41.マウント取ったり取られたり
「いや、もう少し詳しく教えてくれても良いんじゃないかね……」
不満は尽きない。
試練がよく分からないうちにクリアになってスッキリしないこと。面白い話と言いつつごちゃごちゃと謎を投げられて終わったこと。最後の最後で物騒な一言を投げつけられてしまったこと。その上でさっさと逃げられてしまったこと。エトセトラエトセトラ……。
挙げていけばきっとキリがないことだろう。
『OIG』のよろしくない所に直結しているからだ。
このゲームの悪癖として、謎を説明なく畳み掛けようとするところがある。こういうところが実にクソゲーチックなのであった。
持って回った話しぶりに付き合わされるプレイヤーの身にもなれ。
「なぁ、そう思わないかい?」
問いかければ向かいの席からは剣呑な視線が返ってくる。
さて、いつもの銀縁メガネ亭である。
向かいに座るは女性が一人。
ついこの間も同じようにしたなと思いつつ、あの時とは呼び出した側が逆転しているとこっそり笑う。
クリームソーダをつついていたアイススプーンをぷらぷらと揺らすと、呆れたようなため息を吐かれてしまった。
「…………一体、どの口が言ってるのでしょうか」
セイロンは再度、これ見よがしにため息を吐く。
「わたしが呼び出された理由について説明をして貰いたいのですけどね」
言外にお前も同類だという思いを滲ませながら、セイロンは小さく切ったチーズケーキを口に運ぶ。
確かに、呼びつけておきながら説明はしていなかったか。これは手抜かりだ。
謝罪をしながら追加のケーキを注文する。
「え、ケーキで懐柔できると思われてます?」
「いや、私が食べるんだが」
「……死んでください」
一通り最近の動向を話したところ、なるほどとセイロンは頷いた。
それから紅茶を一口啜った。合わせて私も、追加したモンブランを頬張る。
「別に、わたしを呼ばなくても良かったのではないでしょうか」
小さな呟き。それには、わざわざ呼びつけたことへの呆れが込められていた。
チクチク刺すように、セイロンは苦情を述べ始める。
曰く、試合にかけられる時間が削られる。
曰く、最近は調子が良かったからリズムを崩されるのは困る。
曰く、他に相談に向いたプレイヤーはいるはず、と。
「参ったねえ」
「貴方は物事を捏ね繰り回して考えるのが得意なのでしょう。一人で考えれば良いじゃないですか」
あんまりにもあんまりな言い種に少しへこたれた素振りを見せても、セイロンの目はきついまま。かなり強く警戒をされていた。
……ああ、もしかすると前回会った時にさりげなく情報を抜いたことに後から気付かれたのかもしれない。
しまったね。悪いことはするものじゃない。
因果応報。悪因悪果。
過去が私の首を締め上げに来ている。
規模がショボくていまいち格好つかないが。
「……まあ、なんだい。セイロンに声をかけたのは理由があるのさ」
「…………続けて」
逡巡の中に希望を見た。
押せば行ける。
説得で判定を振るのだ。あるいは言いくるめタイムである。
まず説明するのは、他の面々ではダメな理由だ。
コロッセオ関連は、カルマ値を基準にした2つの陣営を軸に問題が進んでいると、私は見ている。
片方は戦神陣営。カルマ値が正に傾いているコロッセオ運営側だ。おそらくは、後から来た神格。
対するはエヘイエー陣営。カルマ値が負に転んだ異形の神格。排斥されたと思われる側。
これまでに私が得た情報の多くは、エヘイエーの側に寄っている可能性が高い。というか、ほぼほぼエヘイエー側のものだ。
掲示板はともかくとして、ゲーム内での情報源が限られているためにそれは仕方がないことではある。ただそうなると、視点や導き出される考察も偏ったものになりかねない。
