42.逆転を発想
クリームソーダを飲み干して空になったグラスを眺めながら、1つの気付きを対面しているセイロンに投げる。
「冷静になったら気付いたのだけどさ。
君は知らないふりをしていたが、本当は地下街がケテルだってことを知っていただろう?」
「ええまあ。正確には可能性の1つで、確信は得られていませんでしたが。地上がケテルでないことはハッキリしていましたが、その先を知ろうとして躓いていましたから」
「なんだ、私のように住人に聞いてみたら良かったんじゃないかい?」
「ええ、重要そうなNPCなら知っているだろうと推測して聞き込みを行っていましたとも。
ですが、コロッセオでもスポンサーNPCでも教会でもはぐらかされる一方だったのですよ」
何かしらのロックが掛かっていたのでしょうか。
嘯く彼女に白けた視線を送っても、本当のことですよとしか返ってこない。
いやさ、真偽はこの際どうでも良い。
所詮は戯れ。同じ道を辿って同じところに到着するのか、彼女は試してみたくなったのだろう。
ただ、このままやられっ放しでは面白くない。
何か彼女を驚かせてやりたいが……。
頭を振って脇道に逸れていた思考を戻す。
私の目的はそれではない。
先にセイロンに話した三つの軸。疑問の中心。
あれらは放置して良い。
良くなった。
ライツィを殺す理由も、確執についても、エヘイエーの正体も。朧気ながら察しがつくそれぞれは、優先度としては一段落ちる。
知れたら良いし知りたいことだが、知るべきこととまではいかない。
真に知るべきはこの先の進め方。
どちらについて、誰と敵対をするのか。
「どちらに属するかなんて、貴方はとうに決めているのでしょうに」
悩む私にセイロンが笑う。
虚ろな瞳が私を映している。こちらの心の内を見透かしたような笑顔に一瞬ムッとするが、事実を言い当てられては反論も何もない。
そんな心が揺れ動く様さえ見抜いてか、彼女は綺麗に作りすぎて違和感に満ちた顔を醜く歪める。
「悩む振りは止めたらどうです?」
舌打ちが飛び出す。
精神的な優位に立たれていた。
隙を見せた方が悪いのだろうが、会話のペースを握られてしまっている。
猫が鼠をいたぶるような、そういう嗜虐心をセイロンは覗かせていた。
無邪気。なれど大人の無邪気は邪気に等しい。
席を立つ選択肢が脳裡を過る。
だが負けたかのように思えてしまい、それはすぐさま却下された。
次に挙がった選択肢は言い負かすこと。それが出来れば苦労しない。窮地に追い込まれてから噛むのは鼠でも出来るが、勝つのは並大抵のことではない。保留。
その次に出た選択肢は怒鳴り付けること。論外、却下。負けるよりも酷い。
言い負かせたら良いな、と希望的に考えながら会話の継続。
私の下した判断はこれだった。
「振りとは酷いな。悩むものだろう?
実際問題としてはねえ」
「下手な芝居を見せられても面白くありませんよ」
誘導だ。
望むことを言わせようとしている。
そう直感した。
私の選択に気付き、かつそれが自分に有益だと判断したセイロンは、敢えて私自身に言わせることで更なるアドバンテージの獲得を目論んでいる。
手を貸すだとか便宜を図るだとかで、情報を吐かせたり人手として働かせたりする腹積もりか。
クエストに利用くらいはあるかもしれない。
セイロンの視線から逃れるように目を逸らす。
テーブルの上に並ぶ空になった皿。
そこに置かれているはずのない打開策を探す。
ふと。
何かが、引っ掛かった。
「どうしました?」
聞かれたところで私にも分からない。
今、何が気になった?
いくつか置かれた皿におかしな所はないはずだ。割れたり欠けたりもしていない綺麗な皿だ。
ゲーム故に、パンのくずやソースが残っていることのない真っ白な皿。
テーブルの上の白い皿を、ひょいと持ち上げてみる。
「……上?」
そう、上だ。
上にある白い街。
地上に広がる白亜の街は、果たして本当にそこにあるのだろうか?
思わず笑ってしまいそうになる発想だ。
上下の街が繋がっていないだなんて。
だが上下の移動は転移で行われていて、実際の位置関係をプレイヤーは把握していない。
住人であるNPCも知らないのではなかろうか。行き来があるとは聞かないし、転移をしているのはプレイヤーばかりだ。
マップはエリアごとに分けられていて、地上と地下は別扱いになっている。転移をすれば切り替わって、そこに連続性はない。
繋がっているとは、初めから言われていないのだ。
地下街がケテルだと店主は言った。
街々がセフィラと対応しているのなら、あと九つ地下街が存在してそれぞれがセフィラの名を持つのだろう。
それらの並びによって生命の樹が形作られる。モチーフとしてはゲームでありがちなものだ。
では、それを地下に形成する意味は?
