51.直上より来たる
「──理解できたか?
お前たちは自分から罠に飛び込んでいたのだと」
したり顔で階下のプレイヤーたちに語りかける男を後ろから見ながら、黒潮丸は焦りを覚えていた。
(ネタばらしは良いから止めを刺させろ)
彼の胸中に不満が渦巻く。
しかし、それを口には出来ない。
あの男は現在の雇い主であり、クエストの発注元である。機嫌を損ねて評価を下げるなど笑い話にもならない。
『OIG』にはプレイヤーからの評価が二分される要素がいくつか存在しているのだが、これもその一つ。クエストの発注元からの好感度が低いと報酬の質が低下するのだ。クエストクリアには満足させることが求められるため、という理由らしいが黒潮丸からすればそれはクソだった。
何が悲しくてNPCのご機嫌取りをしなければならないのか。
そうは思いながらも我慢してギャルゲーもどきをこなすのだが、黒潮丸が上手くやって見せるお陰でフレンドたちは交渉役を彼に一任するようになってしまった。
黒潮丸は目線を彷徨わせ、仲間にアイコンタクトをとる。
交渉を引き受けている利点は、黒潮丸が仲間たちの中で優位に立てることだ。
誰が口を出すか。
仲間たちはそれぞれが、貧乏くじを引け、と押し付け合いをしている。
黒潮丸はそれを高みの見物だ。彼がここで出張る必要性は薄い。
階下のプレイヤーは、戦神に与する者たちだ。
つまり、エヘイエーの側に立つ黒潮丸とは敵対関係にある。そのため、倒すことへの躊躇はない。
むしろ、倒せぬことがストレスだった。
舞踏会イベントが告知された日。
エヘイエー陣営と関わりの深いプレイヤーにはあるクエストが提示された。
内容は央城への侵入者を駆除するというもの。
どういうことかと思えば、説明を聞いて合点がいった。
舞踏会の会場は抜け出すことが可能であると言うのだ。その抜け出した先は央城に繋がっていて、当日はプレイヤーが侵入と探索を行うことが予想出来る。
そんなことをエヘイエーの側としては許せるはずがない。さらに、その中には戦神の陣営が含まれるとなればなおのこと。
黒潮丸らは、エヘイエー陣営である央城を管理することを担っている者たちに雇われたのである。
イベントに置いていかれるのは嫌だ。だが、舞踏会に出るのも嫌。そんな中途半端な状態の彼らは、央城の警備という名目でイベントに関わることを喜んだ。
なんなら、表に出ない自分たちは最新のコンテンツに触れているのだと、舞踏会に居るプレイヤーを見下してすらいた。
(こんなクソガキのお守りになるとは)
予定が狂った。
裏ルートを進めるのだと意気込んでいた彼らを待ち受けていたのは、央城管理の一族だというお坊っちゃま。そのお坊っちゃまの指揮下に入ることを余儀無くされたプレイヤーたちは、こいつがクエストに関わりなければ……、と隠れて嘆いた。
これがただのNPCなら、事故を装ってぶち殺していただろう。
彼らは皆、血の気が多かった。
エヘイエーに接近しているプレイヤーは大体が戦闘を主にしており、その中でも指折りが集められたのであるから、理性はあれども加減を知らない連中であるのだ。
なまじ理性があり、必要性を判断出来るために苦しむことになったのだが。
(……誰かこいつを黙らせてくれないか)
お坊っちゃまはベラベラと演説を続けている。
内容は知らない。黒潮丸は聞く気にもなれなかった。どうせ、エヘイエーの偉大さだとか戦神の弱さだとか、そんなことだろう。
何を聞いても同じようなことしか話さないため、お坊っちゃまから情報を得ることは見切りをつけていた。時間の無駄、黒潮丸はそう思っている。
階下のプレイヤーが罠に嵌められていなければ、黒潮丸たちもお坊っちゃまを強引に黙らせていただろう。
内部でのスキル発動を制限する結界。さらに、床面に展開された電撃トラップ。この二つで、侵入者たちは動きを止められていた。スキルの封印と麻痺が、奴らを拘束しているのだ。
そんな力無く伏す侵入者たちを見て、お坊っちゃまは安全が確保できたと判断してしまった。
そのために今、ご高説を宣っているのだ。
黒潮丸たちとしては早く敵の始末をしたいが、クエスト評価を上げようと我慢をしているわけになる。
(だがそろそろ十分だろう)
黒潮丸は仲間たちの様子を伺う。
もう誰もが不満を隠していない。
苛立ちを抑えながらも殺気の滲んだ瞳が、お坊っちゃまの背中に向けられている。罠にかかったプレイヤーたちも睨み付けているため、お坊っちゃまは四面楚歌だ。
気付かずに偉ぶる彼の鈍さは、これまでに『OIG』で多くのNPCと接してきた黒潮丸としては信じ難いレベルであった。AIで制御されず、プログラムで動いているのかと思ったほどだ。
(これ以上はまずい)
