53.ロンリーウルフ
モンスターと戦うなら、パーティ一択なんですよね。
じんわりとした痺れが腕を伝う。
縦横無尽にメイスを振るい、剣を、あるいは盾を打ち払っていく。
怒号が響き、叫びの舞う戦場。
さらに一歩踏み込み、敵となったプレイヤーを押し退けて指揮官を狙う。気分は一騎駆け。テンションが上がるのを感じる。
肉を叩く感触はしばらく手から離れることはないだろう。そう思えるほどに血糊がメイスにこびりついている。
身体はポリゴンになって消えていったはずなのに、血の痕を残しているだなんて不思議な話だ。そんな、少し場違いな感想が浮上してくる。
忙しいはずだというのに余裕がある矛盾。
全速力で回り行く思考は冴え渡り、見えるもの全てを拾い上げて情報を処理していく。視界はいつも以上にクリアで、肌を撫でる空気の揺らめきさえも知覚できた。
脳内のリソースはとうに使い果たしているはずなのに、さらに新たな何かへと手が伸びていく。あれもこれも詰め込まれながら
パンクすることなく稼働を続ける頭脳は、自律しているかのようだ。
自分の事であるのに、どこか他人事のように感じてしまう。
飛来する矢をわずかに屈んで回避し、合わせて突き込まれた槍の穂先にメイスを当てる。狙いが逸れて空いた懐に踏み入り、槍を持つ手に盾を引っ掛けて新たな壁の出来上がりだ。
それまでお世話になっていた剣士くんには退場願おう。短い間だったが役に立ってくれたよ。
「食らえ!!!」
悠長に組み上げられていた魔法がようやっと飛んできた。
STRに物を言わせて強引に振り回して、火球と私の間に新たな肉壁を割り込ませる。
火の玉が炸裂した。
『OIG』にフレンドリーファイアは存在しない。仲間同士で攻撃をし合ったとして、基本的にダメージは発生しないのだ。
パーティなのかレイドなのか、それともクエスト限定の処理なのか。どんな判定かは知らないが、仲間であるのだろう。私の盾にされた男も無事だった。
当然だ。ゲームの仕様であるのだから。
だが、干渉はしてしまう。
無効であるのはダメージだけ。触れるということは当たるということ。仲間の攻撃では死なないが故に、仲間こそが最も強固な盾となる。
撒き散らされた炎と爆風を盾にしたプレイヤーで凌ぐ。二人分の重みで踏ん張りがよく利いた。
彼らは情を捨てるべきだったのだと思う。仲間を見捨てるべきだったのだ。
戦うかどうかを選ばされてはならない。私に仕掛けることを許した時点で、彼らは既に遅れをとっていた。
ならば考える必要があるのは、迎撃の一手ではなく優位な形に戦局を覆す方策だ。
彼らに出来ることはあった。
盾にしていた槍使いを振り払い、そのまま階下へと突き落とす。倒せはしないだろうが、これで良い。
──例えば、私や仲間もろとも攻撃をして床を砕いて下へと落とすという動き。実際にどれだけの範囲を壊せるかは試してみなければ分からないことだが、床が破壊可能オブジェクトであることは既に知れている。足場が無ければ戻っては来られないし、まず間違いなく時間を稼げる一手だ。
じっくり上から魔法でなぶり殺しにするも良し。放置して他への対処に戦力を割くも良し。
二面作戦は効率が悪い。リソースの集中を計れるという点でもオススメ出来る作戦だね。
足元をメイスで薙ぐ。膝を打たれて姿勢を崩した重装歩兵。
彼を盾で掬い上げるようにして地面から浮かし、そのままギャラリーを塞ぐように転がしてしまう。
これだけで彼らは足元が不如意になる。散発的に放たれるだけの魔法攻撃はさして恐ろしいものではなく、倒れた重装歩兵を蹴り転がして陣地を制圧していく。
──例えば、人数差で押し潰すなんてやり方もあった。
私に応戦しているプレイヤーも五人、六人ではない。十は超えている。多分、二パーティ分くらいがこの狭い場所に詰め込まれていた。
狭さと多さ故に自由度を失っている彼らだが、それを強みとして活かせば状況は変わる。
