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43.強引な取り立て


 セイロンとのお茶会を終えて、コロッセオに来ていた。

 何かを思いついたのか、勘づいたのか。

 途中からセイロンは黙りこくってしまってろくに会話もせず、やたら重苦しい空気のまま解散となった。


 まあ、聞かれたことを全てはぐらかした私が悪い。

 めちゃくちゃ睨まれたからね。湖面のように凪いだ瞳が瞬き一つせずに向けられ続けるのは、居心地が悪いことこの上なかった。

 だがねえ。思いついたことをベラベラ話すのを二度三度と繰り返すわけにいかないし、あの場面くらいは頭を悩ませてもらいたいじゃあないか。

 おかげで良い空気が吸えた。


 今頃、他のプレイヤーと話し合いでもしているだろうか。

 私の推論を超える考察が出ることを期待しよう。物的証拠の無い与太話なのだ。見落としだってあることだろう。補足が入るかもしれないね。

 そして、後からあーでもないこーでもないと好き勝手言いながら確認していくのだ。

 世界観も気にはなるが、私にとってはそれよりも重要なことがあるのでね。


 フロントランナーは任せて、自分の抱えているクエストを進めなければ。





 コロッセオに来た理由は簡単だ。

 陣営の鞍替えである。……少し違うな。私は無所属だし。

 そう、旗幟鮮明にするのだ。己れの所属を。


 私はこれまで中立を気取ったコウモリであった。

 カルマ値は負に傾いたエヘイエーの側でありながら、そうとは知らずにだが職業は戦神の側を選んでいた。支援を受けながらも頼ろうとせず、一人でコロッセオに入り浸りもう1ヶ月を超えた。

 少々物騒だが穏やかでぬるま湯のような日々を送ってきたが、それもそろそろ終わりにしよう。



 日和見とは決断力によって成り立つものだ。

 そうと決めたからには動かなければならない。



 即断即決。思い立ったが吉日。

 倒すべきを定めたならば、必要なのは戦の用意ぞ。


 と、思っていたのだが。


「……どうしたものかねえ」


 ロビーにて立ち止まる。


 いつもと変わらぬコロッセオのロビーだ。

 広々としたホール、若干暗めの照明。武骨な石造りの床。壁を飾るいくつかのタペストリー。

 あまり使われぬ受付は閑散としていて、その脇の転移オブジェクトを囲む人だかりとの対比がどことなく悲しい気持ちにさせてくる。

 勝ち負けを話す声や、賭けの狙い目についてなどがあちらこちらから聞こえてくる。


 その中に異物があった。いや、居ると言うべきか。

 さて困った。



 仕立ての良い黒の燕尾服。

 タイもカフスも落ち着いた意匠にまとめながら、ハンカチーフでアクセントを付けている。あの時は気付かなかったが、薄い水色の地に白黒のラインと巻物で女教皇を表していたのか。分かりやすいヒントを放置していた。

 光沢のある白い縁の片眼鏡(モノクル)を左目にはめた老紳士。

 露出が増えて認知されれば、ひょっとすると人気なキャラクターになるかもしれないね。

 だが、本来居るべき場所はここではない。

 

 丁寧にこちらへ頭を下げるとにこやかに歩み寄ってきたそいつに、私は見覚えがあった。


「お元気そうで何よりですよ、ゼンザイ殿」


 ギーメル家の執事だ。

 私を祠まで案内したあの男は、あの時と同じ鏡面のような瞳を笑みに歪めていた。


 まずはジャブが飛んできた。

 顔を出せと牽制される。

 口調こそ友好的だが、執事の醸し出す空気に親愛など欠片も無い。


「そう言うあなたは少し窶れたかい?」

「おや、そう見えますか?」


 表面上の友好関係。それは、私の命綱だ。

 このタイミング、偶然とは思えない。だが、まだ決定的な離反はしておらず、一度やり過ごせる可能性はあった。

 いずれ敵として対峙する。そのつもりだ。

 しかし今ではない。早すぎる。

 ついでに言えば、アドバンテージを握られ過ぎだ。機を失い、場を失い、敗色濃厚な状況に内心で歯噛みする。




「我が主から言伝を預かって来ております」


 お聞きになりますよね、と執事は確認の形をした命令を口にする。

 上位であることを欠片も疑わぬ傲慢な態度に、思わず眉をひそめてしまう。だが奴は、どこ吹く風と気にする素振りすら見せない。


「『お好きになさって構いません。ただ、当家の援助は打ち切らせてもらいます。』と」

「……それだけかい?」


 だとすれば拍子抜けだ。

 あまりに早い対応に身構えていたが、それだけならば大したことではない。今まで頼らなかったものに頼れなくなったところで痛痒など感じはしないのだから。

 それでは執行猶予、いや無罪放免にも等しいではないか。


「いえもう1つ」


 執事はそう言うとやおら指を差す。

 すうっ、と私の胸に向けられる人差し指。


「……何の真似かな?」


 額を一筋の滴が流れ落ちるのが分かった。そんな場合でないのに、冷や汗まで再現するのかと妙に冷静な感想が浮かんだ。

 私の問いは当然のように無視された。

 貼りついていた笑みが剥がれ落ち、執事の顔が憤怒に染まる。


 ああ、死ぬな。そう直感した。

 彼の顔にあるのは、NPCが浮かべたと思えないほどに純粋な殺意。

 赤を通り越して顔が黒く見えるほどに血を上らせた執事は告げた。



「ご返却を」


 視界にノイズが走る。瞬く光点が飛び回った。

 極彩色の光が乱れ狂う。

 世界が歪み、揺れ動く。


「して」


 脈拍がやけに大きく聞こえ、全身をザラザラしたものが駆け巡った。

 じゃくじゃくじゃくじゃく。頭の奥で何かが騒ぐ。ぐわんぐわんと反響して、近づいたり遠ざかったりしているように思えた。

 あらゆるものが見えて、何一つ理解が出来ない。

 ひっくり返った世界は、好き勝手に輪郭を変えて明滅している。


「いただきます」







 ──バツン。
























《〔称号:エヘイエーの導き〕が剥奪されました。》







ご覧いただきありがとうございます。

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