 一時間経つが悩むのを止められない。


 そろそろ、普段ログアウトをしている時間が迫ってきている。

 このままでは日付が変わってしまうと言うのに、これだと思える品に出会えないのだ。


「……うーむ」


 顎を擦り、唸る。

 どれを選んでも悪くない。だが良くもない。





 ふと、別の棚に視線が行った。


 そこには片手用のメイスではなく、両手持ちのウォーハンマーが並べられている。

 柄の長さも先端の形状も材質も値段も様々な戦槌が数十本置かれていた。こうして明らかにそのスペース以上の品物がまとめられるのはゲームならではだろうね。


 ふらりと引き寄せられ、立て掛けられた品々を見ていく。

 どうしてかは分からないが、その鈍い輝きに興味をそそられてしまったのだ。


「ウォーハンマー、か……」


 一本、手にとってみる。

 総金属のそれはずっしりと重く、これまでに振るっていたメイス以上に力強さを感じさせた。

 先ほどまで見ていた片手用のメイスよりも、手にしていてしっくり来る。


 ただ、これではない。

 もっと良いものが、納得出来るものがあるに違いない。

 手応えがあったからこそか、そんな風に直感した。

 根拠はなくとも、妥協する必要のない品を見つけられるという確信が生じていた。




 片っ端からウォーハンマーを漁っていく。


 あと十五センチは長い方が良い。

 少し軽い。

 重心が手元に寄り過ぎている。

 柄が細い。

 滑る。

 今度は長過ぎる。

 柄の装飾が持ちにくい。

 重心が先端に寄っている。

 これも滑る。

 頭が大きすぎる。

 軽すぎる。



 惜しいものもあった。


 その都度、これで良いのでは、と妥協が姿を現してきた。

 それを振り切って探し続ける。


 良いものを。これこそ私が求めていたものだ、と思える逸品を欲して、手にとって確かめていく。






「……あった」


 一目見て、探していたのはこれだという確信が持てた。

 わずかに震えの走る手で、そのウォーハンマーを取り上げる。


 手に吸い付くような感じは、他の品から味わえなかったものだ。

 長さ、重さ、バランス。どれをとっても過不足が無い。

 きっと自在に操れることだろう。小枝のように、指揮棒のように、バトンのように。

 これを振るって破壊の嵐となる自分を容易く思い描くことが出来た。



 すぐさまそのウォーハンマー、〔大地讃頌〕を購入した。

 店の棚に置かれていたとは、中々思いがたい逸品であった。

 出会いに感謝だ。


 ただ、これによって新たな問題が発生してしまった。

 盾が使えないのだ。

 ウォーハンマーを片手で振ること自体は可能である。だがゲーム的な都合上、装備の枠としては両手分を使用するのだ。

 つまり、ウォーハンマーを装備した状態で、さらに盾を装備することは出来なかった。


 しかし、少し悩みはしたものの、解決策がないわけではない。

 ステータスやらスキルやらには振り直しが必要になるが、新生神官戦士スタイルを構築してみるとしよう。





ご覧いただきありがとうございます。

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