私がなんだかんだ立ち回れているのは、一対一に近いシチュエーションを作れているからだ。形成された列の先頭だけなら、一度に向かい合うのは少数で済む。これが開けた場所、下のホールやギャラリーが繋がる先の広間など、であったならもっと苦戦していただろう。負けていても不思議はない。
数は力だ。
その力が十全に発揮できるように場を整えれば、エヘイエー側のプレイヤーは優位に事を運べたはずだった。
あれだね。つまり、スクラムを組めば良かったのだ。
多少ぶん殴られることは受け入れて、逃げる空間を無くしてしまえば良い。五人で抑えられないなら、十人で抑え込めば事は済んでしまうと言う話だ。
「まあ、それを許すつもりはないけどねえ」
「なんの話だっ!!」
「こっちの話さ」
わざわざ教えてあげることでもない。
答えの代わりにメイスをお見舞いしてやろう。顔に、足に、散らすことで防御を掻い潜る。
そのリアクションが仲間の攻撃の機会を奪っていることには気付くのだろうか。無意味に振り回された腕が私の盾となり、反射的な後退りが私の安全地帯を生む。
わずかに永らえた猶予で彼らの包囲網を切り崩し、前進がさらなる思考と戦略をもたらす。
目指した場所は近い。
吹き抜けを囲うギャラリーの中央、二階部分の要である広間には陣形が敷かれていた。
さすがに対応してきたようだ。
ギャラリー部分で迎撃に回ったプレイヤーは放置して、指揮下に収められる人員で防御を固めたのか。
あと六人、パーティにすると一つ分。
私と陣地を隔てるのはそれだけの障害だ。
防衛に専念した分、敵の後方からの支援は手薄になっている。加えて、向こう側のギャラリーから戦神陣営のプレイヤーが押し寄せ、広間では迎撃戦が開始されていた。
注意が外れた今は好機である。
踏みしめる脚や、武具を掴む手に力が漲るというもの。
ここまで来ると迂闊な攻撃に出てくることは少ないが、それでも敵が突出することは0ではない。
虎視眈々と様子を伺い、じっくりと圧をかけながら私は歩みを止めない。
一気呵成に攻める時を待ち、しかし守勢に回らず押し続ける。
止まった私を迎えるのは死だ。孤軍であるこの身は、暴れることでのみ立ち続けられる。
内心の焦りは押し隠してメイスを振り続ける。
敵だって落下させることが有効であるのは、既に理解している。
彼らがそれをしないのは、単純に我が身が可愛いからでしかない。
誰だって、自分だけが貧乏くじを引くのは嫌なものだ。後ろに陣地が構えられた以上、さっさと退場するような羽目には陥りたくないと彼らは考えている。
囮を買って出たことで仲間が得をしても、それで自分が損をするのでは釣り合わないという思考なのだ。
分かるよ。
私たちは、コロッセオで一人戦うようなプレイヤーなのだ。我が強かったり、協調性がなかったりするものだろう。
パーティプレイの真似事は出来たとしても、真の信頼からは外れている。
私も人のことを言えたような人間ではない。だからこそ、彼らが損得を天秤にかけて選び取れずに迷いを抱えていることが見通せた。
そしてその、揺れ動く損得の天秤を傾けないのが、利己的な私たちのプレイングだ。
一人だけ、後退のタイミングがずれた。
その斧戦士を狙う。
間合いを詰めて貼り付くように立ち回り、後衛の射線を被せて、他の前衛との間に来るようにする。
盾で斧を持つ手を自由にさせず、メイスを脚へ振り下ろす。テニスのフォアハンドのように振り抜けば、相手の機動力は滅茶苦茶だ。
三発まで耐えて、四発目で姿勢が崩れた。
すかさず股の間にメイスをかけて、放り投げるように階下へと落とす。一丁上がり、あと五人だ。
最早この投げ落とす動作には慣れてしまった。
トドメまできっちり刺せたのはなんだかんだ三人くらいで、その三倍以上を下の階に捨ててきた。仕留めきる時間を考えると、どうしてもその選択を採らざるを得なかったのだ。
さて、これだけ実演して見せれば敵だって真似ようとするが、立ち回りでどうにか妨害をしてきた。
落とされた連中が姿を消したの関係もあるのだろう。多分、戻ってくるルートがある。
まあ、いい。
残りの五人を強引に押し切ってしまおう。
