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52.乱入した上に引き金まで引いた


「おい! あんたは何なんだ!」


 内臓が持ち上がるような浮遊感。

 それから結構な高所からの落下。床にべしゃりと叩きつけられた。

 痛みに呻き声を上げながら身体を起こす。すると、少し離れた所からそんな問いを投げられた。


 私を見る11、いや12人の男女。その内の1人がこちらに剣を向けている。

 リーダー格なのだろうか。彼の後ろの仲間は、頼るような視線を向けているのが見える。

 その他の面々は上と私と、視線を彷徨わせていた。


 つられて視線を上げると、吹き抜けになった階上からこちらを見下ろす無数の人影が。体育館のギャラリーのような場所に立ち、階下を取り囲むようにして武器を構えている。

 双方の雰囲気は穏やかでなく、睨み合う眼光は鋭いものだ。



 ああ、さては邪魔をしてしまったな。



 すぐさま察した。

 どこからどう見ても友好的な場面ではないだろう。

 対立、あるいは対決といったところに私が乱入してしまったのだ。


 回る思考が周囲の情報を拾い上げて分析を進めていく。

 央城の内部で相対しているのだ。どちらかがエヘイエーの陣営で、もう片方が戦神側だろう。

 それなら、地の利を得ている方がエヘイエーの可能性が高い。ホームで有利になるように物事を運ばないはずがないからだ。

 つまり、上の連中がエヘイエー側のプレイヤーとなる。

 そう言えば、落ちた後に私の名を呼ぶ声が聞こえた。聞き覚えのある声だったと思う。

 私のことを知っているのなら、それはコロッセオに出入りをしている人物なのだろう。スポンサー契約の繋がりでエヘイエーの側に勧誘された話を聞くから、そんな奴があそこに混じっていても不思議はない。



 わざと大きな動作でゆっくりと埃を払うことで時間を稼ぐ。大仰に芝居がかった仕草で注目を集める。

 その間にも思考はフルスロットルだ。

 さて、どう答えるのが一番良いか。

 この場の正解を模索し続けている。


 無視はダメだろう。乱入で双方の視線を集めてしまった以上、答えないという選択を採った時点で私は二方向から討たれることになる。それでは手の込んだ自殺と変わらない。


 では正直に話すとするか。『私は戦神の陣営です。信じてください。一緒に上の連中を片付けましょう』と?

 ダメだね。信用出来ない。胡散臭過ぎる。かといって、言葉を尽くして説明が出来るほど悠長に事を進める時間は無いだろう。そんな真似を許してくれるとは思えないし、上も下も大人しく話を聞いてくれなどしないはずだ。



 ──ならば、どうするか。



 よし、ここは釣りをしようか。

 そう決めて、上のプレイヤー目掛けて声を放つ。


「……やあ! ギーメル家に雇われたゼンザイだ。コロッセオ勢なら聞き覚えがあるんじゃないかい?」


 わずかな動揺。

 堂々と嘘を吐く。ついでに、唇の端を吊り上げてニヤリとした笑みもプレゼントだ。

 手応えあり。

 ……同時に、すぐ近くからの圧力が強まる。

 何も気にすることなど無いと、態度で示すように両の手を大きく広げて自信満々に話をしていく。ゆったりと刻むように。じっくりと焦らすように。


「イベントに合わせて央城で動きがあると聞いてねえ。君らエヘイエーについているのだろう?

どうかな。

ここは一つ、手を組む訳にはいかないかい?

