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サムライは友を切り捨てる決心をした


『ひどいっすよー、フレいきなり切るんすもん。また登録しといてくださいねー』


 適当な返事をしておく。

 誰だこいつは。

 顔を見ても名前が出てこなかった。なら、登録なんてしておかなくても良いか。

 そのままそいつは忘却の彼方へと消えていく。

 これで万事解決だった。



 ゲームは良いものだ。

 人間関係の変化を現実ほど重く受け止められない。ある程度雑な振る舞いも、ここでなら見過ごされる。

 人は簡単に切り捨てられるし、離れるも近付くも本人次第だ。

 誰もが抱える無関心、それが表に出ているのだ。

 それは僕に安らぎを与え、同時に満たされない実感を突きつけてくる。



 ここでは誰もが主人公であって、それと同時に脇役だ。

 現実よりもそれは強調されていて、だからこそ安心する。

 尊重されないと分かっているが故に、こちらも好き勝手に自由を享受できた。



 ゲームは良いものだ。

 現実ほどに気を張って生きなくて良い。

 楽で、穏やかで、温くて、退屈だ。

 命を奪うことに抵抗を覚える必要はなく、罪の意識に苛まれる必要もない。

 適当に緩く、やりたいようにやっていればいい。どうせ皆、どこかしらでブレーキを踏むのだ。

 壊せてしまうからこそ壊されずに置かれた、ガラス細工のような世界。


「僕の望んだ通りではあるけどさ」


 望み通りの予想通り。

 想像して用意したハードルを、超えることも潜ることも出来ずに正面から衝突したゲームに、まあそんなものかと呟く。



 どこに行こうと人は変わらない。

 僕だって変わらないし、他のプレイヤーだってそうだ。

 結局、常と同じところに落ち着いてしまう。

 そうして、どこか既視感のある世界が形作られていく。





 新調した武器を撫でる。

 このゲームで唯一、感心したと言って良いポイントだ。実物を知っているが故に、満足行く出来であることには驚いた。

 細かな作り込みは、これまでに触れたどのゲームをも上回っていた。銘の彫り込みまで再現されているとなれば、唸らざるを得ない。



 ゲームは良いものだ。

 現実には出来ない体験という売り文句に嘘はない。

 魔法を使うことも、モンスターと戦うことも、毒薬を飲むことも、身体の一部を新たに生やすことも、現実ではまず体験することはない。

 それはもちろん、人を殺すことにも通じる。

 磨き上げた己れの腕が、真実、命を奪うに足るものか。

 それを知るとは言えないが、近い感覚まで教えてくれることには喜びを覚えていた。





 ただ、どうしたことか。

 最近はそれもどうでもよくなってしまった。


 あれだけ楽しんでいたはずのコロッセオも、間隔が空き始めている。

 同じことの繰り返しに、少しだけ疲れてしまっていた。


 この様子を見たら、アイツは怒るかもしれないな。

 脳裏に一人の友人が浮かぶ。

 彼には迷惑をかけている。

 同じように人付き合いが苦手だからか。連絡がとれなくなりがちな彼とは、ゲーム開始早々にフレンド登録を交わしてから付き合いを続けていられた。

 互いに互いの悪い部分を許容出来ている、と言って良いだろうか。


「あの時は渋い顔してたなぁ」


 頼みごとが頷きにくいものであったことは承知している。

 アイツくらいしか頼めなかったのだ。




「……そろそろ次を考えるかな」


 ゲームは良いものだ。

 いくつもの世界で、たくさんの自分を試せる。

 うまく行かなければ別の自分に乗り換えることも、投げ出して現実に帰ることも出来て、理想の自分を作り上げられるまで何度でも挑戦が可能だ。僕もその途上にいる。

 一つのタイトルに拘らず、あっちにフラフラこっちにフラフラ。

 そうしている内に、あることを悟った。

 理想の自分はいつか得られる。どれだけの時間がかかるかまでは分からないが、必ず手が届く時が来る。


 正しく夢のようだ。


 それが幸せな夢であれば良いのだが。



 ゲームは夢のようで、幻想を肯定して、理想を求めてこそで、しかしどこまでも現実が追ってくる。

 僕もそうだった。

 夢はいつか覚めるのだ。幻想は晴れて、理想は現実にとって変わられる。

 届かない理想を人は思い描けないのだ。

 そして届く範囲だからこそ、現実から逃れることは叶わない。



 ──僕は僕のままだった。



 フレンドを作っては自分から距離をとる。

 勝手に切り捨てて、逃げ出して、遠いところから恨めしそうに見つめるばかり。

 それが嫌だったはずなのに、同じことばかり繰り返している。

 話が出来ないわけではない。優しげに振る舞うことも、相談に乗ることも出来る。


 僕に出来ないのは興味を持ち続けることだけ。






 フレンドリストを開けば、そこには一人の男の名前が。

 いや、他の名前が存在しないそこにあるのが、唯一のフレンドネームだ。


「……ゼンザイ。あとはもう君だけなんだ」


 この気持ちがどんなものなのか。

 助けてほしいのか。消えてほしいのか。

 分からないままにメッセージを送る。


 最後のフレンド(ともだち)、彼との決別を心に決めて。






ご覧いただきありがとうございます。

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