それを防ぐには、違った角度からの視点が必要になる。
続けて、セイロンを頼った理由の説明へと移る。
私の見立てでは、セイロンはエヘイエーと対する戦神の側に立つプレイヤーだ。
となれば私の知らぬ、触れえぬ情報を持っている可能性がある。それらが、私の知っていることを繋ぎ合わせる材料になると言うのは、十二分に起こり得る話だ。
私はそこに期待していた。
あるいは、何かしらの答えに迫ることだって出来るかもしれない、と。
「……どうしてわたしがエヘイエーの側でないと分かったのでしょうか」
「まあ、半分以上は勘だねえ。だけれど、そう考えた材料はあるよ。
前に会った時、何かのクエストをしていたみたいだったけれども。
試合をした連中は、私を含めて皆カルマ値がマイナスだったらしいじゃないか。
さすがに、五分の五は打率が高過ぎるよねえ」
適当に選んだなら、一人くらいはプラスのプレイヤーも混じるだろう。何か条件を指定されでもしない限り。
そう言ってセイロンの様子を伺う。
引き絞られた唇は、やがて綻び肯定を示した。
「ええ、まあ、その通りです。認めましょう」
面白くなさそうに告げるセイロン。
彼女は続けて、私の考察を話すように促してきた。どうせもう考えてあるのでしょう、と。
今度はこちらが面白くない。
サプライズを見抜かれて憮然とした表情を浮かべる私を、間抜けと言わんばかりにセイロンは鼻で笑った。
ケーキを一口頬張り、甘さに心癒される。
セイロンの言動には遠慮がない。良い意味でも悪い意味でも。シフのような作った口の悪さと違って、それが素だと察しがつくタイプの悪さだ。
性格が悪いのだろうね。言わないけど。……まあお互い様と言う奴だ。
それはさておき。
「私が思うにさ。三つ。解決したいことがあるんだよねえ」
「三つ? だいぶ絞りましたね」
「全部詳らかにするなんて無理だろうよ」
出来れば良いがそれは高望みだ。
まずは手の届くところから。それも必要な部分に狙いを絞るべきだろう。
「ライツィ・ハルバルティアを殺す理由。エヘイエーと戦神の確執。そもエヘイエーとは何者なのか。
疑問は山のようにあるけれど、この辺りの核心的な話はまだ分からないだろうさ」
「でしょうね。『穴だらけの神話』を進めて、ようやく戦神について少し分かってきたところですし」
セイロンが言うには、戦神たちは三番目であるらしい。それがやって来た順か、強さの順番なのか、それとも別の何かであるのかは不明らしいが。
「じゃあ、一番目か二番目にエヘイエーが来るのかな…………。戦神たち?」
「ええ、戦神には同格の神があと二柱存在します。法神と魔術神ですね」
エヘイエーたちと近いね。
そう呟くと、彼女は怪訝そうな顔をした。
「エヘイエーも複数いるのですか?
……いえ、もしかして。
あのクエストにあった隠された11の王は…………。
空欄、……年代順?」
セイロンが考え込む素振りを見せる。
それを見ながら情報を追加していく。
「街々がセフィラと対応しているのなら、エヘイエーの他に九体、同格の何かがいるはずだ。
ほら、この真っ白な街はケテルだろう?
第一のセフィラもケテルと言うんだ。符合している」
「……ん? 何を言っているのですか?」
「いや、ケテルとエヘイエーは繋げられて──」
「そうではなくて。
この街の名前はケテルではありませんよ」
何だって?
上の街はケテルではない?
「住人たちからケテルと聞いたことはありますか?」
問いのようで問いではない。
私は彼女に思い込みを咎められていた。
言われて初めて記憶を浚う。
鍛冶屋、ギーメル家、食事処、コロッセオ。
誰もがこの街と言っていた。他の街があることを話す者もいた。
だが肝心の、街の名前は出てこなかった。
おかしな話である。
では、ここの名前は何なのだ?