スキル封印結界の方は、部屋全体にシステムが組み込まれた備え付けのため問題はない。このまま一週間だって起動し続けられる。エネルギーの供給を央城そのものから受けており、発動起点は天井に仕込まれているため手が届かない。
そもそも分析しようにも今のプレイヤーではレベルが足りず、またそんな悠長な真似を許すはずもなかった。
これらは黒潮丸含めた数人で調べた上での結論であり、故に結界は破られないと確信している。
だが、麻痺を引き起こす電撃トラップは別だ。
そちらは黒潮丸たちプレイヤーが仕掛けた物で、耐久性や持続力に自信はあるものの限界がある。対人用に調整して効果時間を引き延ばしているが、それでも三分持てば良い方であった。
黒潮丸は手振りで武器を構えるように指揮をした。
お坊っちゃまはまだまだ語り足りないと言わんばかりにベラベラと口を回しているが、我慢の限界だってある。
そもそもクリアが出来なければ、クエスト評価を上げようとどれだけ好感度を稼いだところで無駄になってしまう。
魔法使いが詠唱を始めた。
魔法の一斉発動で階下のプレイヤーを一掃する。
お坊っちゃまに邪魔はさせない。
文句なら後で聞いてやる。いや、後で文句を言う気にもならないように徹底的に力を見せつける。
フン、と黒潮丸は鼻を鳴らす。
NPCにはプレイヤー以上の力を持つものも居るが、お坊っちゃまはそんな上等なキャラクターではなかった。
それもまた、黒潮丸の癇に障る。
(なんでこいつが重要NPCなんだ)
黒潮丸たちは目配せを交わし合い、用意が整ったことを確認する。
詠唱は終わり、魔法は発動待機状態にあった。
遠距離攻撃系のスキルもセッティングされている。
スッと黒潮丸が手を上げた。
プレイヤーたちの空気がガラリと変わる。
張り詰めた雰囲気をさすがに察したか、それともただの気まぐれか。お坊っちゃまが言葉を止めて、振り向いた。
(──とりあえずクエストクリアだ)
処刑の号令を、合図の手を黒潮丸が降ろそうとしたその時だった。
──ガコンッ。
それは上から聞こえてきた。
反射的に黒潮丸は天井を見上げる。
何もないはずのそこ。結界の起点が埋め込まれていること以外、なんの変哲もないはずのそれに変化が生じていた。
(穴が!)
天井に大穴が開いていた。
声が上がる。ざわめき、統率が乱れる。
黒潮丸たちは戸惑っていた。
天井に穴が開くような仕掛けは無かったはずだ。
しかし現に穴が開けられ、さらにはそこから人が落ちてくるのが見えた。
それに気を取られてしまったのが、黒潮丸たちの失敗だろう。
忘れるべきではなかったのだ。優先して処理するべき敵がどこにいるのかを。
「<パラライズ・クリア>!」
麻痺解除の魔法。
低級のそれは詠唱を瞬時に完了出来て即応性に富んでいる。汎用性を捨てて特化した故の長所が見事にはまった。
「──クソっ!」
「【バリアブルアーム:ランス】」
「【妖精の調べ】【凱歌揚々】」
「【プロテクションウォール】」
状態異常の解除を皮切りに、階下のプレイヤーたちが態勢の立て直しを図る。いくつものスキルが発動され、エフェクトがプレイヤーたちの体を包む。
黒潮丸たちの方が人数は上回っている。だが、守らなければいけないNPCを抱えている点では不利だ。
上階に陣取っている点では有利と言えるが、黒潮丸たちはコロッセオをメインに活動しており得物は近接系が大半である。
モンスター討伐をメインにこなすバランスのとれた編成を相手取るには、得意な距離に偏りがあり特に遠距離戦は分が悪い。
九割方勝ちが決まった状況がほぼほぼ五分にまで持っていかれてしまった。
お坊っちゃまを押し退けてでも階下の連中を仕留めるべきだった、と黒潮丸は誰にも聞こえぬように舌打ちをする。
(……しかし、あれは。あいつは何だ?)
状況をかき乱した原因。
そいつは天井から落ちてきた後、床に倒れていた。
どうやら燕尾服を着ているらしい一人の男。
その姿を見て、黒潮丸は何か胸の奥がざわめくのを感じた。
どこか見覚えがあったのだ。
その疑問もすぐに氷解した。
立ち上がった闖入者。
埃にまみれた燕尾服は平素の格好と異なれど、外れた仮面の向こうにある素顔は見紛うはずもない。
「──面倒なところで……。撃て!」
読み合いなど放り捨てて、黒潮丸は叫んだ。
あれに猶予を与えてならない。
状況を理解される前に消し飛ばす必要がある。
黒潮丸たちは知っている。
コロッセオに拠点を置く身であるが故に。それと相対することの厄介さを。死なない戦士の恐ろしさを。
「────ゼンザイ!!!」
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黒潮丸の仲間たちは、全員一度はゼンザイと試合をした経験があります。