いやいや、何も手柄を横取りしようだなんて思っていないとも。

ただ、そこに噛ませてもら「黙れ!」ば……」


 食い付いた。ダメ押しを狙う。


「つれないことを言わないでおくれよ。私たちの仲じゃあないか」

「うるせえ、黙れ!」

「嘘ついてんじゃねーよ!」

「てめえは裏切り者だろうが!」

「味方面すんな!」


 かかった。完全に。

 上階の連中から罵声を浴びせられる。

 一度(たが)が外れてしまえば、後は堰を切ったように溢れ出してしまうものだ。

 雨のように否定が降り注ぐ。


 思わず、口元が綻んでしまう。あまりにも上手くいってしまったからだ。少し愉快ですらある。

 人は間違いを正したくなる生き物だ。それが気に入らない相手であり、遠慮が要らないとなればなおのこと。


「──と、言うことで」


 私に剣を向けたままのプレイヤーに向き直る。

 推定リーダーは事態を飲み込めていないようだ。

 投げつけられる雑言は止むことを知らない。


「私は警備隊に拾われたプレイヤーのゼンザイさ。彼らの敵だ」


 こんなことを突然言われても、きっと困ってしまうだろう。

 すまないね、リーダー。だが、今は無理にでも飲み込んでもらう。

 上の彼らは統制が乱れて攻撃してきていないが、それもすぐに立て直すはずだ。

 そうなれば、苛立ちの分攻撃は激しくなることだろう。

 だから、簡潔に伝える。


「私が前に。後はよろしく」


 階上を支える柱をパッと指差し、走り出す。

 意図が伝わったかを確認する間すら惜しむ。

 まあ失敗したとしても構わないさ、ゲームなのだから。


 柱とは離れた位置にある燭台。壁に備え付けられたそれ目掛けて走る。

 慌てたように放たれた矢が明後日の方向に飛び去った。

 メニューを素早く操作し、換装。いつもの鎧を呼び出した。


 突然二手に分かれたことで、敵の対応が鈍い。

 優先順位が徹底されていないため、散発的に迎撃が飛ぶものの壁として恐ろしくはない。

 指揮官らしきプレイヤーが怒声を上げる。どこかで見た覚えのある奴だ。

 それに従う者もいれば、素直に従わない者もいる。

 連携の乱れ。その隙をついて私は壁にとりついた。


 下に入り込んだことで射角はとれない。

 上階のギャラリーがドーナツ型の構造であるため反対側からなら狙えるが、そちらに人が居ないのは確認済みだ。

 そして、当てられる位置へ移動される前に、私は目的を果たす。


 壁掛けの燭台に、メイスを引っ掛ける。フックのような形の燭台は、ガッチリとメイスを捕まえてくれた。

 力をかけても問題無い。予想通りの手応えに、そう判断を下して一気に身体を引き上げる。

 やけに飾り気の無いこの部屋は、元から戦いが想定されて作られた空間なのだろう。であるならば、そう簡単に壊れる作りではないと踏んでのことだったが、どうやら正解だったようだ。


 バフと合算してついに250を超えたSTRが私を一気に持ち上げる。弾かれたように空中に浮かんだ私は、そのままギャラリーの床をぶち抜いた。


「はあ!?」


 飛び上がったことで驚く顔を下に見ながら、凄まじい勢いで減るHPバーに不安を覚える。


 せりだしているのだから、真上に飛べばギャラリーがあるのは当然だ。

 だからこれもまた予想通り。……【信仰の途】が回復してくれていなければ、落下した時のダメージと合わせて死んでいたがね。


 もし床が破壊不能オブジェクトだとしたら、それは無敵の盾になってしまう。戦闘を想定された空間でそれはないだろう。つまり、上の床は他の場所よりも脆いはず。

 そう考えての行動だったが、床は思ったよりも固かった。


「お邪魔するよ」


 着地が少し不格好になったのはご愛嬌だ。真上に飛んでいる都合上、真下が穴なのだから仕方がない。

 縁のギリギリの所に立つ。それから私は、一番近くに居たプレイヤーの顔にメイスを叩きつけた。


「──ぶっ!?」

「逃走か闘争か。判断が遅いねえ」


 さらに有無を言わせずトドメまで刺しきる。

 突然の暴力に戸惑いの気配を感じた。

 甘い甘い。一方的に狩りをしようという意識が残っている。


 まったく安全圏なんて作るものじゃない。

 思考の切り替えが滞っている。

 ついでにコロッセオ勢は乱戦向きだ。指揮を受けるなんて慣れていないのだから。

 それを部隊として運用しようとすれば、必ず無理が生じるものだ。



 狭いギャラリーではかえって仲間が邪魔になる。

 味方を撃つのはストレスだ。心理的に大きな負担となる。たとえダメージが入らないと知っていても、そこに躊躇いを覚えて当然のことだ。ましてや手にした剣で、あるいは槍で刺し貫くなど。

 コロッセオで戦っているプレイヤーであっても真っ当な倫理観は持ち合わせている。彼らの大半は、コロッセオだからこそ安心して敵を殺せるのだ。

 だからこそ当然のことながら、同士討ちは避けたいと考えているし、瞬時に味方ごと敵を殺す判断を下せる者は少ない。


 故にそこを突く。


 プレイヤーに密着して、盾代わり、いや肉壁としながら前進する。

 狙うは指揮を執ろうとしたプレイヤーだ。


 強引に四、五人を一塊に抑え込み、遠距離攻撃の射線を切るのに利用する。歩みは鈍いが、一歩一歩確実に踏みしめて行く。

 合わせて、抵抗を封じるべくメイスを振るう。中でも脚を重点的に。


 その時、柱を伝って上がってくるプレイヤーを見た。更なる混乱が間近に迫っている。

 あちらに攻撃が飛ばないよう、さらに暴れて注意を引こうか。





 ────舞踏会イベントの裏で、本格的な衝突が始まった。








ご覧いただきありがとうございます。

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