地上に偽の街が存在している意味は?
転移なんて便利な機能が街中のみに限定されている理由は?
「──ケテルじゃないな、確かに……」
セイロンが先ほど洩らしていた『隠された11の王』という言葉。22もあるスポンサーの家名。地に埋められた生命の樹。どうしてか央城の上層で会えるエヘイエー。戦神と同格の二柱の神。プレイヤーが最初に訪れる場所だけは決められている。
パチパチと要素がはまっていくように思えた。
導線が繋がって電流が流れるような、そんな充足感が胸に広がる。
地上の街と地下街の配置はおそらく逆さまだ。転移先が入れ替わっている。
1の街から1の地下街ではなく、1の街から10の地下街へと飛ぶようになっているのだ。2からは9へ、3からは8へ、4からは7、ずうっと行って10から1へと言った具合に。
11に関しては正確な予想が出来ない。ただ、何か仕込みがされていそうだ。生命の樹にあるダアトを考えれば、突拍子もない場所に隠されているとは思えないのだが……。
数秘術の世界創世の象徴である生命の樹がモチーフにされていることは、もはや疑う余地の無いことだろう。
10個の街はそのまま10のセフィラを。
央室二十二家門なる住人たちは、セフィラを繋ぐ22の小径を模しているに違いない。
そして、生命の樹であるセフィロトを上下反転させたクリフォトは邪悪を表す。
上下の反転、地上から地下へと落ちる。
地下に街を落としたのは、エヘイエーの側だ。
白い街の主であるエヘイエーが、ケテルを地下に落とした。戦神はそれに抗っていて、コロッセオは喉元に突き付けられた短剣だ。
央城の上で会えるエヘイエーこそが実に近いもので、コロッセオは遊びでしかないのだ。
ライツィはケテルを支える大黒柱のようなものではなかろうか。折れば潰えると知っているからこそ、討ち果たすための手数を増やそうとクエストを出している。
ギーメル家が地上に拠点を構えているのも、白い街が本拠地だと考えれば自然だ。
彼らは一貫してライツィを倒すことに拘り続けている。
あとの二柱の神が何をしているのか。それは私には分からない。
あと9つの街で戦っているのか、それとも既に敗北しているのか。戦神が形振り構わず暴れるような事態ではないのだから、まだ抵抗をしていると思いたいが。
実際に行けば分かるのだろうが、それは後回しだ。
まずはケテル。ここで出来ることをする。
エヘイエーは遊んでいた。あれはきっと己れの勝利を確信しているが故のこと。わざわざヒントを蒔いているのは、ゲーム的な都合だけではないと見た。
ならばまだ動きようがある。
この数日で試したが、央城は下層までしか立ち入りを許されなかった。それを突破してエヘイエーに対面するルートがあるはずだ。
強行突破は最後の手段として、クエストか重要アイテムか、あるいは住人に渡りをつける必要があるのかもしれない。その辺りを探ることから始めよう。
ああ、それと。
アセイズム。
きっと地上の街はそんな名前だろう。
口には出さない。セイロンは聞けば勘づくであろうし、そもそも住人が見ている。
ケテルも安全地帯とは思えなかった。エヘイエーの手は、想像以上にずっと広い。
……まあ、ゲームだから思考を覗き見るなんてことは無制限にしてこないだろうけど。法律で縛られているからね。
いくつかの要素が逆であった。
私は取り違えていたのだ。形の似たピースを無理にはめてもパズルは完成しない。
気付きが納得へと変わっていった。
まだ確証は無い。
だが、先ほどよりも真実に迫っていることを直感的に理解していた。
手にしていた皿をテーブルに置く。
セイロンはその皿を注意深く見ているが、それ自体はただの皿でしかない。
首を捻る様子をおかしく思いながら見守った。
私の考えたものは教えない。
精々悩んでくれと、薄く笑う。
請われれば教えるし、対価を出されれば確認しに行くのだって手伝おう。
だが、今ここでは明かさない。
ちょっとした意趣返し。私の態度に困らされる姿を見て溜飲を下げるのだ。
やがてセイロンは、皿を持ち上げてしげしげと眺めだした。
初めて見るかのような態度に、私は思わず噴き出してしまう。
──いやあ、仕返し成功だね。
そして、そう。どちらに着くかはもう決めた。
格好良いのは、弱きを扶け強きを挫く者。
長いものに巻かれては、何のためにゲームをしているのか。
リベンジ出来ないのは惜しいけれども、ヒーローを目指そうか。
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