帰ってくる前にこちらが勝利すれば、それで万事解決である。
ここまで極力スキルを使わなかった判断が功を奏した。余力はある。
私のステータス構成は持久戦に寄っているため、長丁場や連続した戦闘を得意としていた。今回はまさにそれだ。
「【衝撃侵入】」
スキルを起動。
【衝撃注入】が強化されたこのスキルは、単発限りだった元のスキルと違い効果が持続する。
大きな成長だ。特に、何度も攻撃をしなければならない多人数戦では、その恩恵は計り知れない。
打ち合った剣が不自然に弾かれる。
明らかにこれまでとは異なる感触がメイスを伝う。
さらに返しで叩き込んだ一撃は、相手の意識を刈り取った。頭部に入ったことで状態異常の『失神』を引き起こしたのだ。
『失神』は『スタン』の上位に位置する状態異常で継続時間が長い。また、外界の情報が完全に遮断されるため、復帰してから周囲を確認する必要がありワンテンポ動き出しが遅れてしまう厄介な性質を持つ。
崩れ落ちた剣士を転がしたまま、後衛に迫る。
あと四人。
割って入ってきた鈍器使いの動きに合わせてメイスを振り抜く。君もメイスを使うのか、センスが良いね。
カウンター気味に胸に打ち込まれた所に、おまけをプレゼントする。
「【スパイクス・アーチン】」
──爆散。
クリティカルが発生したこともあってか、メイス使い君は弾け飛んだ。
以前と比べて格段に向上した威力に、思わず目を剥いてしまう。まだスキルを重ねられるのだが、対人では過剰な火力じゃないか。
唖然としていても身体は半自動的に動いていた。
私と同じように。大きく目を見開いてメイス使いが炸裂した後を見ていた弓使いに襲い掛かる。
反応したところで遅い。
咄嗟に防御をされるが、スキルが発動しているメイスを正面から受け止めるのは悪手だ。
弓が脆くも破砕される!
武器を失い、ついでに片手が壊れた弓使いも放置。
残り二人。
神官と魔法使いは既に退こうとしていた。
薄情とは言うまい。後方の陣地と合流すれば、戦力は回復できる。固執して敗れる方がよろしくない。
ただ、その判断は遅きに失していた。
【餓えたる月夜】が私に力を与えている。
これまでの戦闘で、私だって攻撃は食らっているのだ。掠める程度であろうとも、すぐに自動回復が働こうとも被ダメージであることには変わりがない。
亀の歩みで溜まり行くゲージはついに四割を超えて、私の身体は最初よりも明らかに強化されていた。
踏み込みの力強さもさることながら、それ以上に移動の速さに目を瞪る。
まだ四割だと言うのにこれか。最大まで強化された時はどうなるのだろう。
そんな思いを抱きながら、逃げる二人をまとめて撥ね飛ばす。
狭い通路だ。突進しながら両手を広げて、そこに物まで持っているのだから、見ていなければ避けようがない。
ラリアットの要領で叩き伏せ、抵抗など無視して滅多打ちだ。
助けようとしたのか。魔法が飛んできたものの、それらも全て食らいながら攻撃を続行する。
今の私にとって、雑な攻撃は躱さない方がリターンが大きい。
あっという間に、足元で二人分のポリゴンが散ることとなった。
「来たか!」
陣地の反対側から歓迎の言葉が飛んできた。
先ほど言葉を交わしたリーダー殿だ。私が敵の回し者ではないと思ってくれたのだろう。その声はかなり友好的だ。
「待たせたねえ。
……ところで名前を教えてくれないか!」
「ホーガンだ! 暴れろ!!」
端的な指示に笑みが溢れる。
分かりやすいオーダーは嫌いじゃない。
受け入れやすい言葉のチョイスに、従う気にさせてくる声。それに親しみを持ちやすい雰囲気は、成る程、パーティのリーダーと言った感じである。
即席のバリケード越しに敵の指揮官と目が合う。
やはり、どこかで会った気がする。近くまで行けばそれも分かるだろうか。
ならば。
「──押し通らせてもらうよ」
いざ。
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つまりコロッセオ勢は、本質的にボッチが多いということです。