「何人かのプレイヤーが調べた結果、街の名前はありませんでした。掲示板で予想されていたケテルは、住人たちからは揃って否定されたと聞いています」
前提が崩れた。
ケテルではないとすれば、セフィロトやセフィラにまつわる説の論拠が一つ失われる。
間違いないと思っていたのだが。
予想外のことに顎をさする。声にならない呻き声が漏れ出した。
エヘイエーという名前が出てきた以上、セフィロトに関連した設定がされていると見るのが自然だろう。そして地上の不自然に白い街並み。プレイヤーが1番目に訪れるということも加味すれば、ケテルだと判断したのはおかしなことではない。
だかそれが間違いだと言う。
別に他の考察に大きな影響はない。だがスッキリしない。
カチャカチャとクリームソーダをかき混ぜる。
底の方のメロンソーダと上の方のソフトクリームが混じり合い、鮮やかな緑色が白く濁っていく。
上と下。乗せる。白く染める。融合。分割。
……封印。
「どうしました? 目を見開いて」
「……セイロン。ここがケテルだ。ここなんだよ。
上の街は蓋だ。別物だ。この地下街こそがケテルなんだ」
地下街は初めから下にあったのではない。白い街に覆われてしまい、地下へと落とされた。
そのケテルの王がエヘイエー。奴は白い街の主、おそらくは戦神に敗れた。
そうして抑え込まれて、かつての街の名残であるコロッセオに封じられたエヘイエーは今も復活の時を伺っているのだ。
そうだ。
ギーメル家で転職した時、祠へ向かう道はやけに長く、そして下りであった。
あれはエヘイエーに近付くためだったのだろう。
思い付いた推論を勢い良く捲し立てると、セイロンは大きく頷いた後に言った。
「では、央城の上階でエヘイエーと会えるというのはどう説明するのです?」
私は笑みを隠せていないだろう。
勝ち誇ったように彼女へ語る。
「封印するならば力は削ぐはずだ。手っ取り早いやり方としては、相手の身体を分割することが挙げられる。特に、力の象徴たる部位を引き剥がす手法が効果的だ。
エヘイエーに会えるのは2ヶ所。
奴の角は2本。
そして角は力と権威の証だ」
見えてきた。
思わず立ち上がりそうになるくらいには高揚していた。
核心に迫っていることを確かに実感していた。
コロッセオ周りと地上の街とで雰囲気がまるで違ったのも、そもそもまるで違うものであれば納得だ。
勿論、まだ確認できていない未確定の情報だ。妄想と大して変わらない。
だがその確度を上げる方法がこの場にある。
「店主!」
「……なんでしょうか」
カウンターで帳簿をつけていた店主がテーブルにやって来た。
彼に質問を投げかける。
「この地下街はかつてケテルと呼ばれていた。そうではないだろうか?」
店主は片眉をピクリと動かした。まるで感心したかのように。
「よくご存知で。若いのには知らぬ者もいることですのに。
お客人に聞かれたのは初めてですよ」
礼を言って店主には戻ってもらう。
そして、セイロンの方を向く。
彼女には嫌そうな顔をされてしまった。そんなに顔をしかめるほどかい。
「『穴だらけの神話』が少し進みましたよ……」
「それは良かった」
額に手を当てるセイロンに、満面の笑みを向ける。舌打ちをされようと、今の私にはまるで効果がないよ。
気持ち良くクリームソーダを飲む。
口の中に広がる甘味と、喉を伝う冷たさが心地よい。いやあ、甘露甘露。
上機嫌の私に冷めた目を向けていたセイロンは、何かを思いついたように瞳を歪めた。
悪戯っぽく笑みを浮かべて、彼女は言う。それで貴方はどうするのですか? と。
「はい?」
「だって疑問は1つ解決しましたけど、貴方が悩んでいたものとは違うではないですか」
愉快げに笑って見せるセイロン。
黙り込む私。
ああ、その通りだ。
その通りではあるのだが、この性悪女に言われるのはどこか納得がいかない。
「あらあら、煮え湯を飲まされたような顔をされてどうしたのですか?」
こいつ私が勝ち誇ったものだから、やり返しに来たのか!
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